第六十一話 白雪姫は目を覚ます
恋伊瑞のバンドが終わったが、余韻に浸っている暇はない。
なぜならば、もう我がクラスの演劇が始まるからだ。
衣装を着た椎名さんがステージに出ると、観客が一斉に歓声を上げたのがわかる。どうやら演劇は始まったようだ。
舞台裏では各役割が忙しなく動いており、昨日のリプレイを見ているようである。
そしてそれを眺めるだけの俺。昨日から成長してませんね。
「やっぱりあんたは暇そうね」
「実際出来る仕事ないしな」
バンドの片づけが終わったのか、気づいたら隣に恋伊瑞が立っていた。しかし何となく様子がおかしい気がする。
なんかソワソワしてるというか、チラチラこっち見てくるし。
あぁなるほど。
「バンド良かったな。歌上手かった」
「そうでしょ! めっちゃ練習したんだから!」
ドヤ顔であったが、照れているのか口元をニマニマさせる恋伊瑞。
そんな彼女を見てしまうと、何も聞くことができない。
佐久間とうまくいっているのか、佐久間とよりを戻すのか……佐久間のことを今どう思っているのか。
前までは簡単に聞けたはずのことが、今は怖くて聞くことができない。
「どうしたの相馬?」
「……いや何でもない。バント本当に良かったなってな」
「も、もういいわよ! でもまぁありがと」
本当に、前まではこんなんじゃなかったんだけどな……。
「きゃあ!」
そんなことを考えていると、突然誰かが悲鳴を上げる。
思わず顔を向けると、森川さんが倒れていた。他の人も気づきだしたようで、何名かが彼女の元へ駆け寄っていた。
「大丈夫森川さん!? すごい音したけど!」
「だ、大丈夫だよ~。ちょっと階段を踏み外しちゃっただけだから~」
「踏み外したって……。ケガとかしてない?」
「大丈夫だってば~」
ほんわかとした表情で何事も無いことを訴える彼女だが、それが嘘であることは傍目でも丸わかりであった。
駆け寄った女子生徒も嘘だとわかっているようで、「ごめんね」と言いながら森川さんの足首を露出させる。
その場所は真っ赤に腫れあがっていた。
「森川さんこれ……、大丈夫なわけないでしょう? 早く保健室行くよ!」
「いや、でも~……」
煮え切らない森川さんは、何度もやんわりとその提案を断り続ける。
保健室に連れてこうとしている人も親切心というか優しさでそう言っているはすだ。
それでも森川さんは保健室に行くことはできないだろう。
「え、やばくね? 森川さん劇出れないってこと?」
「王子様不在の白雪姫とか永眠エンドになっちゃうじゃん……」
「いや代役立てるしかないでしょ! 代役出来る人は――」
挙手を促すが、当然誰も手を挙げる者はいない。当たり前だ、舞台裏にいる奴らは表舞台に立ちたくないからここにいるんだから。
「大丈夫だってば~! やれるよ私は~!」
それをわかっているのだろう森川さんは無理やり立ち上がろうとするが、その足取りは舞台に出れるとは思えなかった。
「保健室行くよ」
「うぅぅ……」
悔しそうに俯く森川さん。その姿にクラスメイトも心を打たれている。
……でも多分あれ、椎名さんとカップル役が出来なくてしょげてるだけだと思いますよ。
「誰か代役になってもらうしかないよ」
そんな時、森川さんの鋭い目つきが俺に向けられた。
……まさか俺にやれと?
(無理ですよ森川さん。俺じゃ皆納得しないって!)
(他の人にりーちゃんとカップルなんてやらせるわけにいかないでしょ~? 相馬くん、わかってるよね~?)
(いやでも女子だったら問題ないんじゃ……)
(女子でも男子でも問題ありまくりだよね~?)
……そうだった。この人、ガチの人だった。
「あ、相馬くんがやってくれるって~! それなら安心だよ~、実行委員だしね~!」
気づいた時にはもう遅し。先手を打たれた、というよりも有無を言わさず先制攻撃。
「いやちょっと――」
「確かに実行委員だし、代役にはいいかもね」
「衣装は何とかなりそうだよ! 任せて!」
「えーと。そう、そうた? くん。それでいいかな?」
よくねぇよ。名前もちげぇよ。
もう劇も始まっており、押し付けられるなら誰でもいいのだろう。
「相馬君いいの? 無理ならわたしが言ってくるよ?」
後から来て事態を早急に把握した白波さんは、いの一番に優しいことを言ってくれる。
「てか普通に無理でしょ。断って来なさいよ相馬」
「恋伊瑞お前、いやその通りなんだけどさ……」
何故か不機嫌そうに命令してくる恋伊瑞は俺を睨む。
(はやくオッケーしなよ相馬くん~?)
