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27話 生命の熱望

大広間と離れた所には個室が用意されている。そこでは密会が公認されており、賢者でさえ、それを聞くことは不可とされている。紅の宮殿と言われる場所。密室は閉じられ、他にも誰かが使っている。防音壁で隔てられた一室で、叱咤の声が響く。

「まったく…ここまで無能とは思っていなかった」

フィルママン公爵は剣を振り下ろして、ナディール令嬢を斬りつける。冷徹な目で見下ろして、娘の喉元に剣を突き立てる。

「あれは私を貶めたのよ。黙ってやられるわけないじゃない! なのに、私の計画を横取りして…」

「ああ、だからシャンデリアのネジは緩かったのですね?」

座っていたカルム・ベル・タン宰相が口をはさむ。立腹を感じさせる冷徹な視線が注がれる。彼はナディール嬢が身に付けていたネックレスを興味深そうに観察した後、素手で握り潰した。

「油断するなの忠告を無視して、剰え侮蔑を返されるなんて。愚かな蕾だ。今まで何のために、あなたを邪魔する者を始末したと思ってるんですか?」

宰相が冷静に言った。

「計画に必要だと言ったからじゃない! だから、私と手を結んで…」

「必要です。生命を追いやるために。あなたがしっかりしていれば、彼女の場所は限られる。そうすれば…いいえ、愚者に言ったところで分かりませんね」

「計画無視に加えて、危害を加えようと…」

「ええ、そうよ。私が一番でない饗宴なんて壊してしまえばいいの!」

「はあ、愚かな。素直に従っていれば、いずれ華になれたというのに…生命を侵した罪は重い。用済みです。公爵お願いします」

「大衆の前で枯れぬ配慮をした侯爵に感謝しろ」

公爵が剣を振るう。ナディール令嬢は重い体を勢いよく起こして、剣を避ける。体当たりで扉を開けて、個室から抜け出した。

「!」

「…え」

飛び出した先、偶然にもラジュネスと衝突する。血塗れの令嬢を見て、ラジュネスは咄嗟に保護しようとする。そんな好意を無下にして、ナディール令嬢は隠し持っていた短剣を取り出し、そして突き立てる。

「道連れよ!」

ナディール令嬢の声に、ラジュネスは驚く。

「不始末だね、宰相」

「!?」

短剣を振りかざすナディール令嬢の腕を掴み、ラジュネスを守ったのは瑠璃の髪を靡かせるアムール・デテ・プロンジェ子爵だった。男の怪力に怯んだ令嬢の肩を引き、個室へと連れ込む。子爵もラジュネスを連れ込んだ。

「ごめんね、ちょっと静かにしてよっか?」

突然連れ込まれて困惑の表情を浮かべるラジュネスを壁に押さえつけて、子爵は逃げられないようにする。体格差を利用して、視野を塞ぐ。その直後に響く肉を抉る音。一つの呼吸が途絶えた。ラジュネスは何が起こったのかを理解した。

宰相は顔色一つ変えていない。公爵はナディール令嬢の遺体を布でくるみ、処理を進める。

「これはこちらで処理する」

「任せましたよ、公爵。さて、手荒な真似をして申し訳ございません」

宰相が踵を返して言った。子爵は押さえつけていた手を解いて、ラジュネスを解放する。逃げようかと扉の方向に視線を送ると、子爵が立ち、行く手を阻む。宰相が近づいてくると、一歩後ろに下がる。

「怖がらないでください。あなただけ(・・・・・)は傷つけないと決めていますので…」

「なら、その手に持っているものをどうする気だ…」

宰相の言葉の矛盾点。彼が持つ短剣はナディール令嬢から奪った物だ。宰相は短剣を見つめる。

「毒は塗ってないようです。たかが毒。生命の枷にはならない」

距離が縮まってくる。ラジュネスの脳から警告音が鳴り響き、逃げの生存本能が指令を出す。だが、それを察した子爵がラジュネスの背後に周り、手を拘束する。片手の拘束はびくともしない。大人の力に、子供が適うわけもない。上背のある子爵はもう片方の手で、ラジュネスの目を覆う。耳元で子爵がしぃと囁いた。

宰相が身動きの取れないラジュネスの肩を持ち、さらに固定する。短剣の先を首に当てる。ラジュネスに問いかけた。

「血を頂けませんか?」

「嫌だと言えば、諦めてくれるのか?」

一秒の間が開く。宰相は振りかざし、短剣をラジュネスの首に刺す。短剣に施された仕組みを使い、血を抜き取っていく。文字通り、血の気の引く激痛に、ラジュネスは呻く。短剣が血で満たされるまで、激痛が続く。採血の感覚とは違うからこそ、耐えがたい。悶絶している瞬間が恐ろしい。

痛みから逃げようと体を動かそうとすると、子爵がもっと力を入れて阻止する。男に挟まれて窮屈に感じる。

一分ほどの膠着状態。宰相が短剣を抜き取り、その箇所に布を置いて止血する。短剣を丁寧に布で包む。

「おっと…」

血をごっそり取られたラジュネスは膝から崩れ落ちそうになる。子爵に支えられるが、貧血症状が見られる。頭がずきずきと痛む。生気の抜けた目は、痛みの後遺症を引きずる。失神する前に、生命魔法を使い、傷を治す。体に起こる異常も癒す。子爵が差し伸べる手を振り払う。子爵は手を上げて、無害であることを強調する。

