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第五十九話 その気持ちは寝たふりをする


 ステージ裏に居てもやる事が無いので客席へと移動する。

 薄暗い館内を人を避けながら進んで行き、一番後ろの壁に寄りかかると全体を見渡すことができた。

 体育館に並べられたパイプ椅子に空きは無く、俺と同じように立ち見客も大勢いる。


「あ、こんなところにいた! すぐどっか行くんだから」


 遠いステージを眺めていると、小柄な体格を器用に動かし人の波をかき分ける恋伊瑞の姿があった。


「何やってんだよ恋伊瑞。こっち来ていいの?」

「別にいいでしょ、私出番ないし。てか人多すぎない!? 相馬追っかけてる途中で見失っちゃうし無駄に疲れたわよ」

「主役が椎名さんだからなー。そりゃあ人も集まるだろ」

「へー、やっぱりあんたも楽しみにしてるからわこっちに移動したんだ。へー」

「いや違うけど……」


 単純に居づらかったから移動したんですけど……。


「あ、始まる」


 恋伊瑞が呟くと、まるでタイミングを合わせたかのようにステージに光が灯った。

 どうやらついに舞台の幕が上がったようだ。


「むかしむかしのお話です。一人の王女様が可愛らしい女の子をお産みになりました。その子の肌は雪のように白く、名を白雪姫と言いました」


 刹那、スポットライトが一点に集結する。

 白雪姫に扮した椎名さんは、その光を一身に受けながらとびきりの笑顔を見せた。

 

「「「「おぉ……」」」」


 各所で小さな声が重なる。まさに声も出ないというやつだろう。

 いや分かる分かる。俺も隣に恋伊瑞がいなきゃ堪えれてないと思うしね。だからそんな冷たい目で見るのは止めて下さい恋伊瑞さん……。


「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」


 悪い顔をした王妃がそう聞くと、斎藤力作の魔法の鏡は光りだす。

 すげー、あれどうやってんだろ。てか小道具班と大道具班の気合の入り方が半端じゃない。でこぼこした杖とか木材削って作ってたしな。


 物語も進み、毒リンゴを食べて眠ってしまった白雪姫。棺に入れられ、その周りを七人の小人が囲った。

 

「どうしたの相馬? なんか難しい顔してるけど」

「いや、そろそろだなと思って」


 次のシーンに出てくる人物のことを考え、冷や汗をかく。そしてついにその瞬間が訪れた。


「おぉ。これはなんと可憐で優雅で純粋な美しいお嬢さんだ」


 王子様役の森川さんの登場である。

 なんかセリフが多い気がするが、練習でもこんな感じだったので許容範囲だろう。


「王子様! この方はもう息をしていないんです!」


 小人の一人である新井は、両手を合わせながらそう言った。意外と演技派なのかもしれないなあいつ。動作はうっとおしいくらい大きいけど。


「おぉそれは可哀想に……」


 王子は白雪姫の入った棺に近づく。

 

 客席では「王子様の目、かっこよくない!?」「森川さんでしょ!? やっぱり顔がいいと男装も似合うんだ!」と、主に女性陣が盛り上がっていた。

 だが俺は知っている。森川さんが白雪姫に向けるあの凛々しい眼差しは不純百パーセントで出来ていることを。


「美しき白雪姫よ。せめてもの慰みに、私の口づけを――」


 俺も恋伊瑞も観客も、おそらく体育館にいる全員が同じ一点を見つめているのだろう。

 王子は白雪姫に顔を近づける。


 そして――頬にキスをした。


「「「わぁぁぁあああ!」」」


 これには女子も男子も大歓声。絶対に一日目の文化祭で一番の盛り上がりである。

 てかあの人、マジでやりやがった……。めっちゃ満足そうな顔してるし。


「うーん。私は今まで何をやっていたのかしら……」


 体を起こした白雪姫は、そのまま棺から出てくる。


「白雪姫ー!!」

「王子さまー!!」


 その盛り上がりは絶えることはなく、記念すべき一日目『白雪姫』は万雷の拍手で幕を閉じた。

 それにしても椎名さんはもっと自分の身の安全を考えたほうがいいと思います……。


「まぁ驚くことはあったけど大盛況だしよかったわね。明日は私のバンドあるからちゃんと来なさいよ?」

「分かってるよ。絶対行くって」


 文化祭二日目には『白雪姫』の劇だけではなく恋伊瑞のバンドもある。


「じゃあこの後も練習あるから私もう行くね」

「おう。頑張れな、応援してる」

「うん!」


 見送りのために掲げた手を、重力に任せて乱雑に下す。

 楽しみにしている気持ちに嘘はない。成功してほしいと、恋伊瑞にとって良い思い出になってほしいと本当に思っている。


 でも何故だろう。

 体育祭で佐久間に抱いた気持ちを思い出してしまうのは。


 本当に自分が嫌になる。こんな気持ちは間違っているはずなのに、正しくないと分かっているのに。

 それでもバンドの話を聞いてからずっと頭の中から離れない。


 俺は恋伊瑞にムカついているのだ。


お読み頂きありがとうございます。


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