森川さんは悪鬼のようなオーラで威圧してくる。
なんだ、なんだこれ……。
「相馬くん?」
「大丈夫? 相馬君」
「相馬」
♢♢♢♢♢♢
「なんで受けちゃうのよバカ」
「いやだって、クラスの奴らめっちゃ見てくるし……」
「関係ないでしょ! あんたが王子様役とか……内心嬉しいとか思ってるんでしょ」
「思ってねぇよ。むしろ今すぐ逃げ出したい……」
「はぁ、全くもう」
言いながら恋伊瑞は俺の顔にファンデを塗りたくる。
俺は今、恋伊瑞にメイクをしてもらっていた。
王子様役を断れず受けてしまった俺は、衣装を着ると「うーん。メイクしよっか」と衣装担当の人に言われてしまったのだ。ねぇそれ悪口だよね?
そしてその人がメイクをしてくれようとした時に待ったをかけたのが、なんと恋伊瑞。
「私がやる! 相馬なんかにメイク道具使うの勿体ないでしょ?」
「え? まぁそうだけど。いいの?」
「うん。私がやるから大丈夫!」
みたいな会話があり、俺のメイク担当は恋伊瑞になったのだ。俺泣いてもいい?
「なぁ、俺ってメイクなしじゃキツイのかな」
「大抵の人はそうでしょ。ほら動かないで」
いや俺の周りは違うんだけど……。美少女と美少年ばっかなんだが。
「よし。あ、動かないで」
そう呟いて、何故かスマホで写真を撮られた。
「ちょっと待て。俺の黒歴史を残すなって」
「うるさいわね。ほら完成」
化粧を終えたのか、恋伊瑞は道具を仕舞いながら立ち上がる。
「もうすぐ出番でしょ? ……頑張ってね」
「お、おう」
そうして恋伊瑞に見送られ、舞台のほうへ。
このナレーションが終わったら俺の出番となる。
口パクで動きだけそれっぽくすれば、アフレコしてくれるらしいので、そう難しくはない。
「緊張してるねー、相馬君」
深呼吸をしていると、後ろから白波さんが現れた。
振り返り目が合うと、彼女は一瞬だけ瞳を大きくする。
そして――パシャリと写真を撮られた。
「後で消してねそれ」
「それは約束できないなー」
「てか俺、鏡見てないんだけどさ、どんなになってるの?」
「うーん、内緒」
「えぇ……」
それやばいやつじゃんか……。
「ほら、もう出番だよ。頑張って相馬君」
「……ありがとう。よし!」
ナレーションが終わる。俺の出番だ。
覚悟を決め、光の元へと歩き出す。
向かうは白雪姫が眠っている棺。そして見せ場の目覚めのキスだ。
(てか待って。今気づいたけど、椎名さんは俺が来るって知らないじゃん)
少し考えてみよう。
棺の中で眠っている椎名さん。彼女は森川さんが来ると思って眠っている。そしていざ目を開けると、そこにはなんと俺。
いや悲鳴上げられてもおかしくない。
しかし時すでに遅し。ナレーションは止まらない。
『そして王子は、目覚めのキスを』
もうやるしかない。
棺の中には、本物のお姫さまのような椎名さんが目を瞑っている。
心の中で謝りながら、キスをするフリをしようとしたその瞬間――ぱっちりと目を開いた椎名さんと目が合った。
そして、彼女はまだキスの演技が終わっていないのに棺から起き上がると。
――頬に柔らかい感触が当たった。
「「「………………え?」」」
会場は耳が痛くなるほどの無音。そして花火が打ちあがったように。
「「「えええええぇぇぇぇぇぇええええ!?!?!?」」」
体育館が揺れるんじゃないかというほどに、人の声で溢れかえった。
「は? え、はぁ?」
とっさのことに俺はその場で尻もちを付いてしまい、顔を真っ赤にして彼女を見上げる。
え、なに? は? 俺今、キスされた?
「ふふ」
混乱している俺を見下ろす椎名さん。そして、頬を赤らめた笑顔のまま。
「好きだよ相馬君。やっぱり私は、あなたが好き」
唐突に。予告もなしに。こんな晴れ舞台で。
俺は、人生で初めての告白をされた。
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