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11話 齟齬の二人

エテルネルは椅子に座り、水分を補給する。暑い外気に触れ、喉が渇く。

思わず見上げてしまう晴天。雲一つない空に、太陽が輝く。窓を開ければ、生暖かい風が部屋を循環する。陽気な空気が眠りを誘う。外からは談笑が聞こえ、平和な日常が送られている。そんな世界から切り離された団欒の辺鄙。木製のベッドには、白いシーツが敷かれている。大人二人が寝転がっても有り余るほどの大きさ。その四分の一、いや、それ以上に満たない大きさに体を縮こまり、まるで何かから自分を守っているような体勢で眠りにつくラジュネス。安心して眠っているわけではない。痛みを誤魔化すためだ。腕や足、腹に包帯を巻いて、出血を防いでいる。傷自体はかなり治ってきているが、思わぬ形で開いてしまうこともある。放っておいても、化膿したりと状態が悪化することも少なくはない。安静にしていなければいけない。原形をとどめていなかった足も治ったが、痛みの感覚があるようだ。線の細い体は、骨が浮き彫りになっている。食事をろくに与えられていなかったせいなのか、緊迫した環境にいたせいなのか。どちらにしろ、悩みの種だ。

「ごめん…、ごめん…できないよっ、………ごめん、いやだ……………ねぇ、な、で…いかないで…次は、かならず、やるから……ごめんなさいっ」

小さく呟いて、何度も謝罪を口にするラジュネス。手で耳を塞いで、悪夢が聞こえないように抵抗している。


『古い傷はすいません…私たちでは治し切れませんでした』


ラジュネスの治療を行った治療師は総勢十人。実力を兼ね備えたアバンチュールの精鋭。それをもってしても治せない傷。古く、そして深い傷。ラジュネスの奥底に刻まれ、成長とともに呪いのように残り続ける忌々しいもの。背中に大きく残り、体中にあるのだ。軋んで、疼くだろう。

ヴォク・ラテクを没落させ、早一か月が経った。ラジュネスを保護し、急いで手術を行った。致命傷は治ったが、権能関連の傷は癒えない。


『魔力障害。重度の貧血。栄養失調もありますね。加えて、二つの権能の内部衝突による精神異常と感覚障害です。かなり複雑で、自然治癒でどうにかするほか助かる術はありません』


ヴォヤージュにそう診察された後、ラジュネスは一か月近く、ベッドから起き上がっていない。意識も朦朧として、言語障害も後から判明した。昏睡状態だと皆が思っていたが、容態が急変し、またも緊急手術を行った。ラジュネスの中にある権能が爆発を起こしたといえばいいのか。悪魔のように、彼女の心臓を攻撃して、命を蝕んでいるのだ。

一時は危なかった。思い出したくもない。焦点の合わぬ目と、乱れた呼吸。真っ白なシーツに赤の文様を描く吐血。苦しいのに、助かる方法が無くて、自然と涙が零れていた。治療師の賢明な治療により収まったが、その後も発作が続く。

無意識で自傷行為に走ったり、目を離した隙には部屋から抜け出し、軍団内部を歩き回っていた。偶然見つけた部下が保護してくれたからよかったものの、夢遊病が発症するとは思ってもいなかった。

エテルネルは点滴に目を向けた後、引き出しを見る。中には精神安定剤や鎮静剤、睡眠薬など精神異常に効く薬が置かれてある。投薬治療も開始したが、副作用が強い。あまり使いたくないが、それ以上にラジュネスの安全が優先される。

「…はぁ~~~」

一週間、まともに睡眠をとっていなかったつけが回ってきたのか、疲労感に苛まれる。鬼は一週間寝ずとも平気な種族だが、それ以上に緊張感が重責となる。目を離せば、死んでしまうのではないかと怖くなって、寝ることが怖くなった。部下に任せればいいが、どうしても拒絶してしまう。

彼女の死を覚悟しているような顔が脳裏から離れない。

今も腕に点滴を差し、鎮静剤を投与している。

額に汗が流れ、髪がへばりついている。暑さで苦しんでいるのかと思えば、歯をがちがちと僅かに鳴らしている。寒いのだろう。暑いのに。悪夢に魘されているようだ。

エテルネルは、アンフィニの話を思い出す。それはラジュネスが二度目の緊急手術を受けた時だった。


『なぜ、あんなに苦しまなければならんのだ』

無力感に打ちひしがれていたエテルネルは、怒りの矛先を神人アンフィニに向ける。

『すまない。私の責任だ。デスティネを甘く見ていた。愛し子(サクリフィス)は愛が無ければ成立しない。デスティネにとってのそれは玩具に対しての愛かと思っていたが、そうではなかった。ラジュネスの心臓に深く刻まれ、彼女の知らぬうちに脳を洗脳されていた。だから、私の隷従の権能と、デスティネの隷従の権能が反発を起こしている。少なくとも、デスティネはラジュネスを愛していた。歪んだ愛情だ。

最愛を取られるまいと、醜く抵抗するデスティネが、かえってラジュネスを苦しめている。私たちにはどうすることもできない。ラジュネスが耐え凌ぐしかないんだ』

『…くそっ』

『エテルネル、私もお前同様にラジュネスを救いたい。だから、愚兄の権能を打ち消すため、権能を上書きした。その結果がこれなら助けない方が良かったと思っている。意識を取り戻したとしても、彼女が笑えないのであれば、安楽死を行う予定だ』


だんっ!!

