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17話 切迫の鬼人

アバンチュールを発ち、十日の道のりを経て、ネージュ・セルクイユに到着した。領地に近づくにつれ、寒暖差が目立っていた。本格的に首都に近づくと、一層寒くなる。

石造りの家々が連なり、至る所に雪が積もっている。大街道に寒波が押し寄せて、小路地に木枯らしが吹く。

城に続く門をくぐり、馬をつなぎ、用意された宮に荷物を置く。

「アバンチュールの使者の方々ですね。どうぞ、お部屋の準備が整っております」

関係者が丁寧な態度で挨拶をする。部下に荷解きを任せ、客殿を後にする。フィエルテも同行する。

外は寒い。外套を羽織って防寒していても、隙間風が侵入してくる。

個人差もあるが、多くの種族は気温の変化や寒さに耐久力がある。ただ、人間であるラジュネスには厳しい環境だ。白い息がふわふわと宙を舞ったかと思うと、一瞬で消えていく。

耳も手も赤くかじかんでいる。エテルネルは彼女の隣を陣取り、手を握った。熱すぎる手と氷のように冷たい手が中和されて、適温になる。

結婚しようと告白すると、ラジュネスは頷いてくれた。あの雪の夜以降、ラジュネスは変わらず無口だ。返事も素っ気ないが、触れる頻度は増えた。嫌がらず、彼女自ら触れてくることも多くなった。部下の話も、なるだけ上を見て聞いていた。

「では、しばし…お待ちください」

従者に案内された客室は豪華だ。床はふかふかの絨毯が敷かれて、大きく飾られた暖炉がある。炎の温もりが循環して、程よい空間がつくられる。カウチに座り、肩を並べる。フィエルテは一歩後ろに立ち、側近の役目を担う。

「大丈夫なのか? ロクザンという男は…」

フィエルテが尋ねた。ちらりと、ラジュネスを見る。

「大丈夫だと信じている。でも、あの男の前では、弱ったらしい姿をみせてはいけない」

凛とした態度で言うラジュネスの言葉を、少し驚いた様子で聞いた二人。何かを言おうとすると、客間の扉が大きく開かれる。

「お待たせして申し訳ない!」

肩にかかるほどの赤髪の男。太い眉ときりっとした夕焼けのような瞳。凛々しい顔つき。筋骨隆々であるが、細身の男。知性を感じさせる言動に反して、雄々しさも感じさせる。

「お初お目にかかる。アバンチュール軍団殿。手前はネージュ・セルクイユ外相を務めるロクザンと申す」

「アバンチュール軍団エテルネル・オンブル・セレニテだ。急な訪問にも関わらず、歓迎感謝する」

社交辞令が飛び交う。エテルネルとロクザンの間に、険悪なムードを一瞬感じた。ロクザンに付き添っている側近と、侍女。茶を注ぎ、客人であるラジュネスやエテルネルに差し出す。

「それで本題なのだが」

「存じております。ラジュネス殿の件でしたら、今すぐにでも診察は可能です。如何なさいますか」

「頼む」

即決するエテルネルに、ロクザンの顔が一瞬歪む。

「承知。神人に取り次いでください。ラジュネス殿は御移動願います。不安なようでしたら、フィエルテ殿も同行していただいて構いません」

「そうか。フィエルテ、頼めるか?」

「いや、私一人でいい」

ロクザンの言葉に従おうとするエテルネルを拒むラジュネス。その真意は定かではないが、一人で行きたそうな意図を持っていた。大量の不安があるが、ここでは大人を見せ、了承した。客間の外に控えていた複数の侍女に連れられて、ラジュネスは客間を出た。

「さて、何か言いたげな表情ですね」

「それはお前の方だろう」

「そう、では単刀直入に申し上げます。ラジュネスを、ネージュ・セルクイユに置いて帰ってください」

「興覚めだ。人間で外相を務めるものが、私情でそれを言うのか…」

「軍団をまとめる者が早計な判断をなさる。手前には、明確な言い分がある」

「…」

口論に発展しそうになる。二人の側近が落ち着くように促すと、二人は冷静さを取り戻す。

「…話を戻しましょう。貴殿らアバンチュールは、ラジュネス殿のことを蝶よ花よと扱っているように見受けられる。とりわけ、彼女は貴殿に心を許しているようだ。それ自体に、嫉妬しているわけではない。だが、貴殿は知らぬでしょう。

ラジュネス殿を狙う集団のこと。神人デスティネの目的、その目的に繋がる集団のことを…」

「集団?」

「その集団は賢者を奉る過激派です。現在、世界各地で起こっている怪異の首謀者。集団の名は、神帝教(しんていきょう)。賢者ファタール卿の復活を目的としています。その理念は、世界を賢者の手に治めるべきだという」

