世界を救ってもいいですか?(2)
いまいちこのサイトのシステムがわかってないので、第一話のリンクを記しておきます。
もし初めから読みたいのなら、こちらから読んで下さい。
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救援に来た勇者は、胸のど真ん中に矢を受けてヒーラーが治療中だ。魔道士は青くなってぶるぶると震えている。騎士らしいのはさっきから気絶したままだ。天井から降る破片に当たったらしい。
今戦えそうなのは、俺しかいない。
「大魔王? こいつは倒していいんだな?」
魔道士っぽい女の子は、こくこくとうなずく。
「あとで『あれは牛頭天王だった、疫病が蔓延して世界が亡びる』とかいったトラップはないよな?」
こくこく。
「『牛魔王を殺して、もっと強い斉天大聖が襲ってくる』なんてことはないよな?」
こくこく。
とりあえず、信じることにした。
……おびえっぷりが可愛かったから。
大魔王はひじのあたりまで現れていた。
濃い硫黄臭がする息を吐きながら、知性のなさそうな眼でこちらを睨みつけてくる。
……戦いの方針は決まった。
「タン!」
俺は、勇者ソード(仮)を水平にふるった。
すこっ……
あっけないほど手応えのない一撃だった。
「アンド、ターン!」
燕返しの要領で反対から切りつける。
ぼとっ、と魔王の喉が抜け落ちた。真ん中には紫色の舌が見える。
……これで呪文は封じた。
「続いて、肩ロース!」
「もう一丁、肩ロース!」
魔王の肩の肉がそげる。
……魔王の敗因は、魔法陣から出る時に前脚、もとい両腕を出していなかったことだ。
せり上がりに乗ったように直立していたら、魔法陣から手が出せなくなったのだ。
「バラ、リブロース、サーロイン!」
前後左右から、まるで庖丁氏のように切りまくる。「恢恢乎として其の刃を遊ばしむる※」ってヤツだ。
「ヒレ、ランプ、内モモ、外モモ、スネ、テール。貴重なハツ。最後の仕上げにシャトーブリアンだ!」
……はい、自分ながらやり過ぎたと思っています。
あたりは血まみれ、魔道士ちゃんなんかは丸まってガタガタ震え涙を流しています。
でもね、こうやって解体してくれる人がいるから人々は美味しい焼き肉が食べられるんだよ。命に感謝!
合掌。
「お粗末様でした」
そして魔道士ちゃんを見ると、完全に人外の外道を見る目をしていた。
「ありがとう。そして、ありがとう」
勇者君はうつろな表情で俺を見つつとりあえずの礼を述べた。その視線は、ちらっちらっと例の剣を見ている。きっと「勇者の剣を手に入れてホニャララ教団を討伐し、大魔王の復活を阻止するぞ、オー!」てなノリでここまで来たのだろう。が、予想外に自分の弱さを自覚させられ、あまつさえ大魔王はさっさと裁かれて肉売り場状態になってしまった。動揺してもいたしかたない所だ。
ちなみに、ホニャララ教団の生き残りたちは早々に逃げ出していた。どうやら、召喚した勇者を生贄にして大魔王を復活させるつもりが、例のヤギ頭人間が勇者の代わりに生贄になったというわけだ。
「そして、大魔王復活の第二の条件が、聖なる血を勇者の剣に注ぐことだったの」
ヒーラーの聖女さんが解説してくれる。この人は、解体後の大魔王にもおびえてはいない。
「あとは生贄が何人か。ホニャララ教団は今まで何百人もの生贄を捧げてきたわ。その結果として大魔王がこの世に現れた」
……ふむふむ。確かに、イカ人間も教団の聖職者っぽかったしなあ。
「それにしても、あなたが先に、しかも単身で乗り込んでいたのには驚いたわ。私達も、かなりの敵を倒しながらここまできたし、正直、もう勝ち目はないと思ってここに来たのよね」
……たぶん、あなたたちが倒してきた何十人かは、大魔王復活の最後の生贄にカウントされていると思います。
「このあとはどうするんだ。仲間の葬式とか、いろいろと必要なんじゃないのか」
俺は、亡くなった騎士の方を視線で示した。そう、彼は事切れていた。
「後始末は後続部隊にまかせるわ。あのお肉の回収もね」
聖女はふふっ、と笑う。
「じゃ、戻りますか」
……聖女は宝石の粉が入った袋を取り出すと、聖堂の床に魔法陣を描き始めた。
疲れ切った勇者パーティーはぞろぞろと魔法陣に集まる。
そして、俺たちはテレポートした。
明るさと空気の澄み具合が違った。
「ここは王宮内のテレポートルームよ。正確には王宮とは別の建物だけど」
俺と勇者一行は、王の宮殿に行く前に泉で沐浴させられた。そののち、新たな衣装を与えられて王宮へと向かう。ちなみに、沐浴も着替えも男女別である。残念!
「よく帰った、勇者よ!」
いかにも王様という感じの福々しい老人が、玉座を立って出迎えてくれた。
皆、膝をついて王に礼をする。
「ホニャララ教団の件はどうなった」
「大魔王は復活しましたが、首尾良く討ち取りましてございます」
「それは重畳。そなたには褒美をとらせねばならんな」
「それが、正直に申し上げますと、大魔王を倒したのはこの者の手柄、私めはほんのかすり傷も与えておりませぬ」と勇者。
「なんと!」
王様は、眼を泳がせている。
「今回の事件で私は自らの未熟さを痛感いたしました。勇者の称号も返上いたします。この上は、諸国を遍歴して己を鍛えたく存じます。そして、勇者の称号はこの者に譲りたく存じます」
……ほえー、なんて正直な男なんだ!
「うむ。そなたがそう言うのならそれがまことなのであろう。そのようにしよう。で、そなた名を何と言う?」
……ヤバい、今までで一番まずい局面だ。
「名前は……」
周りを見回したが適当な本が並んでいるわけでもない。内藤湖南と吉川幸次郎の本が並んでいたら「内藤幸次郎」と名乗れるのだが。
そして、もし本があったとしても、この世界の文字はたぶん読めないのだ! それに、もし読めてもとんちんかんな名前になるかもしれない。
その時、聖女が思わぬ助け船を出してくれた。
「おそれながら、この者はミーム神の加護を受けています。今より以降は勇者ミームと名乗られるのがよろしいでしょう」
「おおっ、それはありがたい託宣じゃ。勇者ミームよ、活躍に感謝する。そして、今後一層、はげめよ!」
こうして俺は勇者ミームとなった。
※『荘子』「庖丁解牛」による。