10話 竜の親子
神人デスティネの訃報は大陸全土に渡り、ヴォク・ラテクが神人アンフィニの管理下に入ったこともすぐに知れ渡った。
ヴォク・ラテクの内部告発を受け、調査をしたところ、条約に違反する人体実験が行われていることが、アバンチュールの視察結果で明るみとなり、物証が今後、大きな鍵となる。
幹部らはその場で処刑され、デスティネは神人の地位を剥奪。余罪なども含めると、その罪は計り知れない。遺体は安置所で管理されているとのこと。
人間はすべて保護され、今後とも、ヴォク・ラテクはアバンチュールの管理下に置かれることになる。しかし、恐慌の支配政治を行っていたデスティネに代わり、民を思いやるアンフィニの政治に期待の声が寄せられ、ヴォク・ラテクの住民らはアバンチュールの戦士を英雄と呼んでいる。
「絵に描いたような英雄譚だね」
レーヴが呟く。新聞を机に叩きつけて、椅子にもたれかかる。新聞の内容は、アバンチュールがヴォク・ラテクを手中に収め、長年顔触れが変わっていなかった神人の一柱を没落させたというものだ。普通、侵略というものに成功しても、敵国には恨まれるものだ。しかし、今回は話が違う。ヴォク・ラテクは軍部が腐敗していたり、人間奴隷が公認され、街全体の環境が劣悪であったりと、かなり最悪だ。統治のための視察に赴いた部下はみな、顔を顰めていたらしい。
「そうか? 俺らが英雄って言われて、都合は良いと思うが」
「不気味だって話だよ、ここまでくると。事がうまくいきすぎると、後が怖い」
「ふ~ん」
「私はよい収穫物があって、気分がいいです。どの文献や実験資料も専門性が高い。これを応用すれば、アバンチュールの医療技術も発達するでしょう」
ヴォヤージュは資料をぺらぺらと捲り、心底愉快に言った。彼が見ているものは、ヴォク・ラテクから押収したものだ。人体実験のことが事細かに記されていたり、禁止されている魔獣の合成も丁寧に保管されていた。紙の枚数からして、かなり行っている。中には成功を示したのか、”済”という印がついているものもある。一体、何をしようとしていたのか。それが気になって、ヴェリテとスィエルに尋ねてみた。
『地下の実験? そんなこと言われてもなぁ。俺っち地下には行きたくないし、行ったとしても行動は制限されてたよお』
『私も、同じ…あそこには、近づきたくない。気味が悪い』
『う〜ん。やっぱ、ラジュネスかなぁ。ラジュネス、頭いいからさ。実験にも利用されたり、デスティネの補佐とか。俺っちが知らないことは、全部ラジュネスに聞いた方がいいよぉ』
『ラジュネス、城のこと、全部関わってる。物知り』
「二人とも嘘はついてないし、ほんとなんだろうね」
「保護した子供のカルテ、とても詳細に書かれていました。筆跡鑑定の結果、ラジュネスだと判明しました。調査は滞りを見せています。ですが、物証も想像以上に集まりましたし、焦ることはありません」
「…」
三人が団欒していると、部屋の扉が開く。アンフィニが入室する。
『礼は結構。エテルネルは?』
礼をしなくていいと言うと、アンフィニは空席を見た。それはエテルネルのためのものだ。だが、本人がいない。
「…ラジュネスを見ています」
『ふぅ、大切なのは分かるが体は大事にしてほしいね』
「鬼は一週間飲まず食わずでも問題ありません」
『そうじゃなくって…』
思っていることを伝えられずにもやもやとするアンフィニ。仕方なく思考を放棄して、報告会に進む。
『それで子供たちの様子は?』
「アンフィニ様が保護した子供たちは全員里親が決まっています。体調もいいですし、里親も調査が終わって、安全だと確認できました」
『それならもう進めていいよ』
「はい。ヴェリテはどうですか?」
「ん、健康だよ。部下たちともコミュニケーションは取れてて、頼んだ仕事は完璧にこなしてくれる。部下と魔法の話をしている時は楽しそうだ。感情の起伏は乏しいけど、最近は笑ってることが多いね。敵だったからか、警戒心はまだ高いけど」
「そっちはいいな。スィエルも見習ってほしいぜ」
「いい子じゃないか」
「警戒心がねえって話だよ。社交的な性格で周りを和ませるし、人懐っこいから、大人が挙って菓子とか飯をあげるもんだから。しかもそれを美味しそうに食べるんだ。元でも、敵なんだから少しは我慢してほしいぜ」
