第六十話 きっと忘れることはない
文化祭も二日目を迎えた。
二日目である今日は一般公開日であり、近所の方々やら他行の友達やら受験生やらの来客が束になってやってくる日だ。加えて土曜日なので、結構な賑わいを見せている。
人が増えればそれだけトラブルも多くなるもので、それを見越してか文化祭実行委員も開始早々からフルメンバーで活動中だ。
各々休憩時間はあるが、一日目とは違い今日はほぼ仕事。職務を誠実にこなす必要がある。
不審者や問題行為をする不埒ものを発見した時のためにインカムまで支給されたので、警備を怠るわけにはいかないのだ。
とはいえ正門前では体育教師が来客の受付をしているので、そうそう変な奴は来ないと思う。
なので歩き回って抑止力となることが主な仕事となるだろう。
「お兄ちゃんだ。何やってるの?」
「お、泉。来てたのか」
聞き慣れた声に振り返ると、中学校指定の制服に身を包んだ妹がいた。
片手に綿菓子を持っているところを見るに、どうやら文化祭を楽しんでいるようだ。
「うん来たよー! 高校生の文化祭見てみたかったし、来年受験するところだからね」
「そうか。ちなみに俺のオススメ場所は校舎裏にある人の来ないベンチだな。トイレ行く時は北校舎一階だと人来なくていいぞ。人気スポットになったら困るから言いふらすなよ?」
「言わないし興味ないよそんなの……。それでお兄ちゃんは何やってるの? 徘徊?」
「仕事」
すると泉は口を手で覆いながら一歩後ずさる。
「お、お兄ちゃんが……仕事……!」
「なんで皆んな俺が仕事するだけで驚くんだよ」
これでも海の家で働いた実績があるんだからな。
いやあれも忙しい時間以外は外で飲み物売ってた記憶しかないな……。
とはいえ癪なので言い返してやろうとすると。
「あ、お兄さん! お久しぶりです!」
「大和も来てたのか。久しぶり。あとお兄さん言うな」
恋伊瑞の弟、大和が現れた。
相変わらず男の癖に可愛い顔をしているが、どうやら俺よりも泉が気になるようで、そこも前と会った時から変わっていないようだ。
「え、なに。一緒にきたの?」
「ううん違うよ。さっきたまたま会ったんだ。大和君もここ受けるから来てたんだって」
「ほーん」
ふぅ良かった。もし一緒に来てたとかだったらどうなってたか分かんないぜ、全く。
でもまぁ大和の顔を見るに、一緒に行こうと誘おうとしたが結局出来なくてたまたま会った事にしようとか企んでたんだろうな。
「そうだお兄ちゃん。恋伊瑞さんは!? 今日はいないの?」
「いつも一緒にいるみたいな言い方やめろ。多分どっかでバンドの練習でもしてるんじゃないか?」
「あー、だから姉ちゃん十三時に体育館絶対来てとか言ってたんですね。凄い張り切って家出てったから何事かと思いましたけど」
「……なぁ大和。俺がバンドやることバラしたの、恋伊瑞には秘密にしてくれ」
「あぁ大丈夫ですよ! 初見の反応得意ですから!」
そう言って胸を張る大和。
ありがたいけど、多分お前演技下手だと思うぞ。泉のこと好きなのバレバレだし。
「え! 恋伊瑞さんステージに出るの!? なんでそんな大事なこと言わないのお兄ちゃん!」
「いや俺今日お前が来ること知らないかったしな……」
「全くもう。絶対見に行かなくちゃ!」
「あ、相馬さん! 俺も行こうと思ってたんで、その一緒に、とか……!」
「当たり前だよ大和君。恋伊瑞さんの晴れ舞台はしっかり見なきゃ!」
「え!? あ、はい!」
勇気を出した大和だが、泉の中では同行することが決定していたらしい。
「じゃあ泉達は時間までいろいろ見てくるね」
「はいよ。規制されてる場所には行くなよ。着替え途中の着ぐるみの人とかいるから」
「子供じゃないんだから分かってるって」
「一応、文化祭実行委員だからな」
そんな俺に、何故か泉は微笑む。
