20話 星の辺鄙
広い一本の街道に屋台が立ち並ぶ。建物を繋いで、ランタンが頭上に張り巡り、暖色の灯りをともす。星の光が届かぬまでに明るい。賑やかな声が、色を感じる。
夜の静けさを忘れる。
歩きながら、出店を見る。
「ん、あれは?」
ラジュネスが指を差す。その先には青の装飾品が陳列してある。ラメが散りばめられ、きらきらと反射している。
「ネージュ・セルクイユの伝統工芸品だ。降り注ぐ雪を拾い、結晶を魔力でコーティングするんだ。そうすると、硝子みたいな膜ができて見目がいい。染色にも技術がいるから、中々お目にかかれない。本当に運がいい」
エテルネルがその屋台に近づく。
「いらっしゃい。どんな品をお求めだい?」
「おすすめはあるか? 彼女に似合うブレスレットがいいんだが」
「なんだい、デート中かい。良い思い出になるね。そうだねぇ、嬢ちゃんは緑が似合いそうだ」
店主が品物を物色していると、ラジュネスの目に一つのブレスレットが止まる。赤色の結晶。珍しい。雪が材料なのに、赫のそれは太陽を思い起こさせる。鮮烈な赤に心を奪われる。
「それが気に入ったか?」
「あ、そういうわけじゃ…ただ、ネルの瞳の色だなって」
その言葉を聞いて、エテルネルの心がときめく。きゅんと心臓を掴まれたような感覚。嬉しさで泣きそうになるが堪えて、店主に言った。
「これを貰えるか?」
「少し高くつくけど…」
「構わん」
「まいどあり! お嬢ちゃんは運がいいね。赫は染色が難しいから中々商品にならない。流通量も世界で見ても少ないからね、大事にしな」
お代を貰った店主は丁寧にブレスレットを包む。
「ありがとう。何か温かい料理があればいいんだが」
「それなら、ここを進んだ先にあるよ」
「そうか、感謝する」
エテルネルはラジュネスの手を握って、歩き出す。腰に手を当てて、怯えないように配慮する。暫く歩くと、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「クラムチャウダーとビーフシチューをくれるか?」
「へい、まいど! あら、お嬢ちゃんの服トゥ・エ・ベルのとこのじゃないかい。仕立てには一か月はかかる高級品さ。とってもキレイだよ」
「そう、なんだ。教えてくださってありがとう…」
「いいえ! 祭りを楽しんでくれよ」
店を後にして、商店街の離れた場所に腰かける。賑わいが聞こえる。ラジュネスは受け取ったクラムチャウダーをかき混ぜる。
(食べないと…)
いつものように、食が進まない。隣に座っていたエテルネルは大きな口で、ビーフシチューを食べる。良い食べっぷりに、ラジュネスも匙を口に運んだ。塩気があるが、甘く感じる。賽子状に刻まれた人参と玉ねぎ。ハムもあるけど、それも食べられる。仄かな甘み。アサリというものも初めて食べたが、悪くない。
(ご飯って、こんなに美味しかったんだ。こんなに温かいものなんだ)
涙が零れ落ちる。それでも、匙を運ぶ手を止めない。
エテルネルは彼女の頬に流れる涙を拭う。脳内に、助言がよぎる。それはラジュネスの食事改善の相談をした時の話だ。
『今みたいに体を壊しやすい原因に栄養失調もあると思う。今回の旅路でラジュネスはあまり食していなかった』
『なるほど、ラジュネス殿の食事は果実が多いようですね。最近はスープも摂れるようになった、と』
『食事は必ず大人の前で食べてくれるんだが。俺たち大人と子供の視点が違う。どうすればいいかと思ってな』
『…ラジュネス殿は小食ですし、食という欲がない。彼女にとってのヴォク・ラテクの食事は実験方法の一つでしたし、ほとんどが冷えた状態で提供されていましたので…あっ』
ロクザンは何かに気づいた。
『ラジュネス殿は食事を作業だと認識していませんか?』
『!?』
『実際に見たわけではありませんので、予想にはなりますが、彼女は保護されて以降一人で食事をとらないとお聞きしました。寂しいのではなく、食事という作業を確認してもらうためではないでしょうか?
彼女は周りに迷惑をかけたくない。少しでも大人が安心できるように食事をとっている。あくまでも業務。ヴォク・ラテクの子供は叱責されないように、大人の感情に敏感でした。その名残は消えていないはずです』
『それは…』
『もう一点。彼女は料理が本来温かいものであると知りません。こちらの方が問題です。
食事は栄養を取るだけでない。気持ちをやわらげ、心を温めるもの。温もりを知らぬのは生きぬと同意義。手前は、そう思っています。
その温もりを教えてみるのは如何でしょう?』
(やはり同じ境遇にいただけに勘が鋭い)
ラジュネスの反応を見て、悔しくなる。時間はまだかかるが、初めて完食した。食後の苦しい素振りもない。
「全部食べれたな、偉いぞ。これ返してくる」
こくりと頷くラジュネスは誇らしげだ。椀を返しに行ったエテルネルの背中を目で追う。屈強な後姿。鍛え抜かれた肉体に、悲しみと苦悩を背負っているのだと、ラジュネスは何となく思った。
「?」
戻ってきたエテルネルを見上げて、彼の眼帯を取った。潰れた右目が露わになる。驚いたエテルネルだが、ラジュネスにのしかかる。雄々しい顔が近づく。
「なんで、私に惚れたの?」
「…一目惚れだからな」
腑に落ちない回答をされたラジュネスは目を逸らす。困り顔でエテルネルは言った。
「お前を初めてみた時に、窮屈そうだと思った。無限に広がる苦しみから逃げるように、戦場を駆けるお前が美しいと、思ってしまった。
もし、お前が戦場ではなく、その瞳と同じ草原を走ったのなら、窮屈だと感じない。鎖を壊すために走って、躓いてもすぐに立ち上がる足を持った立派な子だと思った」
「やっぱり理解できない」
悲しいことを言う。だが、ラジュネスは腕を彼の後ろに回して、顔を近づける。そして、右目にキスをした。潰れた汚い右目にキスをしたのだ。驚いたエテルネルを見た。
「醜い私を、あなたは綺麗にしようとしてくれたんでしょう? それなら、私もそうしたい。私が与えてしまった傷が癒えるまでは、あなたに全てを委ねる」
「ラジュネス…」
「理解できないことをそのままにしたくない。分かろうとする努力を私はしたい。その中で、生きる喜びを感じられたら…
だから、ネルと離れたくない。
それがグロワール様の助言でも私は嫌」
「ああ、お前がそう思うなら…俺も、俺もそう思うよ!」
震える声で返す。エテルネルは涙ぐんで、感動のあまり抱きついた。少しばかり強い力が生きていることを教えてくれる。ランタンがない辺鄙には、星の輝きが降り注ぐ。
エテルネルは持っていた赫のブレスレットを、ラジュネスに着けた。結晶がぶつかると、シャランと気持ち良い音を奏でる。
「ネル、今ね増えたよ。かっこいいと感じて、好きだって思えることが…」
ラジュネスは、そう言って微笑みかける。
進んでいくその姿と、増えていく努力の結晶が、エテルネルの靄を晴らす。
「俺も、この世界が綺麗だと感じられた。やっぱ、俺はお前に惚れてよかった」
ラジュネスの小さな笑いを掴んだ。押し殺すような歓喜の本音。
ここが静かであって良かったと、エテルネルは感謝した。
「大人を怖いと思ってもいい。思った分だけ、俺に甘えてくれ」
「ええ、私もそうしたい」
悪夢の静寂が来ないことを祈る。




