第五十六話 祭りの始まり
暗闇の中、生徒たちのざわめきが響き渡る。
体育館のカーテンを閉め切り、隙間ができないよう段ボールで補強までされていることからも、確かにここに暗闇が生まれていた。
疎らと光るスマホもこの暗闇を明るく照らすには心許ないだろう。
真横に座る奴の顔すらぼやけてしまう暗闇。
しかしそこに不安がないのは何故だろうか。
これから始まることへの期待なのか、他人との境界線が曖昧になったことへの安心なのか。
ただ一つ分かるのは、誰も彼もがこの非日常を心待ちにしていたということ。
ステージに一筋の光が舞い降りる。
暗闇を引き裂くかのごとく映し出されたスポットライトの中央には一人の生徒。
その他大勢とは異なる存在だと言葉なくして分かるその出現に、しかし口を挟む者は一人としていなかった。
一つ、また一つとざわめきが消える。
訪れるのは痛い程の静寂。示し合わせをしたわけではなく、ただ自然と、その瞬間を待っていた。
冷めない熱が温度を増していく。
刹那、ステージに光が爆ぜる。
『みんな盛り上がってるかー!!』
「うぉぉぉおおお!」
『楽しむ準備は出来てるかー!!』
「おぉぉぉぉおお!」
『全力で行きまっ――――!?』
「SHOWー!!」
文化祭実行委員長のコールで体育館内は熱狂の嵐に包まれた。
そしてステージ上には爆音のミュージックと共にダルンダルンな洋服を着たダンス部の皆さんが登場する。
暗闇だった場内はライブハウスのようになり、コールで盛り上がった熱狂そのままに、ダンス部の真似をしてへにゃへにゃ踊ったり、それをスマホで撮影したりと大盛り上がり。
うわぁ……、ついてけねぇ……。
そのノリは陰キャにはキツいって。
一気にIQが下がった気がするが、まぁ文化祭なんてこんなものだろう。
「とりま出るか……」
早くこの場から脱出しなければ。
この雰囲気に当てられて、新井みたいに不思議な踊りを披露してしまうかもしれない。
……あれ動画で撮られてるけど黒歴史とかにならないのだろうか。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
文化祭は二日間で行われる。
一日目は生徒のみ、二日目からは一般客も入れるらしい。
故に今日の学園にいるのは学生と教師のみなのだが、制服を纏っている生徒はあまりいない。
コスプレ衣装に身を包み、早くも呼び込み合戦が始まっている。
そんなフェスティバルな世界の住人を横切りながら、中庭へと到着。
「仕事仕事」
呟きながら『実行委員』の腕章を安全ピンで固定した。
文実一年が担当する当日の仕事は学内の見回りである。
さて歩き回ろうかというところで、視界の端に見知った顔が映り込む。
白波さんも気づいたようで、俺を見ると何故か冷たい視線を向けられる。なんでですか。
彼女は胡乱な眼差しを崩すことなく此方へと歩いてきた。
「探したよ相馬君。まさかこんな人の多い場所にいるなんて」
「俺がいつも人気のない場所にしかいないみたいな……。まぁ合ってるんだけどさ」
「それで何やってたの? こんな場所で」
可愛く首をかしげながら聞いてきたので。
「仕事してた」
「仕事中……?」
何故か訝しがられた。
「黄昏ているのかと思ったよ」
どうやら俺は仕事をしているように見えなかったらしい。いや言われてみれば別に仕事してなかったわ。
「まぁこれから仕事だからさ。適当に歩き回ってくるよ」
一応、文実一年の中でシフトが組まれているので仕事時間はしっかり仕事をしなくてはいけない。
決まっているならそれを破るわけにはいかないとか思ってる俺は社畜の適性が高いのではないだろうか。いやだなぁ……。
そして歩き出そうとすると。
「おっけー。じゃあどこから見回りする?」
「え?」
彼女はマップを開きながらそう聞いてきた。
俺の理解が追い付いていないのを察したのか、白波さんは自分の腕に付いた腕章を突きながら。
「ほら、わたしも当番なんだよ」
「そうなんだ。え?」
「じゃあほら。出発ー」
心なしかテンションの高い彼女は俺の腕を引きながら歩き出し、それに吊られて俺も歩き出す。
いつもダウナー気味の白波さんでさえ、このフェスティバルの熱気には抗えないらしい。
俺の周りでも、知らない所でも、きっとどこかで何かが起こる。祭りとはそういうものであり、何も無くてもそれすら青春となるのだろう。
そんな群像が交差する文化祭は、まだ始まったばかりであった。
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