表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/40

20話 星の辺鄙

広い一本の街道に屋台が立ち並ぶ。建物を繋いで、ランタンが頭上に張り巡り、暖色の灯りをともす。星の光が届かぬまでに明るい。賑やかな声が、色を感じる。

夜の静けさを忘れる。

歩きながら、出店を見る。

「ん、あれは?」

ラジュネスが指を差す。その先には青の装飾品が陳列してある。ラメが散りばめられ、きらきらと反射している。

「ネージュ・セルクイユの伝統工芸品だ。降り注ぐ雪を拾い、結晶を魔力でコーティングするんだ。そうすると、硝子みたいな膜ができて見目がいい。染色にも技術がいるから、中々お目にかかれない。本当に運がいい」

エテルネルがその屋台に近づく。

「いらっしゃい。どんな品をお求めだい?」

「おすすめはあるか? 彼女に似合うブレスレットがいいんだが」

「なんだい、デート中かい。良い思い出になるね。そうだねぇ、嬢ちゃんは緑が似合いそうだ」

店主が品物を物色していると、ラジュネスの目に一つのブレスレットが止まる。赤色の結晶。珍しい。雪が材料なのに、赫のそれは太陽を思い起こさせる。鮮烈な赤に心を奪われる。

「それが気に入ったか?」

「あ、そういうわけじゃ…ただ、ネルの瞳の色だなって」

その言葉を聞いて、エテルネルの心がときめく。きゅんと心臓を掴まれたような感覚。嬉しさで泣きそうになるが堪えて、店主に言った。

「これを貰えるか?」

「少し高くつくけど…」

「構わん」

「まいどあり! お嬢ちゃんは運がいいね。赫は染色が難しいから中々商品にならない。流通量も世界で見ても少ないからね、大事にしな」

お代を貰った店主は丁寧にブレスレットを包む。

「ありがとう。何か温かい料理があればいいんだが」

「それなら、ここを進んだ先にあるよ」

「そうか、感謝する」

エテルネルはラジュネスの手を握って、歩き出す。腰に手を当てて、怯えないように配慮する。暫く歩くと、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「クラムチャウダーとビーフシチューをくれるか?」

「へい、まいど! あら、お嬢ちゃんの服トゥ・エ・ベルのとこのじゃないかい。仕立てには一か月はかかる高級品さ。とってもキレイだよ」

「そう、なんだ。教えてくださってありがとう…」

「いいえ! 祭りを楽しんでくれよ」

店を後にして、商店街の離れた場所に腰かける。賑わいが聞こえる。ラジュネスは受け取ったクラムチャウダーをかき混ぜる。

(食べないと…)

いつものように、食が進まない。隣に座っていたエテルネルは大きな口で、ビーフシチューを食べる。良い食べっぷりに、ラジュネスも匙を口に運んだ。塩気があるが、甘く感じる。賽子状に刻まれた人参と玉ねぎ。ハムもあるけど、それも食べられる。仄かな甘み。アサリというものも初めて食べたが、悪くない。

(ご飯って、こんなに美味しかったんだ。こんなに温かいものなんだ)

涙が零れ落ちる。それでも、匙を運ぶ手を止めない。

エテルネルは彼女の頬に流れる涙を拭う。脳内に、助言がよぎる。それはラジュネスの食事改善の相談をした時の話だ。


『今みたいに体を壊しやすい原因に栄養失調もあると思う。今回の旅路でラジュネスはあまり食していなかった』

『なるほど、ラジュネス殿の食事は果実が多いようですね。最近はスープも摂れるようになった、と』

『食事は必ず大人の前で食べてくれるんだが。俺たち大人と子供の視点が違う。どうすればいいかと思ってな』

『…ラジュネス殿は小食ですし、食という欲がない。彼女にとってのヴォク・ラテクの食事は実験方法の一つでしたし、ほとんどが冷えた状態で提供されていましたので…あっ』

ロクザンは何かに気づいた。

『ラジュネス殿は食事を作業だと認識していませんか?』

『!?』

『実際に見たわけではありませんので、予想にはなりますが、彼女は保護されて以降一人で食事をとらないとお聞きしました。寂しいのではなく、食事という作業を確認してもらうためではないでしょうか?