『ふぅむ、スィエルは何でもかんでも壊すと報告があったけど…問題はないみたいだね。ラジュネスは?』
「現状、容態は安定しています。ですが、いつ急変するか。そのことをエテルネルに伝えたら…」
『つきっきりだと…まあ、愛しの子が苦しんでるから近くにいたい気持ちは、よく分かるよ。私も好きにしていいと言った手前、注意するのはお門違いか』
「少し厳しくしてもいいかと…」
『いや、いいよ。私に支持が集まって、平和だしね。定例会はここまででいいだろう。何かあれば、教えてくれ。子供たちに関わることだったら、惜しむな』
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(惜しむな、か…)
定例会を終え、隠匿部隊の置かれてある棟に戻るエクラは考え事をしていた。悩みの種は、先程も話に上がっていたスィエルだ。高身長なのに、ひょろひょろとした体形。筋肉はついているが、明らかに発育に問題がある子供だ。無垢な笑顔を周囲に振る舞わす。一見すると、悩み事がないと思うが、エクラは知っている。スィエルが生きることをどう思っているのか。
(利用されることを拒んでも、されるしか生きる方法はなかった。あの笑顔が苦しみを誤魔化すものなら、一体何をすればいい…?)
身長は百六十と小柄で、到底大人には見えない。だが、れっきとした大人であるエクラはどう対処すべきなのか、考えていた。
(時空魔法、かなり特殊な魔法だし、伸ばしたらかっこいいと思う。だけど、これも大人の都合なんだろうな。スィエルは嫌なことをはっきり言う。だけど、最終的には頷いてる。大人に利用されると思ってるあの子に、うまく生きてもらうために、何をすればいい? そもそも、俺らといて楽しいのか?)
「ぃやっほお~~」
「!」
突然声をかけられて、エクラはびくりと肩を震わせた。背後から背を丸め、覗き込むスィエル。にたぁと口角を上げて、顔を綻ばせる彼の無邪気な悪戯だと理解した。
「お、ちょっと驚いたぁ?」
「お前、また…」
「え~、考え事してた栗さんが悪いんだよ」
「栗?」
「うん! 小っちゃくて、栗鼠みたいだから! 嫌だったら、変えるよ?」
「いや、別に嫌じゃねえけど」
肩を並べて歩こうとすると、エクラが急に足を止めた。
「どしたの?」
「さっきの呼び名、やっぱ変えてくれねえか?」
「いいよお?」
「親父って…」
「!?」
スィエルはどきりと鼓動を揺らす。
「お前の中で大人は搾取する生き物だって考えてんなら、親として導きたい。親は子供を利用する生き物じゃないから。お前が間違った選択をしても、過去の姿で蔑まれようと、孤立してしまっても、俺が守る。そのために、変えてくれねえか?」
エクラは真っ直ぐに瞳を向けて、提案する。しかし、スィエルは予想外の返答をした。
「俺っち…俺っち、親の記憶ないからわかんない!」
拍子抜けしたエクラは、言葉を失って、口をぱくぱくとさせる。せっかく良い話をしたのにと、思ってしまう。でも、と言ってスィエルは話を続ける。
「家族ってもの、俺っちは知りたい」
「―!」
「俺っちと初めて会った時の言葉気にしてるでしょ? でも、あの言葉は本気だよ。ずっと吐き溜めてた本音。誰かに利用されるのも嫌だし、大切な人が苦しむ姿も見たくない。あの時、聞いた内容がどうしても、俺たちを被検体にするみたいなことだったから。ここの大人もそうなのかなって、勘違いしてた。
でも、優しいね。ちゃんと話聞いてくれて、ご飯も食べさせてくれて、おかわりもさせてくれる。守られたくはないけど、信じてみたくなったよ」
「そうか…」
溌溂とした声でスィエルは言う。
「パパかな、言うんだとしたら。一回言ってみたかったんだよね~」
「ああ、なんでもいい。お前が納得したもんなら」
「小っちゃいパパだけど、これからよろしくね!」
「小っちゃいは余計だろ?」
「え〜! 事実じゃん!!」
スィエルとエクラは笑う。子供の見た目をした大人と、大人の見た目をした子供。対となる彼らだが、笑顔が宿る掛け合いに、これからの苦難は杞憂になるだろう。
(―絶対、幸せにするからな)