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最終話 フラれた者同士、友達未満の特別な関係

 


 キャンプファイヤーの炎は消され、既に撤収作業も終わったようだ。

 文実なのに後片付けをサボってしまったが、明日の掃除で人一倍頑張るので許して欲しい。


 祭りが終わり、それに続いた後夜祭も終了した。

 あんなに騒がしかった学校からも人の気配が消え始め、橙色に彩られていた校舎も月明かりが照らすのみとなった。

 もう全ては後の祭りなのだろう。

 後悔も未練も喜びも悲しみも。きっと青春の一言で済む事だけど、しかしもう取り戻す事はできない。

 そんな感情を様々な所で感じて抱えて、人は成長していくのだろうか。常に後ろを向きながら歩き続ける俺は成長できているのだろうか。


「はぁ……寒」


 十月といえども夜はもう肌寒い。

 ポケットに手を突っ込みながら、早足で目的の場所へと向かう。

 見慣れた景色だった。

 人気のない校舎裏。そこにポツンとある小さなスペース。種類の悪い自販機があり、座ると軋む寂れたベンチがある。

 そして──そこに座る女の子。


「悪い、待たせたよな」

「……別に」


 不機嫌なのを隠す気もない恋伊瑞に苦笑しつつも、俺は隣に座った。

 文句を言われたら立っていようかと思ったがその心配は無かったらしい。


「恋伊瑞、あのさ」

「聞きたくない!」

「え?」


 そう言い放った彼女は、何故か悲しそうな表情で俺を拒絶する。


「聞きたくないの! 私に言う必要ないじゃない! 私には関係ない……あんたと……椎名さんの、事なんて……」

「………え? なんで椎名さん?」


 恋伊瑞が椎名さんの名前を出した理由が分からず、つい聞き返してしまった。

 俺のそんな態度も気に食わなかったのか、恋伊瑞は勢いよく振り返る。

 眉を歪め、俺を睨むその瞳には──


「お前、泣いて──」

「バカァ! ほんと意味わかんない! 何で私に言うのよ! あんたと椎名さんが付き合ったなんて私は聞きたくない!」

「……ちょ、ちょっと待て恋伊瑞! 勘違い、絶対なんか勘違いしてるってそれ!」

「してるわけないでしょバカ! だってさっきまで椎名さんと居たじゃない! 告白の返事して、付き合い始めた事を私に言いに来たんでしょ!」


 一体何を勘違いしてるのかと思ったらそういう事か!

 確かに俺は、恋伊瑞に会う前に椎名さんに会っている。もっと言うと、ついさっきまで一緒に居た。

 でもな恋伊瑞。やっぱりそれはお前の勘違いだよ。だって俺は──


「……ないから」

「は、はぁ? 聞こえない──」

「付き合ってないから!」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「お待たせ相馬君。えっと、待たせちゃったかな?」

「大丈夫だよ。むしろ急に呼び出してごめん。椎名さん」


 今頃校庭ではキャンプファイヤーの片付け作業に入っているのだろう。

 文実の仕事をドタキャンして、俺は椎名さんを呼び出していた。

 俺は言わなくちゃいけない。彼女が伝えてくれた想いに、答えを出さなければいけないのだ。


「告白の返事を、しようと思って」

「……うん」


 椎名さんと二人で居ると、どうしたって記憶が蘇る。


 初めて見た時に恋に落ちた。

 椎名さんの事を知れば知るほどに好きになって、付き合えた時は本当に嬉しかったんだ。

 それから振られて、死ぬ事だって考えるくらい落ち込んだんだよ。

 ……本当に、大好きだったんだ。


 言いたい事、伝えたい事、知って欲しい事。

 それらを全て飲み込んで、俺は頭を下げる。


「ごめんなさい。椎名さんとは付き合えません。……他に、好きな人がいるんです」


 沈黙が続いた。その間も俺は微動だにせず、頭を下げたまま、言葉を待つ。


「……一つ、聞いてもいい?」

「うん。何でも答えるよ」


 俺は顔を上げない。彼女の顔を見たら泣いてしまうかもしれないから。


「相馬君は私の事、好きだった?」

「うん。好きだった。大好きだったよ」

「そっか。……うん、知ってた」

「──!」


 その瞬間。顔を無理やり持ち上げられ、頬に二度目となる柔らかい感触が当たる。


「し、椎名さん!?」

「もし……もし私があの時……ううん。後悔しても意味ないか」


 漏れるように呟いた言葉は俺の耳を通り抜け、彼女は俺から離れると。


「悔しいからちょっとだけ意地悪、ね?」


 そこには俺の憧れた笑顔があった。涙を溜め、それでも見惚れるほどに美しい。

 駄目だ。泣くな俺。俺には泣く資格なんか無いんだから。

 そして彼女はこれで最後と言うように背中を向け。


「ばいばい相馬君。私の初恋だったよ」

「うん。俺も、初恋だった」


 そうして俺たち二人の初恋は、幕を閉じたのだった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「……付き合ってないってどういう事? だって相馬は椎名さんが……」

