第六十二話 椎名莉緒
自分で言うのもなんだけど、私は可愛いと思う。
初めて男の子に告白されたのは幼稚園の時。そこらに生えていたタンポポを片手に言われた「好きだよ!」の言葉は今でも覚えている。
小学生高学年になると、それはあからさまに増えた。
下駄箱にはラブレターが、廊下では公開告白が、チャットアプリでも告白も少なくなかった。
そんな環境は中学校でも変わることはなく、しいて言うならばキザな告白も増えた気もするが、私のモテ度合は下降することを知らないようである。
勘違いがないように言っておくけれど、私が告白を受け入れたことは一度もない。
正直、嫌な言い方になってしまうが男の子を選び放題ではあったし、友達からも男嫌いを疑われたりしたが、それでも誰かと付き合いたいと思ったことは一度もなかった。
理由はとても自分勝手なもの。「本気じゃなさそう」というものだ。
可愛いから彼女にしたい、優しいから彼女にしたい、皆が狙っているから彼女にしたい。
それ、私じゃ無くてもいいよね?
もちろん私の勝手な主張だし、中には本気だと言う人もいたのかもしれないけど、私がそう感じれた殿方は残念なことにゼロであった。
別に私の理想は高くない。イケメンじゃなくてもいい、身長だって気にしない、男らしくなくてもいい。
ただ一緒に笑いあえて、それで……私のことを本気で好きならそれでいい。
その思いは高校に上がっても叶うことはなく、また同じことを繰り返すのかと落胆しているそんな時に――彼が現れたのだ。
「入学式の時から一目惚れでした。好きです、付き合って下さい!」
同じクラスの目立たない人。
相馬という苗字なのは知っているが、それ以外何も知らない人だった。
緊張で震えているし、声は裏返っていたし、それ以外何も喋らないし。私のされてきた告白の中でも酷いと言えるような告白。
それなのに、何でだろうか。
(この人、本当に私のこと好きなんだなぁ……)
そう思ってしまった。
他の人たちとは何か違う感覚。何が違うのか具体的には言い表せないけど、彼は本気で私を好きなんだと思わされてしまう。
「……いいよ。これからよろしくね、相馬君」
そうして私、椎名莉緒に初彼氏ができたのだ。
そこからの相馬君は、なんかもう凄かった。
毎日長文で事細かくデートプランを送ってきたり、学校で目が合うと挙動不審に喜んだり。
まぁそれは別に嫌ではなかったから良いのだ。
問題は、相馬君の態度。
彼は何故かわからないが、これでもかという程に私へ気を遣うのだ。
もっと普通でいいのに、もっと素直に言ってくれればいいのに、まるで上司に対して機嫌を伺うみたいに。
今思えば私も素直に「私は彼女なんだよ?」って言えばよかったけど、当時の私は相馬君の態度が嫌で、彼の提案を避けてしまっていた。
もっとフラットに誘ってくれればなんて言い訳でしかないけど、その態度が直るまでは誘いに乗りたくなかったのだ。
でもそれは日に日に悪化していき、時間を置かないと変わることがないと思った私は。
「ごめんなさい相馬君。私と別れて下さい」
彼に別れを告げることにした。
もしもう一度、その思いが変わらないと言ってくれたその時は。そんなことを考えながら。
♢♢♢♢♢♢
相馬君と別れてから、彼に違和感を感じるのにそう時間はかからなかった。
よそよそしかった態度はいつの間にか普通になり、暗かった顔には笑顔が増えた。
確信したのは体育祭。
何があったのかは分からない。でも恋伊瑞さんと相馬君の間に何かあったのは明らかだった。
きっと恋伊瑞さんのために体を張ったのだ。
恋伊瑞さんのためだけに、学園に嫌われる覚悟で。
(……ふーん)
その日を境に、明らかに相馬君と恋伊瑞さんの距離が近くなっている気がする。
どうでもいいことで言い合ったり、心配し合ったり……信じ合えているような。
まるで私が求めていた彼との関係を見せられているようだった。
(もしかして付き合ってるの?)
そして迎えた海の家でのバイト。
彼女と同室になって直接聞こうと思ったら、予想外に彼女から口を開いた。
「椎名さんってなんで今日来ようと思ったの?」
「え? ごめん、邪魔だったかな……」
「違うわよ。ただなんでかなーって」
もしかして何か探られてる?
多分だけど、恋伊瑞さんは私と相馬君が付き合っていたのを知っている。
だったら私も聞いていいよね。
「恋伊瑞さんは相馬君と付き合ってるの?」
「な、なによ急に。付き合ってないわよ」
「あ、そうなんだ!」
そう答えてしまうと、恋伊瑞さんはムッとした表情を向けてくる。
「なにそれ。なんで嬉しそうなの?」
「そんなことないよ!」
「てか、相馬が誰と付き合ってるとか椎名さんに関係ないでしょ」
「……それは私が相馬君の元カノだからってこと?」
その攻撃的な言葉に、私もつい言い返してしまった。
彼女は驚いた表情だったのも一瞬、直ぐに口を開く。
「そうよ。もう関係ないでしょって言ってんの」
「関係あるよ。だって私まだ彼のこと好きだもん」
売り言葉に買い言葉。
すると恋伊瑞さんは立ち上がり、沢山の感情が籠っていそうな顔で睨まれる。
「は? 何言ってんのあんた? 意味わかんないんだけど」
「そのままの意味だよ」
「それが意味わかんないって言ってるのよ! あいつがどんな思いで……ふざけないで!」
そこからの言い合いはあまり覚えていないけど、とりあえず恋伊瑞さんとの仲が最悪になったのは確かだった。
きっと私は嫉妬してたんだと思う。私が届かなかった関係をあっさりと手に入れた恋伊瑞さんに。
♢♢♢♢♢♢
そうして文化祭がやってくる。
文化祭二日目、劇はもうクライマックスだ。
合図がしたら目を開けて、それで大団円。
『そして王子は、目覚めのキスを』
なんとなく違和感がして、合図よりも先に目を開いてしまった。
そこには王子様の衣装に身を包んだ相馬君が、私を見下ろしている。
顔を赤らめながら、とても気まずそうに。
そんな彼を見た瞬間、私の意思とは無関係に体が動いてしまう。
衝動に駆られたように、ただ一心に彼の元へ。
動き出した熱い気持ちはもう止まらなかった。
頬にキスをすると、彼は顔を茹で蛸のように赤くする。
それが可愛くて、つい笑ってしまったけど許してほしい。
「好きだよ相馬君。やっぱり私は、あなたが好き」
そうして私は初めて、好きな人に告白をしたのだ。
お読み頂きありがとうございます。
星での評価やブックマークをして頂けると執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。




