21話 昇らぬ恋
翌日、エテルネルらはネージュ・セルクイユを発つ。日が昇らぬ早朝に、出発の準備は整った。
『いつでも帰れる準備をしておったとは…』
見送りに神人グロワールが顔を出す。最終確認で待つラジュネスの隣に立ち、寂しそうに呟く。
『結局、鬼を選んだか』
「…ネージュ・セルクイユは良い国です。でも、それ以上に…」
『鬼が良いと。まったく、一国を統べる神人と一国の兵士を天秤にかけるとは。お主も大概じゃな』
「…」
『まあ、アバンチュールが嫌じゃと思うたら来るが良い。あの時、捨てたことの贖罪を果たせておらんからな』
「そう言っていただけると幸いです」
最終確認が終わった報せを聞いたラジュネスは馬車に向かう。入れ替わるように、グロワールの隣をロクザンが埋める。
『ロクザン、貴様なぜ動かんかった? そうする隙も与えたはずだ』
グロワールが不機嫌に問いただす。アバンチュールの訪問中に、ラジュネスを捕らえて、ロクザンの魔法で縛り付けるという命令だ。グロワールが下した絶対命令を、あろうことかロクザンは放棄した。
『貴様は欲のために闇の仕事をこなしておった。折角、吉が回ってきたというのに。何度も何度も…』
「重々承知です。彼女と再会した日、私は彼女と側近を別室に追い込み、エテルネル殿を殺害しようとしていました。しかし、ラジュネスはそれを知っていた。察していたのだと思います。だからこそ、一人で貴方様に会いに行った。
二人を引き離すことは不可能だと、私は理解しています」
グロワールは、昨夜エテルネルと会談した。その時に提案の合否を改めて、思い出す。
『ネージュ・セルクイユの提案は受け入れられん』
『…何故?』
『ここは人間には厳しい環境だ。体調を崩したときに医療に長けた治療師も少ない。そういった面では医療国家であるアバンチュールが優れている。
なにより、”離れたくない”とラジュネスが言った。アバンチュールは可能な限り、子供らの意思を尊重する意向を強めている。なればこそ、ネージュ・セルクイユに残るべきではない』
『左様か』
『だが、神帝教の被害は国家間で協力すべき事項。より良い世界を築くため、手を取らぬか?』
(どうせ、ラジュネスの安全を脅かす神帝教を滅ぼす私情であるくせに。馬鹿みたいに承諾しよって…)
グロワールは怒りを覚える。八つ当たりしようとロクザンを見る。彼の目から涙が溢れている光景を見て、グロワールは目を大きく見開く。
「助ける順番が私の方が早ければよかったのに…」
吐き捨てた悔やみ。そこにどれだけの思いが込められているのだろう。グロワールは溜め息をつく。怒りはどこかに消えていった。
『今度は期待を裏切るな。ラジュネスを笑顔にする努力をしろ。これが絶対命令じゃ』
「―寛大な御心に感謝いたします」
場所が動く音がする。いよいよ、軍団がネージュ・セルクイユを発つ。ロクザンはそれを眺めることしかできない。その中で燃える執念。
『順番などくだらん言い訳じゃ。熱意が超えれば、いつかは届く。その執念を燃やせるか。それだけじゃ』
十日とかかる道のりを遡り、軍団はアバンチュールに帰還した。ラジュネスは、治療師の称号を持つヴォヤージュの所へ診察を受けに行った。エテルネルは遠征の報告のため、大広間へと向かう。大広間にはネージュ・セルクイユから調達した資源が陳列されていた。内容物を確認しながら、選別を進める。
エテルネルが入った直後に、エクラが叱責されている所を目にした。
「え~と?」
エテルネルが声をかけた。すると、鬼の形相のレーヴが不自然に笑いかけた。エクラは同情して手を合わせる。ずかずかと近づくレーヴと、何かを察した側近のフィエルテはエテルネルが持っていた締結書を手に取る。
「一ヶ月の遠征お疲れ様。で、あの大量の物資はなんだい? 私情だよね?」
「安心しろ。ちゃんと俺の金で買ったから」
エテルネルの返しに、その場にいた者の血の気が引く。レーヴから笑顔が消えて、般若となる。
「どさくさに紛れて…遊んでんじゃあないよ!!」
強烈なビンタに、エテルネルは呆気なく地面に倒れた。叩かれた頬を押さえて、小動物のような口調で言い訳を口にする。