「うん。好きだった。好きだったよ」

「じゃあなんでよ! 告白されてたじゃない! それなのに、なんで……」


 掠れた声で聞く彼女に、俺は答えず空を見上げた。

 星が疎に輝き、月明かりが俺たちを照らしている。


「懐かしいよな。ここでお互いに泣きあってたの」

「なに、言って……」


 初めの出会いは最悪だった。

 お互いボロボロに泣きあって、傷を舐め合ってさ。あの出会いが無かったら絶対に口なんか聞かずに卒業してたよな、俺たち。

 そう、全部あそこから始まったんだ。

 恋伊瑞から勇気を貰って、強さを知って、優しさを学んだ。

 明確な時期なんてわからない。でもきっと、俺はあの時から。


「好きだよ、恋伊瑞」


 残念な事に雲一つ無い夜空は俺の顔を照らし出す。

 そしてそれは俺だけに限ったことではなく。


「──へ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこの事を言うのだろう。

 もしかしたら俺よりも顔を真っ赤に染めた恋伊瑞は、手をわちゃわちゃさせていた。

 そして何故か俺を睨むと。


「……本気?」

「本気だよ」

「う、嘘じゃなくて……?」

「嘘じゃなくて」

「本当に私の事……」

「本当に。本当に恋伊瑞の事が好きなんだ」


 頭から湯気が出るのではないかと言わんばかりに赤くなった恋伊瑞は、今度こそ下を向いてしまった。

 いや告白されまくってるお前にそんな反応されるとこっちまで居た堪れなくなるんだけど……。

 初心なリアクションに可愛さを覚えつつも、俺は頭を振り冷静になる。

 だってこれは、恋伊瑞に迷惑をかけるだけの俺の我儘だから。


「ごめん恋伊瑞。急にこんな事を言われても迷惑だよな。佐久間と上手くいってる時に……」

「…………は?」


 その一単語は、恋伊瑞にしては随分と低い声で発せられた。


「なんで今、佐久間君が出てくるわけ?」

「いやだって、まだ佐久間のこと好きなんだろ?」


 そんな光景を目の当たりにする度に、自分でも嫌になるくらい黒い感情が出たのを思い出す。

 だからこれは我儘なんだ。

 こんな間違った思いは捨てなければいけない。そうしないと恋伊瑞は……ひどく優しい恋伊瑞は、きっと俺に遠慮する。

 それだけは嫌なんだよ。

 だからここで、自分勝手に終わらせなければいけないんだ。


「時間取らせて悪かった。これで……俺たちの関係も終わりだな。失恋者は俺一人だし」


 言いたい言葉は胸から出ないのに、言いたくない言葉は何故スラスラ出るのだろうか。

 自分で言い放ったその言葉に泣きそうになりながら、俺は席を立ち――


「ばっかじゃなの!?」


 突然の叫び声に俺は思わず振り返る。


「私がまだ佐久間君の事好きとか意味わかんない! てか返事してないのに帰ろうとしてんじゃないわよバカ相馬!」

「そ、それはごめん……。じゃなくて! え? だって佐久間と……」

「相馬が何を思ってるのか知らないけど、もう佐久間君の事は吹っ切れてるわよ!」


 俺へ言い詰める度に一歩、また一歩と近づいて来る恋伊瑞は、やがて目の前まで来ると。


「私たちの関係も終わりって言ったわね。正解よ。だって……私たち二人とも失恋者じゃなくなるんだから……!」

「……え? いやお前、それって」


 瞬間、手を握られる。そして。


「私も、きっと私の方がもっと前から……相馬のことが大好き……!」


 何故か俺の手を握りながら、瞳を潤ませ、上目遣いで。

 急激に自分の顔に熱が集まるのを感じる。それを隠すように残された手で顔を覆いながら、俺はその場で天を見上げた。

 いや……いやそれはダメだろ……。可愛すぎる。てかえ? 恋伊瑞が俺のことを好き?


「じゃ、じゃあ佐久間からバンドに誘われて嬉しそうにしてたのは……?」

「相馬が楽しみって言ってくれたからよ! だから頑張ろうって……!」

「海でまだ佐久間が好きだって言ってたのは……」

「あんたが椎名さんの事まだ好きだって言ってたから……だから私も、相馬に気持ちがバレないように嘘ついて……わかるでしょバカ!」


 わ、わかるわけねぇ……。

 俺もだいぶ面倒くさい回り道したけど、こいつも大概だろこれ!


「はぁ~~~~…………マジかぁ」

「何座り込んでんのよ。てか私だってあんたに言いたいこといっぱいあるんだから! 全然私の気持ちに気づかないし、ずっと椎名さんのこと見てるし……私が何回泣いたと思ってるわけ!? 遅いのよ!」

「遅いってお前、いやまぁそうだけど……」


 言葉と表情だけには怒気があるが、手だけは握ったままの恋伊瑞に俺は苦笑してしまう。

 これは反感を買ったかなと思ったがそうではないようで、恋伊瑞は躊躇いがちに口を開いた。


「私、すぐ怒るわよ」

「知ってるよ」

「面倒くさいって思われることも沢山すると思う」

「別にいいよ。俺もすると思うし」

「それに――」

「全部。全部ひっくるめて。好きなんだよ、恋伊瑞のことが」


 もしそれが嫌だったら、初めて会った時から一緒になんか居ないんだ。

 辛い時に恋伊瑞が側にいてくれたら立ち上がれる。恋伊瑞が辛い思いをしていたら、誰よりも先に助けたい。

 俺は握られた手を握り返し、満点の星空に照らされるその人へ。


「俺と、付き合ってくれませんか」

「…………はい」


 最悪な出会いから始まった俺たちは、そんな出会いだったからこそ、特別な関係になれたのだろう。


「これで晴れて失恋仲間は仲良く卒業ね、相馬!」


 星空にも勝る笑顔を見つめながら、そう思った。



お読み頂きありがとうございます。


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