24話 世界の重臣
「う~ん、完璧!」
控室で称賛の声が響く。饗宴は始まっているが、全員は入来していない。そのうちの一組にラジュネスとエテルネルがいる。想像よりも準備に時間がかかってしまったのはあるが、妥協を許さないフェルメの徹底ぶりに根負けしたのも理由の一つだ。
「これなら貴族は下手に動けないわん。あたしのドレスは最高なんだから、胸を張りなさい」
ラジュネスはフェルメの激励を思い出す。扉に差し掛かると、門番が確認する僅かな時間に、エテルネルからの熱い視線に気づく。
「どうしたの?」
「綺麗だ」
真っ直ぐな誉め言葉に、ラジュネスは意表を突かれて笑ってしまう。ラジュネスは彼の腕に手を添えて、少し凭れ掛かる。
「ありがとう。エテルネルもかっこいいよ」
「ああ!」
エテルネルが指示を出すと、門番は豪華な扉を開く。大広間はより華やかで、その眩さに臆してしまうほど。エテルネルの手を掴んで、大広間に入る。
その瞬間に、ヴォク・ラテクの貴族は全員顔を伏せ、礼を尽くす。家門の長だけでなく、令嬢も礼を尽くすその行為に、他の国の貴族は驚く。敬礼の先は、十中八九ラジュネスだ。踊り場に続く階段を一段降りると、エテルネルの御姿とラジュネスの美貌に感嘆の声が巻き起こる。
マーメイドドレスは白の生地を中心に金糸で刺繍が施され、細部には細かく砕いた緑の宝石が散りばめられている。ヘッドドレスは大粒の宝石をつけている。新緑の瞳が静かに揺れる。レースの手袋。左足が見えるように開いたドレス。その左足には太腿から足先に至るまでチェーンを結び、大小揃ったレッドエメラルドを身に着けている。
「あれってトゥ・エ・ベルのドレスではなくって?」
「ええ、レッドエメラルドを扱える店はそこしかありませんわ」
「華と蕾のオーダーを断ったのって…」
「しっ! 聞こえますわ」
「ですが、エテルネル様の瞳を模した赤。しかも鬼がアンクレットを贈る理由をご存じ?」
「あら、そうなると…」
令嬢の話が聞こえたのか、社交界の蕾二輪は険悪な表情をする。ナディール嬢にいたっては鋭い目つきで睨んでいる。
靴音が響くごとに、ラジュネスが近づいてくる。解像度の高まる彼女を見て、その美貌に息をのむ。高貴な振る舞いと纏うオーラに言葉を失って、彼女に見入る。華やかな色を白の一点で塗りつくすラジュネスの登場に、神人アンフィニは得意げに笑う。
エムロード公爵が近づいて、ラジュネスに扇子を渡す。金色の扇子はヴォク・ラテクの名誉国賓だけが使うことを許された代物。登場だけで貴族は理解する。しかし、その理解を深めるために、ラジュネスは仕掛けた。
「何やらご機嫌のようだな、エムロード公爵」
「貴殿の指示を仰いだところ、貿易が上手く行きましてな。反勢力をようやっと、根絶やしにできた」
「左様か」
近況について軽く話すと、周りの貴族は顔色を悪くする。
「エムロード公爵の反勢力と言えば、セゾニエの子爵では? 最近爵位を剥奪されたと」
「あれは神人が…まさか、最高司令官の助力で?」
「その座は引いたはずでは!?」
「いやいや、表面上はそうなっていますが…もしやすると、妃殿下はまだヴォク・ラテクの最終議決権をお持ちなのでは?」
ラジュネスの思い通りに、憶測が増長され、アバンチュールとヴォク・ラテクの関係が考察され始める。ただの会話に過剰に反応する貴族は、ラジュネスとエムロード公爵の思う壺。
ヴォク・ラテクの英雄はまだ健在であるという事実。エテルネルが婚約者として愛慕されていること。それが深く理解され、一瞬で認識を変えた。そして、社交界の栄華を搔っ攫う。
社交界の華であり、栄華の王冠を被るウラガン・シャルール・ヴァン侯爵は朗らかに笑っている。彼女の目には、大広間の中心を通り、神人の玉座に近づいていくエテルネルとラジュネスを見る。上座下座というものはないが、暗黙の了解として認知されている。扉から遠いほど上座となり、爵位の高い貴族が多くいる。
(ふふ、やるわねぇ。これじゃあ、下手に攻められないじゃない。ラジュネスちゃんが元気なのはいいけれど、ちょっとやりづらい。口実作りは諦めて、ヴォク・ラテクの内部を探りましょ)
ヴァン侯爵は、グラスに入ったワインに口をつけ、この饗宴での役割を果たそうとする。各々の立場を理解した貴族は、誰に媚を売るか、牽制するか、情報を探るかという思考に走っている。饗宴の始まりを待ち侘びる思いが募り始める。
「賢者リュイヌ卿御入来!」
