3話 念慮の魔力
戦闘の喧騒が繰り広げられ、中庭が半壊に至る。魔法が激しく錯乱し、規模も大きくなり始めている。
「…(強いな)」
エテルネル達は、二人と戦闘を交え、その特性を掴んできた。スィエルが拳で応戦し、エクラとエテルネルを足止めする。その後ろで、魔法を展開して、援護射撃を行うヴェリテ。展開速度だけなら、恐らくはここにいる誰よりも速い。レーヴが近づこうとする。それに勘づいたスィエルが掌を向ける。
「憚れ―時空魔法ラ・シャンス・スゥリ」
「!?」
レーヴの目の前に透明な壁が突如として現れ、往く手を阻んだ。レーヴは魔法を拳に纏わせ、壁を破壊しようとするが、びくともしない。
「注意力、散漫」
いつの間にか背後に周っていたヴェリテが杖を向けた。反撃できない至近距離。彼女は躊躇いなく、魔法を展開する。
「滅びよ―殲滅魔法ラクスィオン・デクラ」
直後に爆発が起きた。その爆破をもろに食らったレーヴの安否を確かめるために、ヴォヤージュがヴェリテに殴りかかる。その場から引き剥がして、レーヴの様態を確認する。
「大丈夫ですか?」
「なんとかね」
レーヴには特段目立った外傷はない。恐らく、爆発が起きる直前で防御魔法が間に合ったのだ。
「!」
スィエルとヴェリテは一旦下がり、様子を窺っている。何故そのような選択をしたのか、理解できなかったが、立て直しには好都合だ。
「ヴォク・ラテクの最高戦力ねえ。二人の魔法、かなり高度なものでしょ」
エクラは魔法特務隊隊長であるレーヴに尋ねた。彼女は頷いて、見解を述べる。
「時空魔法ラ・シャンス・スゥリは時間と空間を操る魔法だ。レア度が高いから、オレも中々お目にかかれない。そのくせして、扱いが繊細で難しい。下手すれば、術者本人にも危害が及ぶ代物だ。そして、殲滅魔法ラクスィオン・デクラ。滅びの魔術だ。爆破から呪いまで、相手を滅ぼすなら何でもできる汎用性の高い魔法。殺傷能力に長けたものだけど、ヴェリテは防御面にも活用してるね。二人とも頭の回転が速い」
「スィエルは俺たちを叩いてるんじゃなくて、空間を叩いてるってことか?」
「だろうね。じゃなきゃ、あんな威力の拳、人間には到底生み出せないよ。加えて、あの身体能力だ。長身のリーチと、細身の強みが相互に働いて、多数人相手に優れている。空間を司っているからか、空間把握能力が異次元に高い。闘争心が旺盛なのが玉に瑕だな」
「ヴェリテの魔法の連射速度と手数の多さが怖いですね。いつのまにか、彼女の魔法で埋め尽くされています。近接戦をスィエルが担い、ヴェリテが援護射撃で敵を屠る。練度も高い。相当訓練したんでしょう」
ヴォヤージュが感心の声を上げる。そして、目尻を上げ、微笑みかける。エテルネルは嗤い、前に出た。
「対応できぬ程ではない、か…」
「ヴォク・ラテクに行く手間が省けたな」
「なあ、二人とも話をしないかい?」
レーヴが二人に声をかけた。二人は顔を見合わせる。
「あんたたちの魔法見事だった。オレ達なら、あんたたちの技術を高められる。衣食住も提供しよう。あんたたちを脅かすものは全部壊して守るから、アバンチュールに来ないかい?」
「…」
「(反応が薄い…でも、嫌がってるわけじゃない。対話はできるはず…)
あんたたちだけじゃない。ヴォク・ラテクの人間全てを保護する。強く立ち上がれるように、最後まで寄り添うよ」
レーヴが誓う。だが、四人の期待に反して、ヴェリテは不承顔で、スィエルは俯いている。
「…ふざけんなよ」
スィエルが呟く。とても小さく吐き捨てた言葉を真っ先に捉えたのは、エクラだ。スィエルの声に遅れて反応したヴェリテは目を見開いて、彼を見た。
「技術を高めるだとか、保護だとか、寄り添うだとか…全部全部全部、あんたらの都合だろ」
「!」
彼の言葉に、四人は心が騒ぐ。お調子者の言葉遣いだったスィエルは、激怒しているのか荒々しい口調だ。彼の表情からは笑顔が消え失せ、困惑や憤怒、憎悪や苦悩など、複雑にかき混ぜられている。だが、その中でも怒りが一番大きい。怒り狂ったスィエルは時空魔法を展開した。
びきびきと轟音が鳴り響き、空間に亀裂が生じる。
「あんたらにはただの可哀そうな子供達としか見えてないんだろ! 勝手に同情して、苦労が分かった気でいるだけだっ! 今まで散々憎んで放置してたくせに、俺たちにいざ負けたら掌返して、俺たちが置かれてる環境を哀れむ。保護しても、どうせ国から煙たがられて、もっと惨めな思いをするんだ! それなら死んだ方がマシだ!!」
ガンッ!!
スィエルが強く握りしめた拳を振り下ろした直後に地面が陥没した。足場が崩れて気後れする四人をスィエルは猛追する。激高したままのスィエルは時空魔法をできる限り引き出して、破壊の限りを尽くす。エクラは危機を察して、ヴォヤージュを後ろに突き放して、彼の攻撃を一人で受け止める。
(馬鹿力が!)
