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2)冷たい視線が突き刺さる全校朝礼


「全校集会です。運動場に集合してください。くりかえします——」


教室のスピーカーから、機械的で抑揚のない声が流れた。

それはまるで、生徒が生徒に呼びかけるような、奇妙に若い声だった。


(……は?今……何時だよ……)


ちらりと壁の時計を見た。針は午前2時23分を指している。


でも、誰も疑問に思っていない。


ユウマが立ち上がり、椅子を音立てずに引いた。

サヤカも、当たり前のように体操服を持って席を立つ。


俺の隣を通り過ぎるとき、彼らの目はまっすぐ前だけを見ていた。


「……なあ、おかしいって。なあ……」


声は教室に吸い込まれ、返事はない。


俺も立ち上がる。

運動場。

真夜中。

全校集会。


そして皆は、それが「当然のスケジュール」であるかのように、教室をあとにしてい


運動場は、真夜中のはずなのに白々と明るかった。

月明かり?それにしては、地面の影がまったくない。


まるで、校庭全体が光源そのものになっているかのようだった。


その中心に——


全校生徒が、完璧に整列していた。


白い体操服、短い短パンや吊りスカート。

肩幅も背丈も、小学生のあの頃とまったく同じ。

整列の列はピシリと真っすぐ揃っていて、誰一人、余計な動きをしていない。


俺は、ぼう然としながら自分の列を探す。

そして、あることに気づいた。


みんな、自分の小学校の当時の姿でそこにいる。


ザッと風が吹く。砂の匂いと、鉄棒の錆の匂い。


そのとき、誰かがゆっくりと前に現れた。


あれは……校長先生?


でも、そのシルエットは、どう見ても——異常に長い。


「えー……皆さん。今日は、よく来てくれましたね……」


声は、確かに校長先生のものだった。

でも、そのトーンには感情というものがほとんど感じられなかった。

淡々と、機械のように、しかし明瞭に一語一語を発音している。


「ここに集まった皆さんは、とても立派です。

時間通りに登校し、正しく着替え、出席しました。

これが、正しい子どもの在り方です」


運動場は静まり返っていた。

誰も瞬きをしない。誰も息を乱さない。

皆、まっすぐ前を見たまま、完璧に起立していた。


校長の話は、止まらなかった。


正しい子どものあり方

毎日あいさつをすることの重要性

靴をそろえることの精神的意味

決められたことを守る素晴らしさ

逸脱する子どもがどれだけ社会に迷惑をかけるか


ひたすら、淡々と、一字一句、途切れることなく。


生徒たちは誰一人、座らない。

かゆがらず、汗も拭かず、ただ微動だにせず立ち続けている。


そのときだった。


運動場の空が、うっすらと朱に染まりはじめた。


最初は遠くの山の端にほんのりと。

やがて、空が明るくなり、グラウンドの隅々にまで、朝の光が満ちていく。


鳥の声。風の音。

すべてが、いつもの「朝」そのものだった。


でも——

校長先生は話をやめない。


誰も、それを止めようとしない。

朝日が昇っても、誰一人、立ち位置を変えなかった。


まるで、「一晩中ここに立っていたこと」が当然のことのように。


朝日が運動場を照らしはじめると、空の色だけでなく、景色そのものが少しずつ見えてきた。


最前列の女子の制服には、見覚えのある赤い名札が付けられていた。

「ナカジマサエ」


懐かしい名前。小学校の頃に一緒だった——けれど、卒業式以降、一度も会っていない。


その隣には、「イシカワタクヤ」

彼も、小3の時に転校したはずだ。

でも今、そこに確かにいる。しかも、あの頃の姿で。


(……いや、そんなはずない。みんな……どうなってるんだよ……)


恐る恐る、自分の胸に手をやる。


あった。白い名札に、くっきりと刺繍されたカタカナの名前。


「イチノセハル」


まぎれもなく、小学6年の時に着けていた名札だった。

少しほつれた縁の糸まで、記憶とまったく同じ。


俺も、あの頃に戻されている。


気づいてしまった瞬間、息が詰まった。

心臓の鼓動が、自分だけ異常にうるさく感じる。


でも周囲の生徒たちは、そんなことに微塵も気づいていない様子で、

朝日に照らされながら、なおも完璧な姿勢で立ち尽くしていた。


イントロが終わり、力強いリズムに乗って、生徒たちが一斉に体を動かし始めた。


「朝の光を胸に抱いて〜♪」


聞いたことのないメロディ。

初めて聞くはずなのに、周囲は当然のように動き、口ずさんでいる。


足を揃えて踏み出し、腕を左右に鋭く振る。

決してゆるくない。

まるで軍事訓練のように、整いすぎた動作だった。


僕だけが、踊れない。


(なんで……?「朝の光」なんて……みんな知ってるのか?)


足が動かない。手がどこに上げればいいかもわからない。

記憶を探っても、メロディすら出てこない。

むしろ、この空間で流れている曲自体が、現実の音楽とは少し違って聞こえる。


リズムが合わない。

歌詞が歪んでいる。

でも皆、真剣に踊っている。完璧に。


何人かの生徒が、ちらりとこちらを見る。


その目は無表情で、まるで「不良品でも見るような」冷たさがあった。


(まずい、まずい……何か、まずい……)


けれど、もう曲はサビに入っていた。


「進め前へ明日のために〜!」


その瞬間——


校庭のスピーカーが、キイイイイ……と音を立てて、止まった。


全員の動きが、ぴたりと止まる。

「これで、全校朝礼を終わります」


スピーカーの声がそう告げた瞬間、

全校生徒は一斉に動き、整然とした列のまま、向きを変えて歩き始めた。


まるで、誰かがプログラムの終了ボタンを押したかのように。


一切のざわめきもなく。

話し声も、笑い声もない。

ただ、淡々と、それぞれの教室へ戻っていく。


僕は……立ち尽くしていた。


全身に汗をかいて、膝は震え、心臓の音だけがうるさく響いていた。


踊れなかった。

でも、誰も咎めなかった。


それが、むしろ怖かった。


ユウマも、サヤカも、タカミチも、他の生徒も——

僕を見もしなかった。無関心というより、そこにいないものを見るような目で、僕を通り過ぎていった。


地面には、朝露で濡れた僕の足跡だけが残っていた。


まるで、僕だけが現実に存在していたかのように。


僕は最後尾で教室に戻った。

廊下はすでに誰もおらず、足音だけが響く。

足がまだ少し痛む。あの朝礼の立ちっぱなしが、地味に効いている。


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