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22話 英雄の再熱

「なぁんで覚えなきゃなんないの~?」

机に突っ伏しながら、スィエルが文句を垂れる。その横でせっせと資料を見て、内容を暗記するヴェリテ。二人は今、三ヶ月後に開催される賢者主催の饗宴に向けて、特別レッスンを行っている。その講師であるヴォヤージュは、彼の疑問に答える。

「神人よりも高次の存在であり、太古から生きる賢者。最も高貴であるため、表舞台には出ない。故に不定期で行われる饗宴は各国の威信をかけた冷戦です。些細なミスを指摘され、国家間の軋轢を生み深めることがあってはなりません。

ですので、所作と言葉遣い、世界情勢と話題、特に貴族の名前は憶えていないといけません」

「賢者って創造神みたいな?」

「そうですね。賢者に地上を治めるように言われた神人は、バラバラであった人類をまとめ、五つの大国を築いた。

アンフィニ様率いる医療国家アバンチュール。

元神人デスティネ率いる軍事国家ヴォク・ラテク。

ソレイユ率いる海洋国家メル・オセオン。

ジュレ率いる天候国家セゾニエ。

グロワール率いる芸術国家ネージュ・セルクイユ。

広大な土地を治めるため、各地域に貴族を設置し、爵位制度を導入しました。貴族は領地を治めつつ、神人の統治に助力することが仕事になります」

「へ~、じゃあパパは?」

「私たちは神人直属の部下です。領地を持たぬ貴族であるため、国家間の条約締結や魔法の研究、医療水準の向上等における研究など、領地に関わらない業務を請け負っています」

「爵位…」

「上から順に、宰相・公爵・侯爵・伯爵・子爵。ロクザン殿は外相ですので最低でも伯爵の地位はありそうですね。グロワール様の側近みたいですし、恐らくは公爵でしょう。

私を含めた四人は特例の宰相です」

「ヴォク・ラテクは軍部。貴族尊重されなくて、怒ってた」

「ヴォク・ラテクは軍事国家ですしね。貴族の軍事力も優れているとはいえ、人間奴隷を起用した神人直属の軍も強かった。最高司令官と総帥の地位を採用したのは、面白い試みです」

ヴォク・ラテクがアバンチュールの支配下に置かれている状況ではある。神人の亡き今、ヴォク・ラテクはその勢力を落としつつある。その状況を打開すべく、最高司令官及び総帥の地位を得ていたラジュネスは、その座を降りて、エテルネルに下賜され婚約。その後は反神人派筆頭貴族であったヴォク・ラテクのエムロード公爵当代が貴族を統治している。

表の処理はそれだけ。

しかし、ヴォク・ラテクの機密情報を知っている者はラジュネス唯一人であるため、彼女も統治には不可欠である。

(幸いなのは、ヴォク・ラテクの貴族がラジュネスの境遇に理解を示したこと。元々、あの統治はデスティネとその取り巻きが得をする非人道的行為。貴族は快く思ってなかった。

今は奴隷制を撤廃して、貴族の軍隊に頼っているが…最高戦力は残っている。ヴォク・ラテクに危機が迫れば、またこの子たちが出動する羽目になる。

最近は貴族間の紛争が増えてきている。嫌な風を感じる)

ヴォヤージュが考えている最中も、必死に勉強を進める二人。その光景に微笑み、菓子を取り出す。休憩だと察したスィエルは早々と片付けて席に着く。

「スィエルは隠匿部隊の後継者、ヴェリテは魔塔の管理者であるレーヴの後継者として、饗宴でお披露目となります。ので、社交界で競わなくていい」

「そんなことすんの?」

「見栄の為です。社交界の頂点は、華と呼ばれ、中心的存在となる。華になるために十名ほどいましたが、今は二人に絞られています」

「蹴落とし合い…」

「ええ、苛烈な争いですよ。御前試合で負けて社交界を永劫追放となったものや、秘密裏に消された蕾も多い。最後の一人になるまで続いていく」

「御前試合」

「御前試合は社交界の蕾だけに許された特権。宴の最中に模擬戦を行うのです。もし、御前試合に負けてしまえば、蕾は枯れ、永遠に華にはなれない。ゆえに、銃や魔法に関係なく勝つための手段を問わない。

今回は賢者主催の饗宴。血を流すことは禁止されていますので、自ずと特権も使えない」

壮烈な話が理解できない二人は顔を見合わせる。くすっと笑って、ヴォヤージュは話を続ける。

「蕾は二輪。

セゾニエのフィルママン公爵の一人娘ナディール令嬢。彼女は最も苛烈だ。高慢な女で、自分が一番でないと気が済まない。先ほど教えた御前試合はリスクが高い。ですが、ナディール令嬢は挙って使う。それもそのはず。彼女は剣姫の称号を得ています。感情の起伏が激しいですが、竜の整った顔立ちをしています。

もう一輪メル・オセオンの有力貴族プロンジェ子爵の娘ペナンシェル令嬢。彼女はおっとりとした印象ですね。ナディール令嬢とは違って可憐な令嬢です。人魚特有のヒレを持っているので、分かりやすいかと。表で動くことはありませんが、蕾になりそうな令嬢を潰す狡猾さを持ち合わせています。被害だけで言えば、ナディール令嬢より大きい。

宰相の地位にいるエテルネルの婚約者ともなれば、令嬢として参加することになる。長寿の世界で顔触れが変わることはあまりない。ですから、ラジュネスは二輪の蕾に挑むことになります」

