28話 渇きを疎む
「あいつらはまだか?」
エクラが場所の前で退屈そうに尋ねた。子供たちは疲れがたまったのか、眠りについている。神人アンフィニは最後の最後まで外交を行っている。
「おっ」
城の大門からエテルネルが歩いてくる。彼はラジュネスを抱えて、階段を下りる。ヴォヤージュが心配そうに近寄り、脈を測る。幸いにも健康状態に問題はない。全員が揃ったことを確認する。その最中にも、各国の馬車が地上へと繋がる天空の路を通っている。
エテルネルはどこかから視線を感じる。顔を向けると、カルム・ベル・タン宰相の馬車が見える。
「…」
「エテルネル?」
レーヴが馬車から声をかける。抱えていたラジュネスをそっと横たわらせる。
『待て』
神人らが馬車に乗ろうとすると、呼び止められた。急いで向き直すと、階段の上から賢者リュイヌ卿が見下ろしていた。
銀髪が靡いて、ビリジアンの瞳が月夜に晒される。賢者の見送りという異例の事態に合うが、周りに貴族の馬車はない。アンフィニは何事だと感じつつ、対応する。
『今宵はおかしいことが続くと思わないかい、師匠』
砕けた口調。賢者と神人は師弟関係にあるため、周りに信頼できるものがいるときは、その時の関係を表す。
『そうだな…』
冷たい風が吹く。リュイヌ卿は、馬車の中で眠るヴェリテを見た。
『お前たちはヴェリテを知っているのか』
「ヴェリテ?」
レーヴは彼女を見た。何の変哲もない愛らしい少女。子供の一人で守るべき対象を言及されて、驚く。アンフィニが問う。
『ヴェリテが悪影響を及ぼすと言いたいのかい?』
『感謝しているのだ…久方ぶりに、姉上に会えたと…』
リュイヌ卿が当たり前のように言った言葉に引っかかる。賢者の姉に当たる存在だということだろうか。疑惑が深まっていく。
「それは…」
『余からはこれだけ…生命に問えばいい。あれは秘密ごとが多い。不安があれば申し立てればよい。アバンチュールの者であるなら、聞いてやろう』
リュイヌ卿の申し出。遠回しに協力すると言っている。思わぬ援軍に神人アンフィニは怪しむが、彼の表情を見て、それが本陣からであると判断した。師であるリュイヌ卿をそれなりに理解しているからこそ、裏切らないという判断に至る。
『ありがとう。師匠も何かあれば、すぐに言っておくれよ。すぐに駆けつけるからさ』
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「あんたにしては乱暴だったね」
饗宴が終わり、貴族や神人が国へと戻る。その中で、カルム宰相とプロンジェ子爵は仄暗い回廊を歩く。屋敷とは違う神帝教の本拠地。ファタール卿を復活に向かわせるための城。
「孫娘との再会でしょ?」
「勿論嬉しいです。鬼の手垢がついていなければ」
「ああ、そういうね」
「あちらは表面しか見えていない。中を見ているようで、蔑ろにしています。悲劇がまた起こる前に、能天気なリュイヌから救わなくては…守備は?」
「上々。蕾が怪しまれてるからかな、フィルママン公爵は動きにくいだろうし、ボクも警戒視されてる」
「カテドラル伯爵にでも動いてもらいますか?」
「いいや、オレが動くよ。お膳立てして探ればいい」
「よろしいので?」
「そのために造った子だよ?」
二人は扉を開けて、謁見室に入る。既に到着していたヴァン侯爵とカテドラル伯爵は跪いて、頭を垂れている。プロンジェ子爵もそれに倣う。宰相は短剣を取り出し、グラスに血を注いだ。鮮血に揺らぐそれを、玉座にいる者へと手渡す。
「姫の血です。魔力が多く廻る頸動脈から採りました」
『…』
前身が靄で包まれた者は無言で掴み、一気に飲み干す。すると、靄が晴れ、風貌が明らかとなる。
極彩色の赫の髪がゆらゆらと蠢いている。ガーネットの瞳に、金の筋が通っている。異彩を放つ眼力。体の節々が黒く染まり、屈強な肉体が露呈している。見下ろす目つきと、その背景に禍々しい圧迫感を宿している。殺伐とした空気の中心にいる。
(ここ最近、夢への介入が増えた。それに伴って、元の姿になっているが、維持が難しい。姫の鮮血を飲めば、力さえも元通りになる。共鳴者の存在がこれだけ稀有なのか)
子爵が感嘆する。
『生命の魔力…渇きの内を満たす…夢から魔力を貰うのも一興…然れど、生命は不安定である…なぜだ…』
「恐れながら、姫は魔力を供給されていません。代わりに鬼と精霊の魔力が補填されていますが、その場しのぎにしかなりません。やはり、姫と貴殿の魔力以外は覇気がない」
『…まだか』
宰相が子爵を見る。それにつられてファタール卿はゆっくりと頷く。
『連れてこい…我の愛子を…』