門番の言った人物に反応して、今度はみなが頭を下げる。饗宴の主役が最後に登場する。
深い褐色の肌とは反対に、銀髪を靡かせる。羽の装飾。一枚の布を肩にかけて、体を覆っているだけのシンプルな服。ビリジアンの瞳は麗に輝いている。無表情なのに、愁いを帯びた印象。飾らない自然体でさえも、流麗な美しさと、賢者としての貫禄を持っている。階段を降り、大広間のレッドカーペットに差し掛かる。下座にいる貴族はリュイヌ卿が近くにいると、より一層頭を下げる。漏れ出る威圧感に空気が重くのしかかる。ゆったりとした足取りで玉座へと歩くリュイヌ卿。近づいてくると分かる身長二メートルはあるであろう巨体。引き締まった御身と、鍛え抜かれた筋肉。玉座が目の前という所で、リュイヌ卿が足を止めた。
今までなかったことに驚く。リュイヌ卿はエテルネルを見下ろして、考え込むそぶりを見せる。ラジュネスと比較するような視線の動き。
『―ふむ』
何か閃いたのか、自身につけていた翅のイヤリングを取って、エテルネルの片耳に着ける。
大きな掌。慣れた手つき。エテルネルは顔を上げない。その態度に満足したのか、口を開く。
『期待しているぞ、エテルネル』
「勿体なきお言葉」
微笑んだリュイヌ卿は玉座へと足を進める。玉座に座る前に、リュイヌ卿は顔を上げるように指示する。卿は貴族の面々を見て、主催者の挨拶をする。
『百年の時を生き残り、世界を統べ続ける任務を全うしていることに、余は嬉しく思う。今宵は時を忘れ、楽しもうではないか』
リュイヌ卿の挨拶が終わると、歓声が上がる。静寂が打ち破られ、演奏が開始する。饗宴が全ての客を迎え、今始まった。途切れていた談笑が再開され、貴族は各々の目的を遂行するために動き出した。
エテルネルは、リュイヌ卿から与えられたイヤリングを触る。
「…ネル」
「どうした?」
「大丈夫か?」
心配そうに見つめるラジュネス。その後ろにはエムロード公爵が控えていた。打ち合わせでは、エムロード公爵と挨拶回りをすることになっている。少しばかり離れないといけない。
「俺のことを心配しなくていい。何か困ったことがあれば、すぐに駆けつけるぞ」
いつもと変わらぬ態度にラジュネスは安堵して、公爵の下へ行く。責任を持って職務に当たる彼女の姿を見て、エテルネルも挨拶をしに行こうと動く。
「ご機嫌麗しゅう、エテルネル卿」
「久しいな、カルム貴」
セゾニエの宰相カルム・ベル・タンが話しかけてきた。端正な顔立ちの宰相は若く見えるが、実のところ神人と同じ時を生きている。世界の重鎮と言っても過言ではない。このような場では避けて通れぬ御仁。
「夜会に出席せぬ卿を見て…お元気そうでなにより」
「カルム貴は相変わらず優秀だと、山脈を越えて耳に入る」
「お世辞でも受け取っておきましょう。私めは変わりない仕事をしているだけ。エテルネル卿を含めたアバンチュールは素晴らしいご活躍をなさっている。
特に人間の魔法使いは教育が大変でしょう?」
「子供は大人の予想を裏切る、いい意味でな」
「そうですか。なら、どのようにして生命を手懐けたのでしょう? ご教授いただければ幸いです」
宰相の端正な顔に影が落ちる。ターコイズブルーの瞳は、シャンデリアよりも煌めいている。宰相の言った生命とは、ラジュネスのことだ。魔法を使えるものは魔法使いと定義づけられているが、使う魔法で名を呼ばれる事の方が多い。常識がエテルネルに違和感を覚えさせる。
(ヴォク・ラテクの最高戦力は魔法使いだ。だが、使用する魔法までは他国の貴族は知らない。アバンチュールの諜報機関隠密部隊でさえも暴けなかった。
襤褸が出たのか、敢えて出したのか…)
宰相の全ては分からないが、エテルネルの中で決定した。宰相は神帝教の一員だ。絶好の機会を逃したくないが、宰相が逃げないと踏んで、エテルネルは攻めの姿勢に入る。
「俺は何もしてない。生命が、その命を全うすることを選んだ」
「…」
「焦っているな、神帝教。やはり、貴様らの計画に生命は必要なのか?」
予想外の返しに、宰相はくすりと笑う。闇で暗躍し、世界を混乱に落とさんとする神帝教の一員だとばれても、焦る素振りはない。それも計画のうちだという態度だ。
「少し気になっただけです。姫は繊細な御方。こちらで保護しようと思っていたところですが、貴殿の迅速な対応には顔負けです。純粋に褒めているのですよ」
「変わらんな」
「焦ってもよいことはありません。計画に支障はない。姫は近いうち、岐路に立つ。その際、必ずや我らが神帝教を選ぶでしょう」