彼女は周りに迷惑をかけたくない。少しでも大人が安心できるように食事をとっている。あくまでも業務。ヴォク・ラテクの子供は叱責されないように、大人の感情に敏感でした。その名残は消えていないはずです』

『それは…』

『もう一点。彼女は料理が本来温かいものであると知りません。こちらの方が問題です。

食事は栄養を取るだけでない。気持ちをやわらげ、心を温めるもの。温もりを知らぬのは生きぬと同意義。手前は、そう思っています。

その温もりを教えてみるのは如何でしょう?』


(やはり同じ境遇にいただけに勘が鋭い)

ラジュネスの反応を見て、悔しくなる。時間はまだかかるが、初めて完食した。食後の苦しい素振りもない。

「全部食べれたな、偉いぞ。これ返してくる」

こくりと頷くラジュネスは誇らしげだ。椀を返しに行ったエテルネルの背中を目で追う。屈強な後姿。鍛え抜かれた肉体に、悲しみと苦悩を背負っているのだと、ラジュネスは何となく思った。

「?」

戻ってきたエテルネルを見上げて、彼の眼帯を取った。潰れた右目が露わになる。驚いたエテルネルだが、ラジュネスにのしかかる。雄々しい顔が近づく。

「なんで、私に惚れたの?」

「…一目惚れだからな」

腑に落ちない回答をされたラジュネスは目を逸らす。困り顔でエテルネルは言った。

「お前を初めてみた時に、窮屈そうだと思った。無限に広がる苦しみから逃げるように、戦場を駆けるお前が美しいと、思ってしまった。

もし、お前が戦場ではなく、その瞳と同じ草原を走ったのなら、窮屈だと感じない。鎖を壊すために走って、躓いてもすぐに立ち上がる足を持った立派な子だと思った」

「やっぱり理解できない」

悲しいことを言う。だが、ラジュネスは腕を彼の後ろに回して、顔を近づける。そして、右目にキスをした。潰れた汚い右目にキスをしたのだ。驚いたエテルネルを見た。

「醜い私を、あなたは綺麗にしようとしてくれたんでしょう? それなら、私もそうしたい。私が与えてしまった傷が癒えるまでは、あなたに全てを委ねる」

「ラジュネス…」

「理解できないことをそのままにしたくない。分かろうとする努力を私はしたい。その中で、生きる喜びを感じられたら…

だから、ネルと離れたくない。

それがグロワール様の助言でも私は嫌」

「ああ、お前がそう思うなら…俺も、俺もそう思うよ!」

震える声で返す。エテルネルは涙ぐんで、感動のあまり抱きついた。少しばかり強い力が生きていることを教えてくれる。ランタンがない辺鄙には、星の輝きが降り注ぐ。

エテルネルは持っていた赫のブレスレットを、ラジュネスに着けた。結晶がぶつかると、シャランと気持ち良い音を奏でる。

「ネル、今ね増えたよ。かっこいいと感じて、好きだって思えることが…」

ラジュネスは、そう言って微笑みかける。

進んでいくその姿と、増えていく努力の結晶が、エテルネルの靄を晴らす。

「俺も、この世界が綺麗だと感じられた。やっぱ、俺はお前に惚れてよかった」

ラジュネスの小さな笑いを掴んだ。押し殺すような歓喜の本音。

ここが静かであって良かったと、エテルネルは感謝した。

「大人を怖いと思ってもいい。思った分だけ、俺に甘えてくれ」

「ええ、私もそうしたい」

悪夢の静寂が来ないことを祈る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