14話 前進の子供
「俺の為に生きろ…ねえ?」
強い日差しが照り付ける中庭兼訓練場。日差し除けのために、廊下に座るレーヴが言う。
「なんだよ?」
その言葉はエテルネルがラジュネスを励ますために言った言葉だ。一見すれば、親身になって寄り添うという大人としての責任かと思ったが、どさくさに紛れて告白したんだなと、レーヴは理解した。それは彼女だけでなく、エクラやヴォヤージュも同じだ。
「大人げないですね」
「ひくわぁ」
呆れたりして、エテルネルを蔑んだ目で見つめる。当の本人は恥ずかしさを誤魔化す素振りはなく、堂々としている。
「不器用なあんたが人間に惚れ込んだと思ったら、こんなに早く告白するなんてねえ」
「お言葉ですが、ラジュネスは告白だとは理解していません」
「盛大に振られたってことか」
「振られてねえよ!」
三人がエテルネルを揶揄う。笑みを浮かべ、訓練場で元気に戯れる子供たちに目を向ける。
リハビリのために、周りの大人と手合わせをしたり、運動したりと、活発に動いている。動きに合わせて、どこが痛いかなどが分かるため、大事な取り組みだ。
「ヴェリテは運動が得意じゃないみたいだね。魔法使いは総じてそうだけど、呑み込みが早いから、訓練次第では近接戦もいけそうだ」
「スィエルは…」
エクラが目を向ける。先日、正式に養子として引き取ることができたばかりだ。だから、何かと気にかけている。
バゴンと音を立てたかと思えば、またスィエルが軍事用具を壊した。大人はまたか、と呆れ気味に笑う。
「……加減の練習が必要だね」
「はぁ」
エクラが頭を抱える。スィエルは力加減が苦手だ。彼の時空魔法は操作に繊細さが必要だ。スィエルは操作に関しては完璧なのだが、その反動で素の身体能力の制御に難がある。訓練次第では解決しそうだが、時間がかかるだろう。
元気なのはいいことだが、修理の手間が増えるのはよろしくない。二人のこれからの技術進歩の方法を考えていると、わああと歓声が聞こえてくる。歓声の先には、訓練をしていた兵が集まり、何かを夢中で見ている。
取り囲まれた中央では、ラジュネスが他の兵と手合わせをしていた。手合わせと言っても、簡易的な勝負に過ぎない。木刀と一本先取。シンプルだが、短時間で相手の隙を突かなければならない。
ラジュネスと戦っているのは、軍団として百年近く戦っているフィエルテだ。軍団団長エテルネルの側近でもある。体格差が大きく、培った経験もフィエルテの方が多い。力自慢でもあるフィエルテが木刀を振り下ろす。木刀からは想像もできないほど強い打撃が繰り出される。それをラジュネスは俊敏な動きで回避し、軽やかなステップを刻み、フィエルテの死角を狙う。小柄なラジュネスの方が速さに優れ、中々反応が難しい。
負けじと、フィエルテも大きく木刀を振る。型は全て完璧で、ラジュネスの動く先を予想して、正確に振るっている。流石だな、と遠目で見ていたエテルネルは感心する。
しかし、それよりも目が行くのがラジュネスだ。フィエルテの熟練した技を丁寧に分析し、次の一手ではもう届いていない。大きく翻って暴虐に攻めたかと思えば、フェイントを賭けて騙していく。複雑なステップで攪乱させたり、手元を隠して行動を予見させないような、細やかな動きもしている。迷いがなく、体格差で下半身の防御が疎かになりがちなフィエルテの下半身を中心に攻めていく。
「すげえな」
エクラが無意識に言う。
(何パターンの手数と動作。動作の再現が得意なんだろうな。頭の中の理想を、すぐに再現して、順応する。しなやかな動きと、緩急をつけるタイミング。音楽に合わせて踊っているみたいだ。何より、動作の入りと終わりが綺麗だ。行動の全てに無駄がない。合理的とも違う…どれくらいの研鑽を積んだんだろう…)
エテルネルはラジュネスの闘いに見入る。目を反らすなんて不可能なまでに魅力的な彼女に、誰もが目を奪われる。
そうこうしていると、フィエルテの木刀をラジュネスが奪い、手合わせは終わった。手合わせが終わるなり、称賛の拍手が送られる。兵は圧巻の試合を見て、鼓舞を受けたようで、各々の訓練に取り掛かる。
四人は一連の行動を見て、安堵する。
「リハビリ頑張ってるみたいだね」
「めちゃくちゃ治ってんじゃん」
二人がそういうのは、ラジュネスを案じてのことだ。
エテルネルに説得されて生きることを決意した。課題は山積みで、最初の試練は食事をとり、栄養を取ることだった。ラジュネスは警戒心が高く、スィエルに教えてもらったが、元から小食で食欲がないらしい。ヴェリテが他にも言いたげな顔をしていたが、ラジュネスの秘密を言いたくないのか、口を挟まなかった。
教えてほしかったが、子供達の間柄で配慮しているのだろう。色々と考えた結果、エテルネルが果物を目の前で切り、安全性を見せたり、スィエルとヴェリテと一緒に食卓を共にするようにした。決して多いとは言えないが、食生活の改善には兆しが見えた。
鈍った体を元の状態に戻すために、城の中を歩き、体力を回復させる。新しい環境に慣れる特訓も兼ねた。
次に大変だったのは、コミュニケーションだ。
