15話 命数の鬼
がたがた、ごとっ、がたっ、がたん。
馬車が揺れる音。でこぼことした道を進む。荷物を載せるための木造の馬車。野外荷物が積まれているその隙間に、ラジュネスは鎮座する。ゆるゆると変わる景観を目にとめる。アバンチュールは温暖で、冬でも比較的暖かい気候だ。そのため、植物が鮮やかな色を放っている。だが、国境沿いに近づくにつれ、木々が枯れ、閑散とした景観になっている。空気が冷たい。厚手の外套のおかげで、寒さは凌げている。
馬車が止まった。舟を漕いでいたラジュネスの目が覚める。
「野営の準備をするぞ!」
エテルネルが部下たちに指示を出す。エテルネルはラジュネスの方に来て、優しい手つきで馬車から降ろす。
「どこか痛いところはあるか?」
「いや…」
「なら良かった。今からテントを張るから、俺は少し離れる。何かあれば、フィエルテに言ってくれ」
ラジュネスが頷くと、エテルネルは部下に指示を出すため、その場を離れた。ラジュネスは彼の後姿を目で追いかける。
「熱烈な視線だ」
ラジュネスの視線を指摘するフィエルテ。彼は長年エテルネルを支える軍団の副団長にあたる。ラジュネスは一瞬焦点を当てたが、すぐに戻す。
「団長が気になるか?」
「……理解できないだけ」
「鬼の本能に? それとも、団長にか?」
「…鬼が誰とも幸せになれないことに、理解ができない」
「!」
「私と違って、周りに恵まれてるし強い。長生きでもあるし…わざわざ、私を選ばなくても幸せな物語を歩めるはずだ」
ラジュネスは目を伏せた。だが、フィエルテは彼女の言葉を否定せず、しかし、真実を話す。
「鬼の習性を知っているか?」
「闘いに生きる野蛮人」
「ああ、まあ…それが鬼という種族の客観的習性だ。でも、本当は違う」
「…?」
「鬼は見掛けによらず臆病な生き物だ。だが、強い戦闘能力を誇る生き物でもある。だからこそ、戦場を駆ける鬼は称賛され、同族から敬意を称される。
そして、戦場で不意に見る他種族の躍動に感化され、臆病な心が消え、一人前の鬼となる。そんな時に生まれる感情が庇護欲だ。自分を守ってきた武力で、誰かを守る習性が生まれる」
「私が可哀想な人間だと思ってるの?」
「さあな、でも鬼は戦場で生きる。庇護欲で苦しんだ者を見つけ出す」
「戦場で苦しんでないやつはいない。それが私に結びつく意味が分からない」
「ああ、だから一目惚れなんだ。原理が解明されない。然れども、その感情と本能は本物だ」
「理由になってない」
「まあ、今のは理解できぬ者も多い。だが、鬼はそういう生き物なんだ。戦場で苦しみながら敵を屠る者だったり、絶望する者、助けを懇願する者、様々な相手に惚れる。魂に根付いた庇護欲が助けたいと深く脳に命令する。だからこそ、本能のままに愛した者を失うと、深い喪失感を味わう」
「―戦場後遺症」
ラジュネスが真理を言うと、フィエルテは悲痛な顔になる。
「戦争を知っている子はトラウマが何度も甦る。今まで殺してきた奴からの恨みの言葉で、一生苦しめられる。誰かを殺した感覚が、手に残って深い罪悪感を覚える。そうなったら、周りの声は届かない。手を伸ばせば、助かる。だが、助かろうとすると、足がすくみ、前に進めない。そうやって、自ら命を絶ってしまう子は後を絶たない。それに何度苦しみに暮れた同胞を見てきたことか。
あの喪失感は地獄だ。生きていることが馬鹿馬鹿しく思えてくる」
「……まるで、味わったような言い草だ」
「ああ、味わった。思い出したくもない。その苦痛から助け出してくれた団長には、絶対に苦汁を味合わせない。お前を監禁してもな?」
フィエルテの鋭い眼光に、ラジュネスは顔を顰める。フィエルテは苦笑する。
「冗談だ。お前が生きる選択をしてくれて、軍団は喜んでいる。だから、死なせない」
「…」
一通り話を聞いたラジュネスだが、表情は曇っている。
