第五十七話 照準の行き先は
俺たちの仕事は見回りである。
適当にブラついて何かあったら注意すればいいと思っていたが、なるほど確かに遊んではいけないと言われはしなかった。
マップを片手に歩くのも、クラスの出し物で遊んでいても、仕事をしていれば問題はない。
俺たちと同じように見回りをしている文実の男女が自主映画上映会に入っていたとしても仕事をしていれば問題はないのだ。
いや大ありだろ、カップルで仕事すんなよ。
と文句を言ったはいいものの、今の俺が文句を言える立場なのかは懐疑的だ。
俺の隣では白波霞が華やかな校内に目移りしながら歩いていた。
てかこれ自然過ぎて気付かなかったけど、女子と二人で文化祭回ることになってる?
「いろいろあるねー。何から行く?」
律儀にマップを見せながら聞いてくる白波さん。
物理的に距離が近くなってしまったので、恥ずかしさから少し離れながらそのマップを覗かせて頂く。
そこには『フランクフルト』やら『占いの館』やらとシンプルな名前の場所もあるが、やはり大半が気取った感じの名前で記載されていた。
具体的には「韓国、激辛、映え」が入った名前な。なんにでも付ければ良いと思わないで下さい。
なので『まさに韓国! 映えすぎて困る激辛ハットクここに参上!』というクラスに行くことはないだろう。
なんだよまさに韓国って。韓国じゃねぇよ。
「そうだなぁ」
正直行きたいところとかあまり無いのだが、白波さんに聞かれてしまった以上答える義務がある。
優柔不断な男は嫌われるからな。ここはバシッと決めてやろう。
「えー、あっと。じゃあ縁日とか、どう?」
とりあえず目の前にあった出し物を指定してみる。
てか待って、もしかして俺めっちゃキモくない?
不安になりながら白波さんの顔を見ると。
「いいねー、行こ行こ!」
どうやらキモがられてはいないらしい。
よかったー。女子が本当に不快に思ってる時ってチビるくらい怖いからな。
小学生の時、瞳とパンツを濡らして帰宅したのはいい思い出だ。……あれは本当に辛かったなぁ……。
「らっしゃい!」
教室に入ると、赤白の捻り鉢巻を頭に付け、法被を纏った店員が出迎えてくれた。
教室内には提灯やお面などが飾られており、中央には小型の櫓が聳え立っている。
「射的、輪投げ、的当て、お好きな屋台へどうぞー!」
このクラスはFPSに重きを置いているのだろうか。
「射的だって。相馬君得意?」
「屋台で特賞狙って全外ししたことあるくらいかな」
「つまり才能なしってことだね」
「そこは『苦手なんだね』とか『下手ってことだね』とかじゃないの?」
「言葉間違えちゃった」
言いながら、わざとらしく口を手で覆う。
ニヤけてるのが隠せてませんよ白波さん。
「一応言っておくと、人生で一回しかやったことないからね。もしかしたら才能あるかもしれないし」
やってみなくちゃ分からないという素敵な言葉を知らないのかよ。いやまぁやった結果ダメだったんだけどさ。それはそれこれはこれだ。
一回の失敗で全てを諦めてしまうのはもったいない。
「じゃあはい。わたし、あれ欲しいなー」
俺に射的銃を渡してきた彼女は、一つの景品を指さした。
あれ、いつの間にやる流れになったの? 自然すぎて受け取っちゃったし。
とりあえず指示された景品を見てみると、中段に置かれたラムネ。コンビニとかでよく見るやつだ。
「あれでいいの? 特賞って書いてあるやつじゃなくて」
上段のど真ん中には『特賞』と書かれた馬鹿デカい発泡スチロールが陣取っている。
デカすぎて逆に当てやすそうなんですけど……。
「いいのいいの」
「まぁそう言うなら……」
「うん。期待してるよー。頑張って相馬君」
……いやいや、まさか女子に応援されたからって張り切ろうとか思ってないですよ? でも白波さんお菓子欲しいって言ってるし俺だって射的で景品取りたいし、下心とか全くないけど仕方ないから全力で取ってやるぞあのラムネぇぇぇ!
「…………」
見事に全外し。六発全て明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「ふ。ふふふ。……はぁー、ドンマイ相馬君!」
「笑ってるよね?」
「笑ってないよ。ふふ」
どうやら俺に射的の才能は無かったらしい。
「はぁー、笑った。じゃあ次わたしの番ね」
「え? 白波さんもやるの?」
「もちだよ。じゃあいくよー」
白波さんは両手で銃を構え、片目を瞑る。照準が定まったのか、ふらふらしていた銃先がピタッととまり――。
パシュッ! ぽん、コロン。
「おめでとうございまーす! 景品をどうぞー!」
見事に一発でラムネを仕留めた。
「やったー! ぶい」
ラムネを握りながら手でピースをする白波さん。
か、かっけぇ……。思わず見惚れちゃったよ。てか俺全弾スカッたんですけど。
「どうやらわたしの方が射的の才能あったみたいだね」
「完敗だよ。これから射的の名人はって聞かれたら白波さんって答えるくらいには感動した」
「それただの嫌がらせだからね?」
白波さんはラムネの蓋を開けると何粒か取り出す。
「でも相馬君もわたしのために頑張ってくれたしね。ご褒美をあげるよ」
「え? じゃあ有難く貰お――ぐむっ!?」
ラムネを貰おうと手を差し出した瞬間、ラムネは俺の手ではなく口へと直接運ばれた。
「は、ちょっ!? 白波さん!?」
「あはは! かっこよかったよ、相馬君!」
口の中でラムネが弾ける。
すっきりとした仄かな甘みは俺の全身へと伝わっていき、次第にシュワシュワとくすぐったい感覚が体を震わせた。
射的の才能があると自称した彼女。
なるほど。確かに彼女には女スナイパーとしての才能があるみたいだ。
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