ラジュネスは他人を怖がる節があり、やはり警戒している。というよりも、他人の視線を気にしている。無意識だろうが、いつの間にか五歩くらい後ろに下がって、物理的な距離をとっている。目を地面に向けて、誰とも目を合わせないようにしているようだった。
周囲の大人はもとより、子供たちを守り支えたいと思っていた。だから、ラジュネスが立ち直ろうとした時は心底喜んでいた。ラジュネスの態度を責めることはない。そして、不満に思う気もない。
「部下には理解してもらっていますし、他人との関わりに焦ることはありません」
「そうだな」
ヴォヤージュの励ましを受け入れる。エテルネルはよく冷やされた果物を手慣れた手つきで剝き始める。レーヴが大きく手を振ると、訓練をしていたラジュネスが気づいて、他の二人に声をかける。元気よくスィエルが近づき、他の二人はゆっくりと近寄ってくる。
「ほら、おやつ」
エクラがクッキーを手渡すと、スィエルが頬張る。それに倣うように、ヴェリテも口をつける。ラジュネスだけは、エテルネルが剥いて切った果物を選ぶ。大人に取り囲まれても、食事をとれる進歩に、エテルネルは内心でガッツポーズを決める。
間食を取っていると、スィエルが尋ねてきた。
「明日からだっけ? ネージュ・セルクイユに行くの」
「ああ、二週間ほど滞在する予定だ」
エテルネルが回答する。
ロクザンという男からの手紙がアバンチュールに届いたときのことだ。手紙の中には、ネージュ・セルクイユを治める神人からの正式な訪問許可証が同封されていた。
『ふぅん。あの物好きがどういった風の吹き回しかな』
許可証を見るなり、アンフィニが渋い顔をした。不安そうな態度をとるエテルネルを見て、彼は渋々受け入れた。
『まあ、わざわざ連絡を取る手間も省けたし…よしとするか。愛し子の誓約については、あいつが一番詳しいからね。せっかくだから、観光でもしてきなさい』
アンフィニの指示を受けて、二週間。その間は少しでもラジュネスが動けるようにリハビリを行っていた。ヴォヤージュの許可も下りたので、明日にでもアバンチュールを発つ予定なのだ。
決まってから、杞憂が残っているエテルネルは乗り気ではない。しかし、ラジュネスに掛けられた二つの権能を壊すには、ネージュ・セルクイユの神人の協力が必要不可欠。
「アバンチュールとヴォク・ラテクは周囲を山に囲まれて、農作物が育ちやすい地形だ。鉱物もあるし、それぞれの利点がある。
アバンチュールは医療国家、ヴォク・ラテクは軍事国家。エテルネル達が行くネージュ・セルクイユは芸術国家だ」
「別名雪の国。降雪が多い地域だから、雪が散りばめられた風景が魅力の一つだ。その地域に由縁してか、芸術肌の国民が多い。んで、話が通じない変人も多い」
「寒い、の?」
「そうですね、寒冷地域になりますので。万全の準備が必要ですかね」
「護衛は?」
「俺と一部の軍団だけだ。フィエルテも同行してくれる。正式な文書もあるが、今回はネージュ・セルクイユ公認のお忍びと、密書を届ける任務になる。一つの懸念はロクザンという男だ」
「…」
「情報によれば、ネージュ・セルクイユ外相を務める人間。外交官の頭角を現し、神人のお眼鏡にかなったことで、今の地位を得ている。食料や燃料問題を解決した有能だというのは確かだが、彼の噂が後を絶たない」
「…ロクザン、知らない。から、役に立てない」
申し訳なさそうにするヴェリテを、レーヴは気にするなと励ます。
「器用な奴だったよ、あれは…」
すると、ラジュネスが口を挟んだ。
「今のあれは二十一だと思う…」
「え、じゃあ、前は十八歳? 有能じゃん」
「ヴェリテが来る前の最高戦力だからね。選ばれた理由も、ネージュ・セルクイユと同じ交渉技術。知能なら、私よりも遥かに高い。もし、あのままいたとすれば、総帥の地位を与えられていたのかもしれない」
ラジュネスが珍しく能弁になる。驚くが、表には出さない。ラジュネスはヴォク・ラテクの全ての情報を握っている。引き出そうと思えばできるが、利益で動かないため、無理強いする必要はない。ラジュネス自身も情報管理を徹底している。だが、ごく稀に話す。
(ラジュネスが話す時は警戒しろと忠告しているのか。はたまた相手を信頼しているのか。それを俺たちに言うのは少しだけでも情が湧いてきたのか…)
「部隊の編成を考え直そう」
「そうだね」
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ネージュ・セルクイユに雪が降り積もる。白い吐息に混じって、誰かの悲鳴は掻き消される。
冷氷に血は閉じ込められ、無情な芸術は珠玉となる。
足跡は降りゆく雪に消され、消息を絶つ。雪と同色の梟が閑静な木々の合間を飛びぬけ、主人の腕に着地する。
梟をあやし、羽についた文書を取る。文書を呼んだ男は梟に語りかける。
「ラジュネスに会えますよ、お前も気に入るはずです。だって、彼女は優しいから」
男は文書を破る。冷風に乗り、紙は雪と同化し、宙を舞う。男が曇天を仰ぐ。
赤毛が白の大地を彩る。謎めいた笑いが一層、白を濃くする。
「やっと会えますね、ラジュネス」




