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ショートショート8月〜4回目

近所にギルドができていた

作者: たかさば

 家から歩いて二分の場所に、ギルドがオープンしていた。


 いつごろできたのかはわからない。

 ぼちぼち新しい建物に見えるが、所々に時間の経過が窺える。


 ……ここに気がついたのは、カナリヤの声を聞いたからだった。

 うんと小さいころにばあちゃんの家で聞いたキレイな鳴き声につられて…、気まぐれに細い路地に足を踏み入れた結果、怪しげな手書きのギルドという文字を発見したのである。


【ご自由にお入りください】と書かれた札の横に、開けっ放しになっている入り口があったので…、おそるおそる中をのぞき込むと、どこにでもあるような事務室っぽい空間が広がっている。

 やや薄暗いのは、床のコントラストが低いせいだろうか。

 壁と天井はグレー、ダウンライトが点灯しているものの、少し出力が弱いようにも思える。


 一歩中に入って、ぐるりと見回すが…、誰もいないようだ。

 一歩下がってうしろを振り返り、細い路地を確認するも…、誰も来そうにない。


 ……入っていいって書いてあるし、入ってみるか。


 一歩、二歩、三歩と足を踏み入れ、辺りを見回す。

 建物の中はおよそ八畳ほどの広さ…、左右の壁に窓はあるが、雨戸?が閉まっている。

 窓のない正面の壁には…ゴミみたいなものがひらひらしている、移動式のホワイトボードが置かれている。その横にドアとキャビネットっぽいものと、ロッカー…、いや、これはイラストのようだ。

 本物と見間違えるようなイラストの横には、壁に半分埋まっているような形で鳥かごが設置されている。…こちら側からは取り出せないようになっているっぽい。鳥かごの奥にはエサを出し入れする扉…ああなんだ、壁のドアと同じデザインにしてあるのか、洒落てるな。エサは天井部分から入れるようになっているようだ…。


 鳥かごの中には、黄色いカナリヤが一匹いるが、俺が入ってきて驚いたのか、あれほどピーチクパーチク鳴いていたのに黙り込んでいる。

 つまらないなと思ってかごの前面を揺すってやると、ピペペペキュピュユとおかしな声を上げた。


 しばし鳥の声を楽しんでいたが、餌のアワダマがこぼれたのでやばいと思い、その場を離れ…横に貼ってある張り紙に目を向けた。


 ~ATTENTION~

 こちらは民間が運営しているギルドになります。

 ギルドとは、仕事の依頼を出したり依頼を受けたりできる窓口です。

 依頼を出して仕事をしてもらったら、報酬を支払います。

 依頼を受けて仕事を完了させると報酬を得ることができます。

 完全無人化しています。

 会員には腕輪をお渡しします。

 守秘義務がございます。

 予想外のことが起きても口外しないでください。

 依頼人はごく普通の一般市民です。

 安心して仕事をお受けしてもらうために心がけていただきたいことがございます。

 まず第一に、依頼内容をじっくりと読み…


 ・・・アテンション?

 …ああ、説明書きだな。


 わりとずらっと文字が並んでいて、正直うんざりする。

 読みにくいしわかりにくいし…誰だよ、これ書いたやつ。仕事舐めてんのか?読ませる気ねえだろ…。


 ざっと流し見た感じ、よくラノベなんかで見る一般的なギルドと同じシステムっぽい。

 ……詳しく見るのはあとでいいか。どうせただのしょぼいギルドだろうし、大したことは書いてねえだろ。

 めんどくさそうなことは後回しにすることにして、ホワイトボードの確認をすることにした。


 依頼タイトルと、依頼内容が書かれたメモ用紙がいくつか貼ってある…。

 草むしり、はがきの投函、折り紙の作製、爺さんの話し相手、犬のブラッシング……、全体的にショボイな。値段設定もショボイ並みにバッチリたいしたことがない。


 こんなんで運営できているのか?

 まだ俺がやっている内職のほうが実入りが高そうだ。

 ……ないな、この仕事は。


 無駄な時間を過ごしてしまったと思いながらも、せっかくだし何かのネタになるかもしれないと考え…全ての依頼に目を通す。もしかしたら、思いがけない糧になる可能性だって、否定はできまい……。


「……うん?」


 一番隅っこにある、しわしわのメモ帳に目を向けた俺は、思わず二度見をした。


【ギルド運営サポート募集】

 当ギルドを利用してご意見をお聞かせください。

 いただいたご意見を1文字1円で買い取ります。


 1文字…1円?!