エクラはあまりの力強さに畏怖する。スィエルは、彼らの反応を無視して続ける。
「なあ、どうやって助けるつもりなんだ? ヴォク・ラテクを崩壊させるとか? そんなもんで救えるなんて思ってねえだろうなあ!?」
エクラに、冷たい衝撃が落ちる。
「さっき聞こえたよ。子供を救いたいっていい夢じゃん。でも、その夢も浅いんだろ? そっちの大人は今やっと助けようって納得したんだろ? そんな愚策な執念で俺たちを哀れむな!!」
「お前達が納得できないかもしれないが、必ず助ける」
「っだから…そんな軽い気持ちで受け止められるもんじゃないんだって…言ってんだろ!」
スィエルの慟哭が空間を響かせ、壊す。建物の瓦礫が音を立てて落ちる。
「綺麗ごと並べて、結局は利用すんだろ。あんたらの浅い夢の為に俺らを実験体にするな。もう、利用されんのは懲り懲りなんだよ!!」
怒りに乱れたスィエルは、ヴェリテの制止を振り切り、魔力を循環させる。魔力の爆発的な収束と、それから予測される被害規模に、エクラの顔が強ばる。
(人間で魔力を持っているのは珍しいから忘れてた。感情によって、魔力は変化する。怒りは爆発。で、スィエルは時空魔法。空間の爆発に対抗できる魔法を展開するには時間が足りない。かくなる上は…)
エクラは、この暴走を止めようと、腰に引っ提げていた銃を取り出す。そして、スィエルの心臓に銃口を定めた。後ろにいるヴェリテは助けようとするが、これに向いた魔法がないために手出しできない。
スィエルが拳を握りしめる瞬間と、エクラが引き金を引く瞬間が重なる。発砲音が破壊の音と重なり、打ち消し合う。
「!!」
「あっ…」
幸か不幸か、危惧していた破壊の事象は起こらなかった。代わりに現れる。雪のような銀髪を煌かせ、スィエルとエクラの間に入り込む麗しい少女。弾丸を受け止め、平然としている。新緑の瞳から冷徹な視線が送られる。その美貌にたじろぐ。だが、その顔に見覚えがある。そして、エテルネルの方に視線を向ける。彼は瞬きをせず、少女に見入っていた。
「アンフィニ様!」
ヴォヤージュは違うことに目を向ける。魔法が止められた衝撃で気づきにくかったが、少女は誰かを担いでいる。アクアマリンの髪。アンフィニだ。そう気づいたときには遅く、少女とスィエルは距離を取っていた。
「ラジュネス」
「待たせたな」
少女ラジュネスは肩に担いでいたアンフィニを、スィエルに渡す。昂っていた感情は朝露のように消え失せ、泣きそうになっている。ラジュネスは声をかける。
「調子は?」
「うん、だいじょぶ。ごめん」
「空間を繋げて。戻るよ、あとで診察する」
ラジュネスの指示に従い、空間を繋げる。行き先は十中八九ヴォク・ラテク城内。アンフィニを奪還しようと攻撃を仕掛けると、ヴェリテの魔法に阻まれた。その間に空間の接続は完了して、今にも目の前から消えそうになる三人とアンフィニ。
「ラジュネス!!」
「!」
そんな時に、エテルネルが大声で呼び止めた。ラジュネスは憂鬱そうに足を止める。
「俺のこと覚えていないか?」
「覚えていません」
「!」
「貴殿は戦いの場で名と顔を覚えていますか? 少なくとも私は覚えていない。貴殿が何者であるか、私は情報として知っています。でも、それだけです。お互いそうでしょう」
「俺はお前のことを知りたいと思っている」
「…くだらない。浅慮な理由で助けていただく義理などありません。心配なさらずとも、そちらの神人様はお返しします。事が終われば…」
ラジュネスは、アンフィニの安否とこれからの予定を言い終わると、裂けた空間の中に消えていく。残ったのは、建物の瓦礫が散乱し、元の美しい外観が朽ちている光景だ。だが、奇跡的にけが人はおらず、被害は小さい。侵入者の撤退で、レーヴの監督の基、被害規模の計算が早急に行われる。ヴォヤージュは、尊敬するアンフィニが目の前で誘拐され、気が気ではない。衛兵が忙しなく、瓦礫の撤去作業を行っている。仕事を増やさないよう、エクラとエテルネルは遠目から眺めるだけだ。
「アンフィニ様が人質。下手に動けねえ。さて、どうするか…」
エクラは爪を噛み、対策を練る。手段は山のように思い浮かぶが、どれも実現性に欠ける。ずきりと、エクラは頭痛がする。
『もっと惨めな思いをするんだ!』
『それなら死んだ方がマシだ!!』
『愚策な執念で俺たちを哀れむな』
『利用されんのは懲り懲りなんだよ!!』
少しだけ交戦し、言葉を交わしたスィエルの悲痛な声が脳裏から離れない。子供があそこまで言う環境なのは、大人の善意に響く。
「なあ、多少強引でも、あの三人は保護した方が…」
エクラが恐る恐るエテルネルに提案した。彼は全てを言い終わる前に、驚いた表情をする。目線の先には、交戦意欲を存分に発揮し、欲に塗れた恐るべき形相のエテルネルが嗤っていたからだ。まるで、獲物を逃がすまいと目を輝かせる猛獣だ。彼の豹変ぶりに、エクラは息をのむ。
「ああ、そうだな。保護しよう、必ず」
「エテルネル…お前、大丈夫か?」
エクラは僅かに恐怖を孕んだ声で心配した。彼の思惑とは裏腹に、エテルネルの精神は安定している。エテルネルは大きく深呼吸して、一言述べる。
「絶好調さ」