「……なぜ、ラジュネスが神帝教に狙われているのだ?」

「ラジュネスの背中を見ましたか?」

「ああ」

「あの傷はデスティネがつけたものではありません。あれは賢者ファタール卿が、ラジュネスに与えた寵愛の印です」


~~~


この世界には、二人の賢者がいる。ファタール卿とリュイヌ卿であり、天に住まう。賢者は大地を潤し、人類に叡智と豊穣を与えた。

その後、賢者からの教育を終えた神人が地上に降り、五つの帝国を築く。神人は賢者を布教し、賢者そのものを信仰する宗派教と、ファタール卿を信仰する神帝教が設立した。

平安の世が続くと思った。事件が起こる。

何年かに一度の宴で、ファタール卿を刺し殺そうとした人間がいた。幸いにも、警備隊に取り押さえられたが、愛した人類によもや殺されそうになったことを、賢者は酷く憤慨した。

賢者ファタール卿が人類を滅ぼそうとした。賢者リュイヌ卿が止めるために、彼を天から追放した。

人類を滅ぼすために、生命を酷使したファタール卿は、賢者の姿が朽ちて、言語を理解した化け物になってしまった。その姿はおぞましく、見た者の脳を壊してしまう。

滅びの道を歩むだけの彼に、転機が訪れる。魔力を持った人間の生命力を食らうと、朽ちた姿が再生したのだ。

以来、ファタール卿は神帝教の教祖となり、信者に復活の希望を命じた。魔力を持った人間を生み出せる環境を整えること。人間を奪えという命の下、神帝教は過激さを増し、表舞台から姿を消した。


~~~


「今お話しした後半部分は、ほとんどが捏造だと言われております。そうしておく方が良いという判断なのでしょうが、断言します。

賢者ファタール卿は、この世界で生きています」

「なぜ、そう言い切れる…」

「ヴォク・ラテクの地下室を見たでしょう。その取り組みも把握なさっているはず。神人アンフィニ様に確認を取りましたところ、神人デスティネはファタール卿に心酔なさっていた御様子。手前の調査で、神人デスティネは神帝教の幹部だと判明いたしました。魔力を持った人間の量産は単なる兵器の製造ではなく、ファタール卿への供物。そして、ヴォク・ラテクが軍事国家であるのは、人攫いの面で有利だからです。

ですが、いくら打開策が生まれても、その場しのぎにしかなりえない。だから、デスティネは考えた。ファタール卿と共鳴する魔力を持った人間の子供を探そうと。

そうすれば、永続的に生命を供給でき、ファタール卿は権威を取り戻せると。

共鳴の見極めは単純です。ファタール卿が触れればいい。が、合わなければ、その者は生命を毟り取られる。その行為が続いた時に、現れてしまった。ファタール卿と共鳴する魔法使いが…」

「まさか…」

「お察しの通り。その共鳴者がラジュネス殿です。あの背中の傷は賢者と同衾した際につけられたものです。

その後、ラジュネス殿は逃げようとしました。ですが、大人がそれを拒絶した。デスティネの愛し子(サクリフィス)となり、逃げられないように仕組まれた。

あの時、手前ではなく、彼女が助け出されていれば、寵愛の印は解除できたはずです。だというのに…」

ロクザンは拳を握る。悔やんでいる彼に非はない。だが、罪悪感からか、そう思ってしまうのだろう。

「取り乱しました。手前がここに来て、邪魔な大人はすべて排除しました。彼女を守る制度と、神帝教への牽制。必ずはありませんが、ラジュネス殿を守れるはず」

「だが、団長とラジュネスは…」

「承知の上です。婚約関係にあるのは、この際どうだっていい。エテルネル殿も、軍団も迎える覚悟で進言しています。

ラジュネス殿を想う者同士、どうか御一考を!」

ロクザンが深々と頭を下げる。彼の言い分は最もであり、筋が通っている。エテルネルも長年軍団として働いているため、神帝教の脅威は心得ているつもりだ。

(…神帝教の全貌は未だ未開。だからこそ、仲間は多い方がいい。嘘は言っていない。否定するところもないし、待遇も悪くはないだろう。アバンチュールより対策が練られている。安全の為にも、この提案に乗るべきなのか…一度、ラジュネスに…)

「言ってはなりません」

「!?」

ロクザンが、エテルネルの心を見透かしているように言った。

「お前の話だと、ラジュネスはファタール卿と面識があるはずだ」

「ええ、ですが…ラジュネスは覚えていません。ファタール卿としたこと。その記憶だけが抜け落ちているのです」

ロクザンの言葉を聞いて、思い出した。ラジュネスがいつも体を丸めて、眠りについていること。背中を隠すような服を好んで着ていること。だが、背中のことを聞いても、ラジュネスは覚えていないの一点張りであったこと。

「手前は経験していません。ですが、ラジュネスの前に見極めを行った人間は精神に欠陥を持った。中には、自死を選ぶ子もいました。

それくらいに酷なものであるから、その記憶だけ捨ててしまった。下手に刺激すれば、ラジュネス殿はどうなってしまうのか…

この先、ラジュネス殿の周りで不可解なことが起こるでしょう。その中心に彼女はいてしまう。ヴォク・ラテクでの噂が実現してしまう。

貴殿に、彼女の全てを背負う気概はあるか。

彼女が怖がる度に、めげず救うことはできるか。周囲への反感を一掃することはできるか。

なにより、貴殿がラジュネス殿に嫌気がさしてしまうのではないのか」

「それはない!」

否定した。橙色の瞳が、鋭く光る。少し驚くロクザンだが、現実を突き立てる。

「手前も貴殿のような大人には多く出会った。二番煎じ、三番煎じにならぬように願うが、一番はラジュネス殿の安否。一週間ほどあるが、その間に決めてほしい」


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