 ライティングの仕事をしている俺は、その破格っぷりに驚いた。

 プロならいざ知らず、ド素人の書く文字をそんな高額で買い取るというのか!

 普段0.3円で6000文字を請け負っている俺は思わず手を伸ばして、そのメモ帳を剥がして、まじまじと……。



 ぐるん、ぐるん。



 メモ用紙をはがした瞬間、開けっ放しだったドアがバタンと閉まり、自分の周りの空間が回り始めた。

 何だこれはと思っていたら、ねじれた空間がぎゅっと縮まって一筋の光になり、俺の左腕に絡みついてっ!!!


 みるみる空間?が圧縮されて…、ブレスレットに…なった?!

 取ろうと思っても外れない…、どうなっているんだ!!


 あわてて説明書きを見に行くと、驚愕の事実が判明した。


 このギルドは、依頼書をはがした瞬間に取引が開始されるのだそうだ。

 ここはごくありふれた世界とつないである、ごく普通ではない世界なのだそうだ。

 仕事が完了するまで、ごくありふれた世界とは交われない…時間が流れることは無いのだそうだ。


 なんでそんな重要な事を…長ったらしい誰でも知っているような説明のあとに、最後に書く?!

 最初に書いとけば、やばいと思ってすぐに逃げ出すこともできたのに!!

 最後に大どんでん返しを仕込むとか、どこのラノベ作家だよ!!

 しかもぜんぜん面白くない匂わせもしてやがるし、マジで…ありえねえ……。


 完全にだまされた。

 完璧にハメられた。


 俺がはがした紙には、完了の目安が記されていない。

 他のやつは8/13までやれとかハンコを貰ったら終了になるとか書いてあるのに、一切その手の情報が書かれていないのだ。


 これはもしかして…、永遠に出られなくなるパターンなのでは?!



 ・・・ピンポン!!!



 突如甲高い音がしたので、びびって飛び上がった。


 何事かときょろきょろしていると。



 ・・・ごとんっ!!



 壁に描かれているキャビネットがぼんやりと光って…ライティングデスクが、開いた。鈍い光をまとった絵の椅子がじわじわと厚みを帯びて飛び出してきた。


 薄っぺらいデスクの上には、原稿用紙と、万年筆が…おいおい、これで書けって事かよ?!