「だって、ラジュネスが似合ってたから…ちょっと、ヒートアップ。服は何着あっても、問題ないって」
「うん、で? どんくらい買ったんだい?」
「お、覚えてないですぅ…」
パーではなく、グーを握るレーヴ。叱責が続きそうなところで、神人アンフィニが大広間に入ってきた。助かったと内心で喜ぶエテルネルとエクラを、レーヴが鬼のような鋭い目で睨んだ。フィエルテが締結書を渡すと、アンフィニは満足したかのように微笑んだ。
『遠征お疲れ様。レーヴ許してやってくれ。あのグロワールと国交を樹立したんだから』
「度が過ぎるってんだよ。エクラがスィエルのお菓子やらの食材を買いすぎるし、エテルネルは服をニ十着と装飾品あれこれだよ!」
『まあまあ、子供達に必要なものだから。レーヴも魔導書でも買い与えると良い。そうだ、今度アーティファクト商人に会いに行こうか。伝手があるから。ヴェリテも喜ぶよ』
アンフィニの提案を渋々受け入れて、怒りを収めた。
『それで、背中の傷はなんだって?』
「読み通り神帝教の奴らだ。神帝教の教祖で、元賢者ファタール卿と唯一共鳴できる証らしい。今はどんな姿か分からんが、碌でもないだろ」
「確か黒い靄みたいな姿らしいね」
「それも噂だろ? 神帝教の目的はファタール卿の復活だとして、わざわざ貴族ごっこでもすんのか?」
この世界は五つの大国に分断され、それぞれを神人が治めている。だが、広大な土地であるため、地方には貴族が置かれ、神人の統治に貢献している。
「ロクザンの調査では神帝教の幹部は貴族の中にいる。次の饗宴は各国の貴族が揃う。それが絶好の機会だ」
『神帝教、ひいては賢者は異質な存在。幹部であった愚兄が研究の一環で子供たちを利用したのは、賢者の為だ。記憶がないとは言ったが、ラジュネスは勘がいい。他の二人もね…これは他言無用だ。悟られぬように…』
アンフィニの命令に皆が沈黙を持って、承諾した。
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薄暗い部屋の中心に置かれた円卓。五つの椅子。そのうちの一席は空席である。互いに顔を隠している。
「計画失敗。アバンチュールとネージュ・セルクイユが手を結んだか。貴族に幹部がいるのもばれてるし、外相は有能だ」
子爵がそう言う。
「デスティネを殺されたのも痛手だ。愛し子が解かれた。監視しようにも、アバンチュールの衛士が煩わしい」
伯爵は忌々しいと言わんばかりの反応だ。
「ラジュネスちゃんは魔性の女。誰かを虜にすると思っていたけれど、まさかエテルネルが一目惚れしちゃうなんて…羨ましいわ~」
女の侯爵がくすくすと笑う。
「我らも本格的に動くというのに、その態度は感心せん」
「まあまあ、伯爵。侯爵も仕事はしてるんだから…ね?」
「そうよ。神帝教の弾圧が厳しいネージュ・セルクイユを調査してあげてるの。その功績に感謝なさって?
確認だけれど饗宴で、ラジュネスちゃんと接触するのはあなたでいいのかしら。宰相様?」
三人の話を聞いていただけの宰相に声をかける。グラスを置き、口角を上げる宰相は言った。
「姫は繊細なんだ。私が行くのが最適解。お前たちは他の屑共の相手を頼んだ」
「だが、いいのか? アバンチュールの連中は子供たちに神帝教の存在を教えるはず」
「いいや、それはない」
伯爵の疑問を否定する宰相。
「闇から救った子に、わざわざ闇を教えるわけがない。まあ、子供たちは優秀だから、どうなるか。でも、大人の悪いところだ。危険から遠ざければ遠ざけるほどに、子は進む。無邪気な好奇心を煽るだけの行為で終わる」
「ふ〜ん。ま、そこはいいよ。姫が無事なら、オレはどうだっていい」
「ええ、ラジュネスちゃんは必ずここへ戻る。そうでしょう?
カルム・ベル・タン」
侯爵は宰相に笑いかけた。名を呼ばれた宰相をほくそ笑んで、とぼける。
「未来のことは誰にも分からない。そう仕向けることができる。私達は表では動かない。饗宴は二輪の蕾に任せるとしよう。
さあ、綽綽と参りましょう」
会議が終わる。四人は立ち上がり、口を揃えて、こう言った。
―すべては賢者ファタール卿のため




