第五十五話 祭りの音はすぐそこに
段々と肌寒い日が増えてきた。
しかし一日一日と下がっていく気温とは裏腹に、我が高校は熱を帯びていく。
静々と廊下を歩いていると段ボール箱を抱えた生徒とすれ違い、窓から外を見ると文化祭実行委員メンバーがテントやらベンチやらを設営していた。
今日は丸一日かけての前日準備ということで、朝から生徒がせわしなく動いているのだ。
それは俺のクラスも変わらぬようで、教室に入る前から騒がしさが伺える。
「お、湊。見てくれよこれ、どう?」
「すげぇ。よく作ったなこれ」
教室に入ると、巨大な鏡を支えた斎藤が声をかけてきた。
段ボールで作製されているので鏡としての役割は果たせないが、それでもお伽話で出てきた魔法の鏡と一目でわかるデザイン。
「枠組みは俺が作って装飾を友坂さんがやってくれたんだよ」
「友坂さん?」
急に知らない名前が出てきて聞き返してしまった。
「友坂杏奈さんだよ。それくらい覚えとけよな」
「あ、あー……」
杏奈さん、そんな苗字だったのか……。
いやはやそれにしても、知らない間に二人は仲を深めることが出来ているらしい。
「っと、俺まだ作業あるから行ってくるわ。文実がんばれよ」
「ありがとな」
斎藤含め、前日というだけあって皆作業に没頭している。
杏奈さんと恋伊瑞はくっちゃべりながら宣伝用看板を制作しており、椎名さんと森川さんは演劇メンバーでシナリオの読み合わせ。
いつも通り特にすることが無かった俺は、端に寄せられた椅子に腰かけながらポケーっと眺める。
「相馬君も出る? 七人の小人が八人になってもいいんだよ?」
「いや文実あるから……」
すると白波さんは台本で口元を隠しながら。
「相馬君の小人役面白そうなのに」
「いや無理だから……」
普通に生きているだけでボッチになってしまっているのに、七人と仲良しの演技なんて出来る気がしない。
「そうだ。この後の予定覚えてる? 文実の仕事あるでしょ?」
「覚えてるよ。気乗りはしないけどね」
「わたしは楽しみだけどなー」
俺たちはお昼後から始まる校内の装飾係に任命されている。
踊り場や下駄箱周辺などがその対象で、色付きの造花や輪つなぎ、バルーン等をオシャレに配置していくのだ。
各クラスから何名か有志で協力してくれるらしいが、それでも人が足りるとは思えない。
しかもあれでしょ? こういうのって映えを気にしながらやらなきゃいけないんでしょ?
俺の担当箇所だけ「地味じゃね? ありえなくね? 盛り下がるくね?」とか言われる未来しか見えない。
「大丈夫だよ、わたしも隣にいるし。ね?」
「え、マジで?」
「最初からそうだと思ってたけど?」
マジか、その一言で肩の荷が下りた。
「白波さんがいて良かったよ。俺のせいで文化祭が終わるかと思ってたから」
「マイナス思考なのか自意識過剰なのか分からないね君は」
心配事が無くなり、思わず息を吹くがそれもつかの間。
「それに、その後もベンチの設営とか金券の予備作成とか仕事はあるからねー」
「そうだった……」
仕事って増えることはあっても無くなることはないんだった。当日も仕事あるし。
仕事の少ない一年でこれとか、三年はどうやってこなしているのか疑問すぎる。まぁ多分やらなきゃ終わらないからやるしかないんだろうけど。
そしてきっと、それを楽しめるのが本物と偽物の違いなのだろう。
「楽しみだねー」
「そうだね」
熱狂も軽躁も苦労も後悔も、青春の二文字に集結される祭典。
――文化祭が始まろうとしていた。
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