ヴェリテがカップを置いた。強い眼差しで言い放つ。

「ラジュネスならできる」


――――――――――――――――――――――――――――


ペンが走る音。書類を分ける時の紙が擦れあう音。少し暑いかと思うが、風は涼しい。執務室を模した応接間で、用意された冷涼な飲み物を暇を潰すように眺めるエテルネル。彼の瞳にはペンを走らせ、山のようにあった書類を目にも止まらぬ速度で処理するラジュネスが映っている。髪を後ろで括っている姿に見惚れる。

座りながら処理を進めるラジュネスの横で、せっせと動き、処理された書類を片づけるのはヴォク・ラテクのエムロード公爵である。公爵は陥落したヴォク・ラテクの再建と、貴族のリーダーとして激務であるが、公爵も把握していない神人デスティネの管轄は、ラジュネスに頼るしかない。

ヴォク・ラテク陥落から早四ヶ月が過ぎた。待ってくれた方だなとエテルネルは思う。

「この書類で最後です」

「ん」

エムロード公爵が渡した書類にサインをして、全ての業務が終わった。公爵付きの従者らが書類を片付け、退出する。エテルネルの隣に座るラジュネス。その前にあるカウチに座るエムロード公爵。他にもまだ、頼みたいことがあるのだろう。

「少しやつれたか、エムロード公爵」

「…まあ、色々と」

公爵はエテルネルに視線を送る。

「此度の訪問、もう一つ頼みがあって参った。ラジュネス殿も饗宴に参加なさる御予定だと聞いておる」

「ええ」

「では、その場でヴォク・ラテクの権威を取り戻してくれまいか?」

「公爵!」

エテルネルが憤慨の声を上げる。

再建の目途は立っているが、ヴォク・ラテクに関しての憶測は各国で違う。憶測の共通点は、ヴォク・ラテクが弱体化しているということ。今までは仲が悪かろうと神人の存在で均衡が保たれていた。その神人の亡き国。そして軍部の最高司令官と、貴族をまとめる総帥の地位を降りたラジュネスと、その最高戦力がアバンチュールの保護下にいるとなれば、ヴォク・ラテクは大国としての権威が地に落ちる。

今は憶測に落ち着いているが、軍事国家の戦力が下り坂の状況で、もし他国に攻め込まれれば成すすべがない。保守派であるエムロード公爵は、公の場でヴォク・ラテクの武力が未だ健在であることを示し、大国としての権威を誇示したいという思惑だ。

その際に、全ての貴族と神人、賢者が揃う饗宴は絶好の場だと考えている。それにはヴォク・ラテクの大英雄だと、国民から祀られているラジュネスが必要となる。元とはいえ、若くして他国との大戦を勝利に導いた逸材。人間でありながら、鬼や竜と同等に渡る強さ。神人にも警戒視されている。だが、ラジュネスは偽りの姿だ。やっと本音を言えて、本当を曝け出した時期に、もう一度酷な姿を演じろと言われれば、怒るのも無理はない。特にラジュネスの婚約関係にあるエテルネルは怒りに震える。

「貴殿の立場と、ヴォク・ラテクでの待遇は理解している。神人のしていたことを傍観していた貴族を快く思っていないとも知っている。しかし、ヴォク・ラテクの民にそれは関係ない。我々は貴族として、民を守る任がある。

こちらも相応の対応を検討している。ここは私の顔を立ててはくれまいか…?」

エムロード公爵が深々と頭を下げる。エムロード家は代々竜の家系。武力も優れ、今や千年を生きる長寿だ。培ったプライドを捨て、十五の子供に頭を下げている。これだけの行為で、覚悟が伝わっている。

エテルネルは拳を握り、返答を待つ。

「頭を上げてください、エムロード公爵」

「…」

「私は軍部も捨て、貴族とも縁を切り、下賜された身。ヴォク・ラテクの先導者とはなりえない」

ラジュネスの言葉を聞いて、公爵の顔が曇る。

「ゆえに、そう思わせることはできる」

「!」

「軍事国家と医療国家の結びつきを強め、ヴォク・ラテクが危機に陥れば条約に従い、私を含めた最高戦力が援助に向かう。保護下に加わろうとも、神人アンフィニは元最高司令官に統治を委ねた…と思わせること。

それが権威の維持に繋がる。私は不快な経験をした。しかし、ヴォク・ラテクと国民まで恨んではいない。

当日は貴族の行動に合わせます。ヴォク・ラテクへの敬意をお見せください」

「ラジュネス…」

「私はエテルネルの婚約者として参ります。そこだけは履き違えぬよう…」

「英断感謝する」

「私が不在の間、ヴォク・ラテクを守ってくださったこと。心より感謝いたします」


――――――――――――――――――――――――――


「このじゃじゃ馬が蕾?」

饗宴に向け、各国では準備が整っている。その裏で暗躍する者もいる。政治の探り合いとは違う異端。

渡された絵をテーブルに叩きつける女。悪態をつく髪の女は真っ黒な瞳を目の前の人物に向ける。覆面を着けた紫髪の人物は頷く。

「社交界からの追放で私は華になれるのかしら?」

「ええ、その代わり…」

「”模擬戦は使うな”…でしょう? 」

「宰相からの伝言です。”下手な真似はしない方がいい。ラジュネスには勝てないから”」

紫髪の人物の言葉を聞いて、女はこめかみに筋を立てる。怒り狂った目で刺す。

「私が負けるですって…随分酔狂なことを言うのね。今までどれだけの蕾を枯らしたと思ってるのよ。最後に咲くのは、この私ナディール・フィルママンよ!」

紫髪の人物は表情を変えずに、一言だけ添えてその場を去る。

「当日は宜しくお願い致します、ナディール嬢」

女は椅子から立ち上がる。宝石箱から一つのネックレスを取り出す。中央に嵌められた黒曜石が美しい光沢を示す。

「私をこけにしたこと、後悔させてあげるわ…神帝教」


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