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保健体育は世界をゆるがす(2)

 勇者という仕事には、いろいろと不自由がある。

 (ロール)(プレイング)(ゲーム)のように、どこかの地方をあてどなく彷徨(さまよ)うなんてことは許されない。生活費を王から支給される臣下だからだ。

 もちろん、王治が機能しないほど国がボロボロになっていたら話は違うだろう。勇者が庶民の家に押し入って食べ物や金をせしめる、なんてゲームの世界は、国としておわっている。君、君たらざれば臣、臣たらず、だ。

 というわけで、俺も任務のないときは日に一度、王様に拝謁する。

 今日は珍しく中庭の散歩に誘われた。

「そなたの活躍で、近隣の魔王はほぼ掃討された。礼を言うぞ」

「恐縮です」

「さて、今日は勇者殿に折り入って頼みがあるのだ。娘が笑わなくなってすでに半年。そなたの叡智なら王女を笑わすことができるかもしれんと思ってな」

「はあ。それは難問ですね」

「もし笑わせたら、娘の婿にしよう。何、形式だけの話じゃ。勇者たるもの、愛人がいたとて構いはせん。それも甲斐性のうちじゃ」

 がっはっはっ、と笑う。

 親しく話すと、なかなかさばけたお方である。

「余は、今まで色んな芸人を呼んで娘を笑わそうとした。(さき)の勇者にもおどけたふるまいをさせてみた。しかし、くすりとも笑わすことができなかった」

 前の勇者がどんなことをして見せたのか少し興味があったが、王様のまじめな顔を見ていると、そんなことは言い出せなかった。

「神官や聖女にも、様々な術や儀式をさせてみた。しかし、効果は全くなかった。異世界から来たそなたになら、何かよい方法を知るかもしれんと思っての相談なのじゃ」

……たぶんそれはカウンセリング的な何かで対応すべき所なんじゃないだろうか。勇者パワーで何とかなる分野ではない気がする。

「しかし、薬や魔法、直接タッチはいかんぞ。過去には笑茸(わらいたけ)を喰わせた痴れ者や、感情を操る魔法を仕掛けた馬鹿者もおったが、そやつらは死刑にしてやった。脇の下や足の裏をくすぐった女官は、余が直々におしおきをした」

……おしおき? どんな目に遭わされたんだ!?

「どうじゃ、何か策はあるか」

「そうですね。まずは、王女様としっかり話してみないと方針の立てようがありません」

「そうか。ならば、さっそく時間をとって……」

「いえ、そうやって事を構えると王女様も警戒をなさるでしょう。いつものようにバーで会話しつつ、様子を見てみます。あと、王宮内で少しスキルや魔法を使うかもしれませんが、それは大丈夫でしょうか」

「うむ。さし許す」

 というわけで、俺の新たな任務が決まった。


 精神分析と言えば、ユング・フロイトだ。 若いお姉さんのことをドイツ語でユング・ダーメと言うから、若い方のフロイトという意味なんだろう。

……この時、俺はちょっと、いや、ひどい勘違いをしていた。

「出でよ、英霊、ユング・フロイト!」

 ボブカットの赤毛の女が現れた。

……え? ユング・フロイトって女だったの!?

 前世の記憶に混乱があるようだ。

「この天才にどんなご用かしら」

 気が強そうな人だった。

 俺は、王女の現状についてかいつまんで話した。

「それは(うつ)病ですね」

 女は自信たっぷりにこたえた。

「どんな治療法が考えられる?」

「冷水と電気ショックによる治療法をこころみようと思います」

「カウチに寝そべってお話とかは?」

「そのようななまっちょろいことで治療がてきるわけがない。場合によっては精神外科学の……」

「帰れ~!」

 英霊は霧となって消えた。

 今までで一番役に立たない英霊だった。


 いい解決策を思いつかないまま、夜が来てしまった。

 俺は鬱々として王宮のバーに向かった。

「こんばんは」

 王女が心が澄むような声で出迎えてくれた。

……いかんいかん、俺が癒やされてどうする。

 俺は、ウィスキーのロックを飲み干すと、単刀直入にたずねた。

「王女、笑わなくなった理由を話してください。王様が、お父上が心配なさっっています」

 王女はカクテルのおかわりを頼むと質問にこたえた。

「別に。何もかもがつまらないだけ」

「前の勇者がバカな芸をして見せたそうですね」

「ああ、あれね。裸踊りよ。お尻に火のついたロウソクを刺して、お盆で前を隠して踊って見せたわ。みんなゲラゲラと笑っていたけど、私には何が面白いのかさっぱりわからなかった」

……あいつ、そんなことまでやって見せたのか。

 俺は少し涙ぐんだ。

「半年前に、何があったのです」

「何も。ただ、全てがむなしくなっただけ」

……こりゃ、重傷だな。

 その時、脳裏に一つの名前が浮かんだ。

 フェランテ・インペラート。確かナポリの薬剤師で、私設博物館を作っていた人だ。

 そこに飾ってあったのが、かの有名な魚、えっと…… とりあえず召喚だ!

「英霊フェランテ・インペラートを召喚!」

 バーの真ん中に、もわーんと人影が現れる。

 レンブラントの名画「夜警」に出てきそうな服装をした、髭のダテ男だった。

「フェランテ・インペラート、お召しにより参上」

「フェランテよ、そなたの眷属、そう、サカバン……バンバスピスを召喚するのだ!」

「御意!」

 英霊はふわりと消える。

 入れ替わりに、ひょうきんな顔をしたフグのような魚が空中に現れた。

 王女はそれを見て真面目な顔で言った。

「新しい酒のつまみかしら」



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