「泉は嬉しいよ。バイトに引き続き、学校行事の仕事してるなんて前のお兄ちゃんじゃ考えられなかったもん。じゃあまたねお兄ちゃん。お仕事頑張ってね」
言うが早いかそのまますたすたと階段を上がって行ってしまい、直ぐに姿は見えなくなってしまった。
「あ、じゃあお兄さんまた! 相馬さん待ってー!」
同じように取り残された大和も、急いでその後を追う。
「忙しないなあいつは」
泉に言われたことが頭に残る。
前の俺と今の俺の違いは何なのだろうか。
この世に変わらないものなんて存在しない。人間なんてその最たる例だろう。それがプラスであれマイナスであれ、移り変わってゆく。
斎藤も、杏奈さんも、白波さんも、椎名さんも、森川さんも。
恋伊瑞だってどこかで何かが変わり続けている。
だから俺も、相馬湊だってそうなのだろう。
きっと何かが変わっているのだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
十三時を迎えると、体育館は人で溢れかえっていた。
どこかに泉と大和もいるのだろうが、この中から探し出すのは骨が折れるのでやることはない。
既に館内は暗く、騒ぎ立てる観客いないことから、これからライブが始まるのだろう。
俺は昨日と同じように一番後ろの壁に背中を預け立ち見である。やっぱり俺にはこういう場所があっているのだ。
前のほうで声援を目一杯送るなんてとてもじゃないが出来る気がしない。一番前の席にいるのほとんど女子だし。ペンライトとうちわ持ってるし。
「佐久間君ギターなんでしょ? 楽しみ~!」
「ね~!」
やはり佐久間目当ての客は多いらしい。おそらく恋伊瑞目当ての客もいるだろう。
そんなことを考えながら待つこと数分。
ステージの幕が開くと、バンドメンバーに光が当たった。
「「「きゃーー!! 佐久間君ーー!!」」」
まだ何も始まっていないのに、黄色い歓声が体育館に響き渡る。
それに微笑みながら手を振って答える佐久間は、ムカつくがやはりカッコいい。ムカつくが。
しかし佐久間程では無いが、大きな声援を貰っている奴がもう一人いる。
「小和ー!」
「恋伊瑞さーん!」
おそらくバンドメンバーでお揃いにしたのであろう色違いのTシャツと制服のスカート。とてもカジュアルな装いだが、それでも似合ってしまうのだから人間は不平等である。
恋伊瑞も声援へ手を振りながら笑って答えているが、若干の緊張が見て取れるのは仕方のないことだろう。
ステージに立つメンバーは一斉に顔を見合わせると、ライブが始まる。
ドラムから始まり、ベースとギターもそれに続く。
有名な曲だった。俺でも知っている、話題になった映画の曲。
恋伊瑞と見に行った、あの映画の曲だった。
視界に在るのは自分の足。
知っている。もうすぐ前奏が終わる。
そうしたらアイツが歌いだすのだ。それだけはしっかりと見なくちゃいけない。
館内の光が集まるステージに顔を向ける。目が眩みそうになりながらも、腹の奥にある感情を抑えながら。
そして恋伊瑞は歌いだす。
マイクを細腕で持ちながら、それでも息を吸い、ゆっくりと。
――やっぱりお前は凄いよ、恋伊瑞。
カラオケで恋伊瑞の歌声は聞いたことがあったが、それ以上だ。
間奏に入ると、佐久間は恋伊瑞に笑顔を向ける。そして恋伊瑞も笑顔で返した。上手くいったことを互いに褒めあい喜ぶように。
……よかったな恋伊瑞。佐久間との距離が縮まって。
皆、熱気に取り込まれたように前へ前へと押し進んでいく。暗闇から光のほうへ、まるで一つになるように。
俺はそこには行けないけれど。でも、それでも目に焼き付ける。恋伊瑞の頑張りを、恋伊瑞の勇士を。
黒く渦巻く感情に蓋をし、目を背けながら。
この眩しいステージを忘れないように。
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