30話 柒
饗宴の幕引き。収穫はあれど、悩み種が育つ。エテルネルの報告を受け、神帝教の幹部にセゾニエのカルム・ベル・タン宰相がいると確定した。神人ジュレの側近であり、信頼も厚い。彼を捕らえることは容易だが、その後に不安がある。
社交界の華ヴァン侯爵から接触があったエクラだが、怪しい点が見つからなかったらしい。話を終えた後に調査に戻ろうとした折に、スィエルが言った言葉が耳から離れない。
『侯爵さぁ、なんか懐かしい感じ』
エクラは頭を抱える。些細に感じたことを口に出しただけだろうが、こういった時のスィエルの言葉は当たる。
「…ヴェリテ」
レーヴは机に置かれた資料をすべて読み終えた。何度も読み返した資料は、ヴォク・ラテクから押収した一部であるが、これといった情報はない。掘り下げられた内容を見つけ出したい。
「後継人として知っておきたいんだけどね」
「主治医及び奴隷の管理はラジュネスだと関係者は言っています。尋ねればよろしいのでは?」
ヴォヤージュが提案するが、可能性は低い。ラジュネスならば、賢者リュイヌ卿の発言に潜む意図を曝け出す鍵を持っている。多くの謎を抱えたままの状況。
エテルネルはそれ以上に考えている。
「宰相は神帝教の存在がばれていることを気にしてはいなかった。宰相の人脈ともなれば、対策はあるんだろうな」
「胡散臭いんだよね。正直苦手の部類だ」
「姫とか…どこの種族だよ」
「選り好みはしていられませんよ」
陰口で盛り上がる中で、ヴォヤージュが制止する。彼は部下から預かった便箋の一部を机の上に置く。饗宴の翌日だというのに、招待状は後を絶たない。エテルネルへの招待状や、他の三人を学会に招待するという旨のものまで。
後継者のスィエルとヴェリテにも送られてきており、ラジュネス宛てに沢山の便箋がある。燃やすに燃やせられないそれらから重要なものだけを選別して、今は空き部屋に保管している。選別した書記官たちに、なんとお礼を言えばいいのか。ちなみに、ラジュネスへの招待状はエテルネルの独断で判断し、危険だと勝手に判断したら、彼名義で断っている。
「貴族間の交易はこれ以上になく活発化しています。隠密部隊の調査では、メル・オセオンとセゾニエは同盟を結ぶ寸前だとか」
「あそこが?」
「何が発端でかは不明ですが、饗宴でのラジュネスの態度でしょう。ヴォク・ラテクは軍事国家であり、つい最近まで私たちと戦い、三国とも戦争状態でした。神人デスティネが亡き今、停戦調停を結ぼうかと考える中で、最高戦力がいまだ健在であることが、世間の耳目を集めている状況です。
戦争に発展せぬよう、神人ジュレが努めていますが…セゾニエは貴族の主張が強い。それを取り仕切るカルム・ベル・タン宰相が完全にこちら側でないというのなら、同盟は結ぶでしょうね」
「戦争を引き起こそうとしてんのか?」
「今の材料で判断できるものではありません…予兆はあります」
「戦争…」
エテルネルは大戦というワードを聞いて、気分が沈む。
(子供たちが後継者として選ばれたのは、ヴォク・ラテクの任務をこなし、相応の実力を持っていたからだ。これから先、戦いに関わることは必然。だが、誰も傷つけたくないと思う子供たちには酷な世界だ。
いくら努力しようが、歯車が回り始めたら戦争は起きる。戦争への関心が高いヴォク・ラテクなら…なおさら…)
エテルネルは拳を握る。レーヴが机を指先で叩いて話を戻す。
「んで、これは誰宛てだい?」
「ええ。あなたとヴェリテに綴られたものです。差出人はメル・オセオンのペナンシェル・プロンジェ子爵令嬢です。アーティファクト商人としての証明書も同封されています」
「ああ、手配してくれたのかい…」
レーヴは便箋を受け取る。多少の疑念はあるが、損をする提案ではない。ヴォヤージュはもう一つの便箋を手に取る。たかが紙には贅沢な装飾がされている。
「セゾニエの神人ジュレ様からの協力要請です。宛名はアンフィニ様ですね」
「危なくねえか?」
「貴族と揉めてるんだろ?」
「それの相談だと言っていました。よほど堪えてるんでしょうね。文面から愚痴が零れていましたよ。まあ、私が同行することになっていますので…」
「となると、城内の警備が手薄になるねぇ」
「俺じゃ不安なのか?」
エテルネルがぎろりと睨みつける。
「あんたはオレらの仕事をするんだよ!」
レーヴが頭を殴り、的確につっこむ。ラジュネスとスィエルがいるし、兵の一部を連れていくとしても、かなりの量の兵士がいる。戦力としては申し分ない。
「念のため、公爵を呼ぶかねえ」
─────────────
「ひまだな~~」
床に寝っ転がって天井と睨めっこしていたスィエルが言った。ラジュネスは大人しく本を読む。饗宴が終わると、社交界の時期に入り、各貴族の交流が頻発している。そういった公を好まないので、欠席をしているが、暇なものは暇だ。
レーヴとヴェリテはメル・オセオンに発っているし、神人アンフィニはセゾニエに今日到着したと連絡があった。ヴォヤージュは引率らしい。エクラは行き先を告げずに城を発った。隠匿部隊を引き連れていたので、極秘の任務なのだろうと解釈した。
「拗ねてる?」
「仕事だもん」
城内には軍団と少数の魔法使いのみ。なんの変哲もない日常。少し違うとすれば、アバンチュールのエトランゼ・アルカンシエル公爵が城の警備に呼び出されていることくらい。
「公爵、ちょっと怖いんだよねぇ」
「大人だからでしょ」
「う〜ん、勘違いならいいんだけどさ。俺っちが魔法を使おうとすると必ず見てくるんだ~」
「!」
「空間魔法が珍しいってことは分かるけど、露骨なんだよね。まるで実験対象を見る目なんだ」
スィエルの考察に、ラジュネスは怪訝な顔つきになる。周りをよく見るスィエルはその都度の言葉を選ぶ方だ。そんな彼がここまで言うのであれば、裏があるとラジュネスは知っている。
「ここの公爵のことを悪く言うのは…エテさんは忙しそうだし」
「そうね、お前が言うなら外れはない…」
「ヴェリテも大丈夫かな」
「レーヴがいるから」
ラジュネスの返しに、そうじゃないと言ってスィエルは起き上がる。
「大人に言ってないんでしょ、ヴェリテの肉体のこと」




