第五十八話 その輪に入れずとも
「そういえばあの二人は? てっきり三人で回るもんだと思ってたけど」
縁日を後にし、特に目的もなく歩く途中で聞いてみる。
「小和は明日に備えて練習だって」
「文化祭中も練習か。頑張ってんだな」
きっと今も軽音部の部室とか借りて練習してるのだろう。
「まぁ午後から時間空くらしいし、その時までは別行動ってこと。で、杏奈は――」
言葉が詰まった彼女は一方向を見つめる。
視線につられて俺も顔を動かすと。
「杏奈はあれだから」
そこには仏様もびっくりな笑顔の杏奈さんと、爽やかな笑顔の斎藤が丁度お化け屋敷から出てきたところだった。
「お化け屋敷から出てきた顔じゃないな」
「本当にね」
手には風船、頭には変なカチューシャとお祭りを心の底から楽しんでる様が見て取れる。
そりゃあ想い人と一緒だったら楽しいよなぁ。
てか斎藤も満更じゃないだろあれ。
「なんだかんだ上手くいってそうだな、あの二人」
「ね。羨ましいなー」
確かに羨ましい。
いや本当に見つけたのが斎藤と杏奈さんで良かったよ。
これが名前も朧げなクラスメイトとかだったら藁人形を持って神社に向かうくらいは平気でやってると思う。
「あれ。なんかあの二人慌て出したけど」
「んー? ってそうだ! もうこんな時間だった」
「え? こんな時間って?」
スマホで時刻を確認した白波さんは、あの二人と同様に焦り出す。
時間的にはお昼前くらいだけど、何か予定があるのだろうか。
「何か予定あるなら俺のことなんて気にせず行っていいよ。大事な予定なんでしょ?」
「……今以上に大切な時間なんてないんだけどね。
てかこの後の予定、相馬君にも関係あることだよ」
スケジュールを守ることには定評のある相馬君だ。約束した予定は絶対に忘れない自信がある。だって予定が立つことなんて無いからね!
カレンダーとか真っ白。俺が誰かと予定を立てたら舞い上がって毎日その日のことを考えているまである。
「いや全く心当たりないけど……」
すると彼女は呆れたように息を吐きながら。
「クラスの演劇。公演時間はお昼過ぎだったでしょ」
……初めて知りました。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「小人の帽子どこにある!?」
「鏡持つの誰か手伝ってくれー!」
「ヤバ、髪留め無い! 誰か余ってる?」
体育館のステージ裏に入ると、クラスメイト達が忙しなく動いていた。
椎名さんや森川さんといった役者組は衣装に不備がないかの最終確認、その他の人らは小道具の確認の真っ最中。
斉藤と杏奈さんも先に到着しており、既に準備に勤しんでいた。
「霞遅いよー。こっち手伝って!」
「はいはーい。じゃあ相馬君行ってくるね」
そう言うと、彼女は胸の前で手を振りながら呼ばれた方へ向かう。
頼られてるなー、白波さん。俺マジで雑務くらいしかやってないんだけど。
「あんたはいつも通り暇そうね」
「こんな端っこで突っ立ってるんだから、お前も人のこと言えないだろ」
「私は今来たところだからいいのよ」
「暴論過ぎる……」
いつのまにか隣にいた恋伊瑞は、走ってきたのか少し肩で呼吸をしていた。
「あっち行かなくていいのか? 体裁というか、なんかそういう面倒くさいのがあるんじゃないの?」
「あるけど、まぁ今は大丈夫じゃない? みんなあっち見てるし」
視線の先にはステージと裏部屋を遮るカーテン。
全員が自分たちより前の出し物を緊張した面持ちで見つめている。
「もう前のクラス終わるよ!」
「よし、えんじーん! 円陣組むよー!」
その一言で、クラス連中が中央に集まり自然と輪を作り出す。
「小和ー、こっちこっち」
杏奈さんは自分と白波さんの間にスペースを作り出すと、そこへ手招きをした。
「あ、今行くー。……相馬は?」
「いや無理でしょ。行けない行けない」
「ふーん。私と斎藤君の間とかなら平気なんじゃない?」
「いやいいよ。何もしてないのに円陣とか入れないし」
てかどっちにしろお前と肩組むとか無理だし。絶対にキモい顔になる。
「うわー、マジ緊張ヤベー!」
「ちょっと新井。口に出すなって!」
「それに誰も新井なんか見てないから平気だよ」
「ひでぇ!」
大きめのリアクションを取った新井に、普段仲の良い陽キャ達がクスクスと笑い出す。
その安っぽいやり取りは、緊張が張り詰めた空気を崩すのに丁度良かったらしい。
そして示し合わせたかように円陣の中心に手を伸ばす。
視線の先で恋伊瑞と目が合った。その顔は少しの怒りが入っているのかムッとしている。
彼女が何を言いたいのかを何となく察し、俺は首を横に振って返答をした。
いいんだよ俺は。自信を持って参加できないなら最初から入らない方がいい。
「一のB! 行くぞー!!」
「「「「「おぉぉおお!!!」」」」
さっきまでの不機嫌そうな顔はどこへやら。
今ではすっかり杏奈さんと白波さんと一緒に笑い合っている。
完成された円陣を遠くから見つめるのは、案外悪いものではなかった。
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