 怒り心頭で「はめられた」と書いてやったら、チャリンという音がして…、腕輪の【000000】の表示が、【000005】に変わった。


 地味に分かりやすいシステムで、苛立ちがハンパない。怒りにまかせて、8行ほど書き込んでみる。

 書き間違えて塗りつぶした文字はカウントされないものの、句読点はしっかりカウントされている。どういうルールでカウントしているんだか。


 ……一応、システムを確認しておくか。

 本格的に作業に取り掛かる前に、読みにくくて分かりにくい説明をじっくり腰を据えて読破し、内容を読み解いてみる事にした。


 ・仕事で不可欠な道具や作業着などは貸与される。

 ・時間が流れないので、貸与品および備品、作業者の肉体は破損しない。

 ・貸与されるものがある場合はロッカーが開く

 ・仕事をする時はごく普通の世界に混じることもある

 ・サポートシステムがある……

 ・アイテム各種の説明……


 最後までしっかりを目を通したところによると、任務が完了すれば腕輪が消え、見合った賃金へと変容し、手に入るのだという。蓄積された金額は腕輪に表示されるらしい。

 いたずら防止のため、一度請け負った仕事は必ず遂行するようサポートしますと書いてあるので、おそらく途中で投げ出すことは不可能。


 ……どう考えても、逃げだせそうにない。


 ………。


 やるしか、ない。

 俺は万年筆を手に取った。


 ―――ギルドというシステムに目をつけたのは素晴らしいと思います。

 ―――昨今の異世界ブームも後押しをして、人気が出ると思います。

 ―――もっと都会に店舗を構えれば、若者がたくさん利用してくれるはずですよ。


 当たり障りのない、ややいい印象の意見ばかり書いたら…気を良くして良くして開放してくれるかと思ったが、開放されなかった。


 ―――やり方が無理やりすぎる、やめるべき、

 ―――依頼内容がショボすぎてやる気になれない。

 ―――こんな目立たない場所に店を構えたのが間違い。


 クレームを多くすれば、こんなやつのいうことなんか聞きたくないと…開放するかと思ったが、開放されなかった。


 一言つまらないと書いただけでも、受理された。

 罵詈雑言をかいただけでも受理された。

 五十音を書いただけでは受理されなかった。

 あああああとか意味のない文字を書いても受理されなかった。

 句読点を多くしたら、カウントされなかった。

 ひらがなだらけで書いたら、赤文字で漢字が浮かんできて、そっちでカウントされた。

 昔話を持ち出して適当にこじつけた長ったらしい文章でも受理された。

 2万文字に及ぶ意見のふりをした創作物語を書いても受理された。


 仕事をしているうちに、手馴れてきた。

 作業に没頭しているうちに、勢いがついてきた。


 調子に乗っていろいろと書いていたら、知らないうちに腕輪の数字が【099976】になっていた。


 10万文字も書けたんだと驚いてしまった。

 ちょっとしたラノベの単行本並みだぞ……。


 ―――可能性のあるギルドシステムに今後も期待しています


 原稿用紙に書き込んだ、そのとき。



 ちゃりん!


 パッパらぱっパッパ~!!!


 ちゃり、ちゃりちゃりちゃり……



 腕輪の数字が【100000】になり、派手な音が部屋中に響き渡って…ひらひらとお札が降ってきた。


 なんでチャリンという音で紙幣が降ってくるのかはわからないが、とりあえず一万円札を拾い集めて、枚数を数え始め……。



 ぐるん、ぐるん。



 突如景色が渦巻いて…、気がついたらギルドの入り口前に立っていた。


 手には、万札が…10枚。

 かなりの、臨時収入だ。

 時間が流れていないせいか、全く疲れていない。


 ………。


 俺は、ギルドを有効利用することを、決めた。


【ギルド運営サポート募集】が出ていたらまた受けようと、頻繁にのぞくようになった。


 足繁く通っているうちに、何となくショボい仕事もやってみるかという気になって…、なんの気なしに受けてみたところ、わりと性に合っていることが判明した。


 小遣いを稼ぎつつ、誰かの役に立てているというささやかな喜びを得る機会が増えて、日常にメリハリができたというか…、地味に近所に知り合いが増え、なんとなく生活そのものが活気付くようになった。


 さくっと依頼をこなし、感謝されることが増え、だんだんとギルドっていいもんだなと思う機会が増えていった。


 ある日、いつものようにギルドに行ってホワイトボードを見ると、新しい依頼が張り出されていた。


【ギルド運営サポート募集】

 ギルドの仕組みを理解して、ギルドを内側から管理する人を求めます。


 待ち続けていたギルド運営サポートの仕事だが、内容が以前とは異なる。

 相変わらず日時などの指定は書かれていない。拘束される期間がどれほどなのか、予想することが難しい。気軽に受けてしまったら、マズいことになりそうな気配がある。


 だが、そう思う反面…、俺にぴったりの仕事だとも思った。

 この半年間、ショボい仕事から大掛かりな仕事まで、近隣住民の願いを叶えつつ地道に頑張ってきた。

 ギルドのシステムは完全に理解しているし、なんならギルドのシステムの至らない部分について苦言を申し立てたい気持ちだってあるのだ。


 俺が紙に手を伸ばそうとすると、いつもはおとなしくしているカナリヤが…珍しく美しい声で鳴いた。


 ……きっとこいつも俺を祝福しているのだな。

 そんなことを考えて手を伸ばすと、空間がいつものように回転し始めた。



 ぐるん、ぐるん。



 回転する空間にも慣れたもので、余裕をぶっかましていたら…壁に描かれているドアがいきなり開いて驚いた。

 何だ、絵じゃなかったんだと思ったのも、つかの間。


 ものすごい勢いで、おれの からだが  すいこまれ、て・・・



 ………気がつくと、俺は…すすけた牢屋の中にいた。


 目の前に、茶色い格子が見える。



 ここはどこだと叫ぼうとして口を開いたら、ピーチクパーチクという音が聞こえた。

 なんだこれはと叫んだら、ピョピョピョピョピョ…テュルルルルル…という声が出た。


 これは一体どういうことだ!!!

 何が起きた?!

 俺は、俺は一体どうなってしまうんだ?


 ……落ちつけ、まずは落ち着くんだ。


 状況を把握して、仕事を遂行すれば、きっと……。


 騒ぐのをやめ、思考を巡らせる。

 ………。


 ガシャ、ガシャガシャ、ガシャ!!!


 突然、大きな物音がしたので、振り返ると。


 パッとしない、おっさんが。

 俺を見て、ニヤリと笑い。


 ゆさゆさと…檻を、ゆすり始め。


 ……俺は。


 ピペペペキュピュユと、おかしな声を、上げた。

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