「気になることがあるなら、聞いていいぞ」
フィエルテの計らいに、ラジュネスはなにかを言おうとするが、直前で口をつぐんだ。そして、フィエルテから目線を外して、下を向く。思い詰めた表情。ラジュネスが言いたくなさそうなので、無理に聞こうとはしない。
「小隊長~!」
「ん、すまんな。少し離れる。何かあれば、すぐに言いなさい」
部下の呼び掛けを受けて、フィエルテも離れた。一人になったラジュネスは吐き捨てる。
「私、足手まといだな………」
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いつの間にか、夕暮れは過ぎ、月夜のお出ましだ。
ネージュ・セルクイユへの道のりは長いので、野営経験が豊富な軍団の者を連れてきた。手慣れた様子で、テントを張り、火を起こす。近辺から薪を拾い、小川から水の補給をする。食糧確保ついでに魔獣を狩り、捌く。寝床と食事が整えば、あとはゆっくりするだけだ。
「ゔ~~ん」
団長であるエテルネルが呻く。報告書が憂鬱なのはそうだが、ロクザンという男が気になって仕方がない。隠匿部隊の情報では、二十一歳という若い男だ。怪しいところもあるそうだが、有能であることには変わりない。
(ラジュネスがネージュ・セルクイユを気に入ったらどうするか…)
悶々と同じことを考え続けるエテルネルに、木椀が渡される。気づけば、周りには今回の遠征に選んだ部下が集まって、暖を取っていた。
「すまん」
「気にしないでください、これも部下の仕事です!」
明るく接されて、少し気持ちが軽くなる。上下関係はあるが、互いが尊重し合う仲であるため、ぎこちない関係ではない。とても心地よい空間だ。これをラジュネスにも理解してほしいと思う。
エテルネルの考えを少なからず察したのか、部下は火から最も遠いテントに目をやる。そのテントは団長専用のもので、今はラジュネスがいる。
「今日も来ませんね…」
「お前達の顔が怖いんじゃないのか?」
部下の発言を、フィエルテが揶揄う。わぁっと笑いが起こる。
「ご飯もあるんだけどな」
「一週間くらい、まともに食事してないからな。心配だよ」
部下が心配の声を上げる。怖い顔で分かりにくいが、根は優しく、誰かを思いやれる鬼だ。話は自然と、ラジュネスのことになる。
「にしても、ラジュネスさんは綺麗ですよね。十五歳には見ないくらいに大人びてるし…」
「分かる分かる。しかも、頭もいいんだよな。仕事も丁寧だし、字も書ける。前なんか、分厚い医学書を読んでたぜ」
「無表情だけど、気配りもできる」
「高嶺の花と、どうやったら仲良くなれるか…」
「他人と関わりたくないように見えます。どう思いますか、団長?」
やいのやいのと戯れていた部下が、唐突に話題を振ってきた。エテルネルは咳き込みながら、何を言おうかと考えた。
「ラジュネスは感情を隠すのが上手なだけで、誰かを嫌っているわけじゃねえから…そこまで思いつめることはないとは思う。ただまあ、信頼してないってよりかは他人を怖がってるだけだから…う〜ん、こればっかりはなぁ。ラジュネスが気を許すようにならんとなぁ」
「じゃあ、団長は大丈夫ですね!」
部下の返しに、エテルネルは驚いた。部下は彼の反応がおかしかったのか、説明する。
「団長といる時のラジュネスさん、かなり自然体ですよ。表情も砕けてますし、いつもみたいに視線を逸らしてない。団長が傍にいるときは、前を見ています。気づきませんでしたか?」
その理由に、他の部下も賛同する。エテルネルは初めて周りからの意見を聞いて、嬉しくなった。
「もし、ラジュネスさん自身について知りたいことがあった時、団長になら答えてくれると思います」
「ああ、だから…」
部下に続いて、フィエルテが野菜と肉のスープを持って、エテルネルに渡す。テントを指さして、
「ちゃんと話してこい」




