保健体育は世界をゆるがす(1)
俺もサクラも、王宮にたどり着いたときはへとへとになっていた。MPの消費が多かったせいだ。そして、ヌトヌト魔王がふりまいた瘴気もこたえていた。
巨大馬の――とりあえずロシナンテと名づけた――背に揺られながら、転送を記録した書記官の所に行く。
「勇者ミーム」
「とそのおつき」
二人が名乗ると、書記官は顔をあげて立ち上がり、敬礼をした。
「ご苦労様であります、勇者様。玉座の間にて、王がお待ちです」
「今すぐに?」
「はい。可及的速やかにおこしを願うとのことです。衣服の汚れもないようですし、このまま行かれた方がよろしいかと存じます」
「はぁ……」
騎士たちや魔道士たちの宿舎へと向かう流れをそれて、王宮に向かう。
日射しはぽかぽか、空気もきれいだ。
俺は、さくらの背中にもたれかかりながら、心地よさに眠ってしまいそうだった。
ロシナンテは、並足で王宮へと向かう。
女官や文官たちの注目の的だ。
……あー、サクラさん、何で前庭を一まわりするのかな。
俺は戦利品ですか?
え? まさかこれが女子特有の「所有権の通告」てヤツですか?
まあ、君になら所有されても構いませんが。
というわけで、馬丁にロシナンテをかえして、二人で宮殿に入る。
控えの間でサクラが止められる。
「おつきの方はこちらでお待ちください」
え? という顔をしている。
……仕方がない。サクラの扱いは、魔法攻撃を仕掛けた数十名の魔道士たちの一人なのだ。
「ここで待っててくれ。すぐに拝謁をすませてくる」
そう言い残すと、俺は玉座に続く廊下の扉へと向かった。
王様は、いつものように玉座でふんぞり返っていた。
いつもと違うのは、王女がかたわらに立っていたことだ。
「よく帰った。勇者ミームよ、そなたの活躍は記録参謀から聞いておる」
戦場で見かけた将軍ぽい人がうなずく。
指揮もしないで眺めているだけの人かと思ったら、そういう仕事だったのか。
「今回もまた、到着後、即座に片をつけたそうだな。みごとである」
「恐縮です。運がよかったのです」
魔王ヌートが地獄耳でヌトヌトと言ったことをききつけ、侮辱したと激昂したこと、それによって敵の弱点を知り得たことなど、かいつまんで話した。
「はっはっはっ、勇者殿にかかれば、魔王もかたなしだな。ただ、その術、きわめてエゲツナイ、というか、見ていて何とも心によくない術であったと聞く。くれぐれも王都では使わぬように控えていただけるとありがたい」
「もちろんです」
……そう、トポロジーというスキルは、とても吐き気のするような術なのだ。軽々しく使ってはならない。
「さて、そなたに褒美をとらす。何がのぞみかな」
ここで、王女を妻に、と言ったら、王はうなずいたかもしれない。しかし、タイミングの悪いことに、サクラと知り合ってしまった。加えて、聖女さんの件もある。あまり王宮にはいたくない。
「王都内に邸宅を一軒、いただけるとありがたいです、陛下」
「うむ、よかろう」
王は王女の方を見た。
「そうですね。魔法学園の近くに空き別荘が一つありました。それをさし上げてはいかがでしょう」
……あなた、前庭での「所有権の通告」を見ていましたね。ええ、魔法学園の制服は遠くからでもはっきりわかりますから。
あいかわらず無表情な王女であった。
というわけで、俺はサクラに支えられながら自室に向かった。
さすがに「家をくれ」「さあどうぞ」というわけにはいかない。内装の手入れや、家具、調度の手配が必要になる。それに、とにかく眠かった。まるで泥のような睡魔に襲われる。勇者パワーでも対抗できない恐ろしい力だ。
俺とさくらはもつれあうようにしてベッドに転がり込んだ。
朝である。
窓の外で、雀がチュンチュン鳴いている。
いわゆる朝チュンである。
「おはようございます、旦那様」
……その声は!
聖女さんでした。
はっ、と反対側を向くと、サクラもいた。
制服のまま、可愛い寝息を立てている。
「聖女さん、君はなんでここにいるのかな?」
「旦那様にお仕えしたくて、メイドに転職しました」
確かにメイド服を着ている。頭の先からつま先まで、見まごうことのないメイドだ。
「転職って。そんなに軽々しくしてもいいのか!?」
「王宮騎士団から侍女への転属は比較的楽なのです」
「……お前、昨日の夜、俺に魔法をかけただろう」
「あう、それは…… その、旦那様がよくお休みになれるようにと……」
聖女は嘘をついてはならない。
それが、他人の心をのぞける代償なのだ。
そして、嘘をついたり悪事をすると、聖女の力がどんどん減っていく、らしい。
メイドに読心能力は必要ないが、せっかくここまで育ててきたジョブスキルだ。そうそう手放したくはないだろう。
「で。メイドとしての仕事はどんな感じなのだ」
「掃除したり、洗濯したり、ベッドを整えたりと、そんな仕事です」
「それの指示をするのは?」
「メイド長です」
「今日の指示は?」
「まだ受けていません」
「指示受けに行ってこーい!」
元聖女のメイドは、すっ飛んで部屋を出ていった。
「あの人、なんだったんです」とサクラがきいた。
「ちょっと変な人さ。俺と寝たがって、いろいろと策動してるんだ」
「あら、そうなんですか。でも、そうなると私も変な人なのかな」
ふふっ、と笑う。
「そんなことはないって。サクラは俺が好きになった人だから、別格だよ」
「もう、うれしい!」
サクラが抱きついてきた。
……可愛すぎる!
という次第で、この後、本物の朝チュンになりました。
おめでとう、俺!