またもや数学は世界を救う
数名の騎士が大型の馬を連れて町の入り口に待ち構えていた。
予備の馬も連れている。
「さあ、こちらへ」
俺は、有無を言わせず馬に押し上げられる。
「あのー、馬に乗ったことがないのですが……」
「大丈夫。勝手に運んでくれるから。下手に操縦しなければ大丈夫です!」
ここまで来たときの狭い崖道やら急な山道の坂を思うと、不安しかない。
「私が手綱をにぎります」
俺は後ろにずれてサクラが前に乗る。
「しっかりしがみついていて下さい」
そうなのだ。小さなサクラは俺の後ろには乗れない。
そして、サクラの腰に腕を回すと、とってもいい香りがした。シャンプーだろうか。ふわふわの髪の毛が鼻をくすぐる。
……あーっ、これは辛抱たまらん!
そして、馬を走らせることしばし。
俺たちは王宮についた。騎馬のまま中に通される。
「西の最果ての町を魔王ヌートが襲っています。地元の守備隊はほぼ壊滅、町は瘴気の沼に呑み込まれています。すでに第一陣は出撃しています。あなたがたは第二陣です」
西の転移魔法陣があるドームには、人があふれていた。
馬や大型兵器も一緒に転移される。大混乱だ。
加えて、記録作業がある。
書記官が名前を聞き、紙に書き記す。
順番が来た。
「勇者ミーム」
「そのおつきの魔術師、魔法学院研究科、コトダマ様の第一の孫娘、桜の花を咲かせる者……」
名乗りが長い。大体はそんな感じだ。
……そうか。本名を名乗らないのは、魔法をかけられないようになんだな。
「よし、次」
俺たちは騎馬のまま魔法陣へと進んだ。
瘴気、というか、下水道のようなにおいが鼻腔を突き刺した。
「げふっ、げふっ」
サクラは咳き込んでいる。
ここは西の最果ての砦。
城壁の下は一面、紫色の泥沼になっている。
そして、少し離れたところを巨大な肉塊がゆっくりと動いていた。
「魔法攻撃、はじめ!」
「太陽の核よりも熱く、いかなる敵も焼き尽くす炎よ。その怒りを解き放ち、すべてを焦がす業火となれ!」
火の玉が放たれ、魔王(というか巨大生物)を襲う。
しかし、効果がない。プラスチックが焼けるようなにおいが多少したくらいだ。
……そして、あいかわらず呪文が長い。
俺は気づいた。
あの時、あの場だったからこそ、『アブソリュート・ゼロ』といういささか中二病じみた呪文が生まれたのだ。今は、コトダマ様の力場の近くにいるわけではなく、コトダマの魔法への機縁がない。それに、魔法には何か「いい感じ」の特殊感がある言葉が必要なのだ。普段は使わないような言葉が。
「太陽の核よりも熱く、いかなる敵も焼き尽くす炎よ……」
あいかわらず、魔道士達は長い詠唱をしては火球を放っている。これでは、いずれ集中力が切れてしまう!
サクラもまた、馬から下りて前線に向かった。俺もその後についていく。
「太陽の核よりも熱く、いかなる敵も焼き尽くす炎よ。宇宙の始まりに刻まれた炎の力よ。我が声に従い大いなる爆発となれ!」
ちょっとアレンジが加わっていた。
「太陽、爆裂……」
『ソル・ブレイク』
心の奥底から湧き上がったその呪文は、天空に巨大な火球を生み出して魔王ヌートへと突き進んだ。
ボン!
いい感じの爆発が起きた。
「やった!」
……と思ったのもつかの間、魔王ヌートは木っ端みじんとなることもなく、ただこちらに方向を変えただけだった。
「うわっ、こっち来るぞ」
「早く逃げろ、もとい、陣取る場所を変えるんだ」
最前列の魔道士が逃げ出し、後方は大混乱になる。
ヒーフー!
魔王の吠え声がとどろいた。
それは、地獄の釜の蓋が内圧に耐えかねてあげたうめき声のようだった。
それとともに、酸を撒き散らす。
砦のふちで楯を構えた騎士達の甲冑が、見るも無惨に溶けていく。
二度目のソル・ブレイクを唱えようとした俺は、目眩に襲われる。
……おそらく、魔力不足だ。
サクラに体をもたせかける。
「くそっ、このヌトヌトめ!」
思わず口をついたこの言葉に、魔王が反応した。
「我が名は魔王ヌート。ヌトヌトとか言うな!」
「声がくぐもってわからん」
「我が口は体内にしまってあるのだ」
「まさか、貴様は目や鼻も内側にしまっているというのか」
「そうだ。それゆえ我は無痛にして無敵! しかし、さっきのは少し効いたぞ」
これが、コトダマ様の言っていた「この世界の人々と意志が通じますように」という願いの成果か!
ありがとう、婆ちゃん。ありがとう、一言主の神。
俺の内側から謎の言葉があふれ出した。
「英霊ポアンカレを召喚!」
ぽわーん、と霧のような物が広がる。そして、髭のおっさんが現れた。
「御前に」
「スキル・トポロジーを発動! あの魔物を裏返してしまえ!」
「御意!」
めきめき、といやな音がした。
「ぐ、ぐおっ、裏返る~ ひどい! 痛い! やめて!」
魔王ヌトの内側から、ずたずたに裂けた鼻と歯と舌が出てくる。
そして、ヌトヌトした表皮はどこか見えない場所に吸い込まれていく。
「今だ!」
魔道士達が攻撃を仕掛ける。
「ソル・ブレイク」
魔力が回復した俺も、渾身の魔法攻撃を仕掛けた。
魔王は焼けた肉塊となって沈黙した。