「嫌われちゃったね、宰相」

子爵が話を振る。

「仕方ありません、少し乱暴でしたから」

「…」

ラジュネスが睨む。

「必要なことです。エテルネル卿とお話ししましたよ。奮闘なさっているようで、我々としてもうれしい限りです。ですが、姫は秘密が多い」

「秘密?」

「よくお分かりでしょう。あなたはこれ以上、回復することはないということ」

「!?」

「薬の副作用が顕著に現れ始めた。嘔吐が頻繁に起こる。体調をよく崩す。体が重い。魔法がうまく使えない。そして、毎日夢に魘されるとか?」

子爵が症状を言う。どれもが当てはまる。

「エテルネル卿もアバンチュールも、回復に向かっていると思っている。ですが、そうではない。姫の体は共鳴者として形成されただけであり、この先に用意された全てを拒んでしまう。今の症状は序章に過ぎません」

宰相はそう言って、ラジュネスの手を取った。ターコイズブルーの瞳で、じっと見つめる。

「魔法で隠れていますが、癒えぬ傷が多い。他にもあるでしょう。一番はエテルネル卿でしょうね。見たところ、最近できたもの。治しても治しても治らない。治せば、冷たくなっていき、寒さに怯える。食べ物が喉を通らない。薬を飲めば、副作用で苦しむ。けれど、言えない。ゆえに気丈に振る舞う。苦しむ姿を見せない。

健気ですね。姫の変化を求めるくせに、彼ら自身は変化しようとしない。苦しむ姫に気づかない愚か者の願いを叶えようとするのですか?」

「…」

「姫の苦痛を無くす術を私は持っています」

「得体のしれないお前達に従えと?」

「いいえ、姫の居場所は姫が決める。ただ、姫を救えるものはこの世界でたった一人賢者ファタール卿であることを…知っていただきたいのです」

宰相がラジュネスの手に小瓶を渡す。小さいそれはどこに行こうとも隠し持てるように設計されているようだ。

「一時的に痛みを和らげるものです。副作用が強いので大切な時、苦しければ飲んでください。本当に救いがない場合のみです」

宰相が念押しする。ラジュネスは断る理由がなく、仕方なく小瓶を手に取る。宰相は微笑んで、手を離した。彼は何かに勘づいたのか、顔を曇らせた。

「姫を迎える準備は整っています。あとは姫の決断を…それでは」

「じゃあね~」

宰相と子爵が部屋から退出する。一人残されたラジュネスの気持ちは沈んでいる。静謐に及ぶ部屋が、まるで夢と同じような空間に感じてしまうラジュネスは、拳を握る。唇を噛みしめる。

(靄が私の全てを覆って、離そうとはしない。悪夢を開示すれば、大人は治してくれようと大変な思いをする。得体のしれないのは、私なのかもしれないのに…)

痛みに気づいてくれた大人がいることが少し嬉しかった。毎晩魘される夢を止める方法を持っていると言われて、希望が持てた。だが、アバンチュールと対立しているということを察してしまう。

(ネルが悲しむことしたら、裏切り者になっちゃう)

ラジュネスは椅子に座って、考える。思考を放棄したい。だが、悩みと杞憂が増え続け、押しつぶされそうになる。宰相と子爵に言われたことが全て的中していることは、医療に精通しているラジュネスなら一番理解している。

(助かりたいけど、それはアバンチュールの敵の力を借りてでもってわけじゃない。まだ耐えられる。悪化はするけど予想の範囲内。だから、一人で苦しめばいい。大人の嫌がる姿見たくないし…)

扉を叩く音に、ラジュネスが返事をする。仕事を終わらせてきたエテルネルが入室する。手に瓶とコップを持っている。

「果汁水だ。飲めるか?」

「ええ」

返事を聞いて、エテルネルが果汁水を注ぐ。赤とオレンジを混ぜたような色合い。受け取って、口に運ぶ。さっぱりとした飲み心地と軽やかな味。するすると喉を通っていく。

「ラジュネス。俺のことを夫だと…」

エテルネルが聞いた。彼は躊躇している。蕾の口論で、仕返しに言った言葉なので信用性に欠けると思っている。その意図を感じ取っても、ラジュネスは嫌な顔をせずに言う。

「私はそう思ってる。周りがどう感じるかは知らないけど…」

ラジュネスが気まずそうに視線を送る。

「めちゃくちゃ嬉しい」

エテルネルは間髪入れずにそう言った。青年のように無垢な笑顔を浮かべて、嘘一つない彼の笑顔が目に映る。屈託ない微笑みに、ラジュネスは安堵した。


(やっぱり裏切りたくない)


胸の中で決めたラジュネスは、心臓の鼓動を押さえる。肩を寄せて笑いかけるエテルネルとの空間が、ひどく心地よい。この感動があるから悪夢にも耐えられる。ラジュネスが目を閉じたのを見て、エテルネルは優しい手つきで包み、静寂の時を味わう。

言葉なき一時に響く鐘の音。饗宴の終わりを告げる鐘だ。かなり長居してしまった。

「そろそろ帰ろうか」

エテルネルが彼女に言った。反応がない。心配して覗き込むと、すぅすぅと寝息を溢してラジュネスは眠っていた。大事に至らなかったことに安心したエテルネルは胸を撫で下ろす。

そして、ラジュネスを抱きかかえ、馬車まで運ぶ。

(まだ軽いな。こんな小さな体で、よく頑張ったな)

エテルネルは心で激励した。問題は起きてしまったが、ラジュネスが無事であったのなら、どうだっていい。これからも守っていくと決意に燃える。


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