エテルネルは壁を叩く。その通りだ。安楽死を選べば、ラジュネスはこれ以上苦しまないで済む。でも、離れたくない。失いたくない。一目惚れだとしても、ほんとうに愛しているんだ。毅然としていたラジュネスが小動物のように怯えている。いざ手が届くと、ラジュネスの手は小さく、未発達なことが窺える。その小さな手で一体どれだけの責任を背負っていたのだろう。心が痛くて、でもそれをどうにかすることができない無力感が腹立たしい。

自身に対して、殺意が迸る。

こんこんとノック音が、エテルネルに冷静さを取り戻させた。

「団長、急ぎの書類です」

「わかった」

離れることに拒否感を感じるが、仕事は仕事として行わなければ、示しが付かない。席を立ち、扉付近で仕事の打ち合わせをする。

「お邪魔して申し訳ありません。あまり近づかないようにしているのですが」

「俺が無茶を言ってんだ、構わねえよ。周囲へのフォロー任せっきりで悪いな」

「…団長も、無理はなさらないでください。せめて、何か口に…」


かさっ…


「「!?」」

部下が退出しようとすると、部屋から物音がした。エテルネルは振り返り、音に目を向ける。そこには、先程まで蹲っていたラジュネスがゆっくりと起き上がっているのだ。目を掻いている素振り。夢遊病ではない。

「関係者だけに…」

「ヴォヤージュ様、呼んできます」

「頼んだ」

部下が治療師を呼びに行った。エテルネルはベッドに近づいて、屈む。ラジュネスを怖がらせないように見上げる。

「ラジュネス」

「…」

「痛むか? もうちょっと待ってろ。今、治療師が来るから」

「…」

寝ぼけているのもあるかもしれないが、ラジュネスからの反応がない。すると扉を叩いて、ヴォヤージュが顔を覗かせる。後ろには治療用具を持った補佐が立っていた。

「失礼します」

「ああ」

ヴォヤージュが部屋に入り、診察を始めた。脈を測り、感覚を確かめていく。ヴォヤージュの声と要望に応えているので、聴覚などの五感は戻っている。精神異常も特にない。ヴォヤージュの結果を、カルテに記す補佐。中身を見ると、当初に比べて、状態が良いことを示す言葉が連なっている。

「薬を処方しますね。食事を用意させます」

ヴォヤージュは補佐に指示を出す。室内には、エテルネルとヴォヤージュ、ラジュネスだけが残っている。

「もう、大丈夫なのか?」

「はい、あなたの献身的な治療が功を奏しました」

その言葉を聞いて、エテルネルは肩の荷が下りた気がした。重責が壊れ、安心が顔に伝わる。ヴォヤージュは彼の肩を叩いて、励ましと労いの意を贈る。

「…ない」

「!」

二人が談笑していると、ラジュネスが何かを言っていた。聞き取りにくい。目が覚めて、混乱しているのかもしれない。エテルネルは項垂れるラジュネスよりも低い目線で言葉をかける。

「痛いところがあれば言えよ。今、ご飯用意してるから。薬飲んだら食べようか」

「いらない」

「!」

驚いたエテルネルは、ヴォヤージュと顔を見合わせる。

「嫌いなものとかあるか? 毒とか、まずいものは入ってねえぞ。薬は苦いかもだけど、これから普通の生活をしていくには必要だから」

「無駄遣い…」

「?」

ラジュネスが何故そんなことを言うのか分からない。彼女は続けて言う。

「殺人鬼だから…私は生きちゃいけない」

「!?」

「沢山ヒトで実験して、苦しめて、殺して…ご飯、食べる資格なんてない。薬も、私に使う価値なんてない」

「ラジュネス」

「一生恨まれて、憎まれるしかない」

「ラジュネス」

「牢獄でいいよ。こんな贅沢なところ、いたらいけない」

「…お前のいる場所はここだ」

「私はあんたを殺そうとしたから、アバンチュールにはいられない。誰かを殺す才能しかない人間が、平和な国にいちゃいけない」

「そんなこと…」

「私は、生まれてきちゃいけない…から、生きる価値もない…周りは不幸になるから、誰ともいたくない」

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