第五十三話 役者決め
「会議の結果『白雪姫』に決まりました」
白波さんの言葉にクラスが沸き立つ。
演劇を行うクラスはうち以外にも複数あったのだが、それぞれ希望する脚本にかぶりがなかったため水が流れるようスムーズに決定ができた。
どれだけスムーズだったのかというと、二時間予定の会議が一時間で終わったくらい。二時間会議とか耐えられる気がしませんよ……。
「シナリオは事前に配ったやつです。じゃ今から配役決めてきます」
淡々とした司会と共に、俺は黒板へ不格好な字で役を書き出す。白雪姫、王子、王妃、狩人、七人の小人……あとはその他の役割か。
大道具や小道具、ナレーションなんかもここに入ってくる。
照明や音響は文化祭実行委員の高学年が担当するらしいので、俺たちは希望を伝えるだけでいいらしい。
「それでは配役の立候補や推薦がある人ー?」
俺が書き終わったのを確認した白波さんは、クラスメイトに向かって透き通った美声で挙手を煽った。
「はーい! やっぱり白雪姫は椎名さんでしょ!」
前回と同じくいの一番にそう宣言したあら、あら……なんだっけ。あらなんとか君は当然とばかりに推薦する。
もはや推薦なのかも怪しいが、まぁこれは予定調和だと思う。
俺だって白雪姫役は誰って聞かれたら迷わず椎名さんって言うし。
「さんせーい!」
「てかそれ以外なくね!?」
クラス連中も元々そのつもりだったのだろう、椎名さんを神輿に担ぎ上げわっしょいわっしょい。
その盛り上がりに若干嫌悪感を抱いていると。
「椎名さん、どう?」
「私でいいなら……!」
照れながらも二つ返事で了承した彼女に拍手が起こる。特に男子。
もし椎名さんがやりたくないのに雰囲気的に断れない、なんてことになったら俺が強引にでも止めなきゃとか思っていたが杞憂に終わって良かった。
それにもし辞退していたとしても、彼女の後に手を挙げれる奴なんていないだろう。
恋伊瑞か白波さんなら文句を言える奴はいないと思うけど、この二人はギャル感出ちゃうだろうしな。
「じゃあ白雪姫役は決定で」
「うん! 頑張ります!」
椎名さんの白雪姫姿、絶対似合うだろうなと思いながら黒板に名前を書き込む。
「では次に王子役」
その瞬間、西部劇のガンマンさながらの速さで男子の手が上がる。
挙手しているのは見事にクラスの中心に位置する男子どもだ。あらなんとか君も「やるべー!」とか言いながら参加している。
「うーん、じゃあジャンケンで」
「待って霞さん」
「はい?」
冷静な提案をした白波さんに待ったをかけたのはクラスのまとめ役、誰もが知ってる加藤君だ!
知らないよね、俺も加藤って苗字しかしらない。
しかしあの陽キャ、白波さんを下の名前で呼んでるけど絡みあったのかな。
なんて思っていると、隣で小さく。
「話したこともないのに名前呼びとか引く……」
どうやら話したこともないらしい。
勝手に白波さんからの好感度を下げている加藤に内心笑いつつ、話の続きを待つ。
「莉緒に決めて貰うっていうのはどう? ほら、演劇だしやり易い相手の方がいいだろ?」
おっと何を言ってやがるんですかねこいつは。
椎名さんを名前呼びしてるのは置いとくとしても、その提案は肯定出来ない。
自分が選ばれる自信があるのか知らないが、あまりにも自分本位だ。
全てを委ねられたその重みをこいつは分かっていない。
「それは――」
却下だ。
そう言おうとしたその時、椎名さんの後ろの席から般若が見えた。
狂気のガチレズさんが殺気の圧を放っている。
『相馬くん、分かってるよね~? りーちゃんと男子がキスする話なんてダメだよね~?』
凄いよ俺。森川さんの殺気を浴びるだけで何を言われてるか分かる……。
いやでも森川さん! 俺だってフリとはいえ見たくないけど仕方ないよ!
『…………』
いや怖い! せめて何か言って下さい怖いです……!!
考えろ、考えろ俺。
このままじゃ俺の命が保証出来ない。
「どうしたの相馬君?」
「あ、いやえっと」
「ん?」
白波さんに心配されながらも頭を働かせた結果。
「お、王子役も女子がやるのはどうでしょうか!」
脊髄反射で言葉が出てしまった。
「いやいやそれは――」
「それいいかもね!」
「え、莉緒!?」
加藤が俺の提案を否定しようとしたのと同時に、なんと椎名さんから援護が贈られた。
会議では何を言うかではなく、誰が言うかが大事だ。
そしてこのクラスの頂点に君臨する椎名さんが言うことは大体通る。
「確かにいいかも!」
「このクラス女子レベル高いしアリじゃね?」
そんな雰囲気になってしまったら加藤も黙って座るしかないようだ。
「改めて王子役をやりたい女子はいますかー?」
私やりたい! という生徒は当然ながらいない。
まぁ言い出しっぺの俺が森川さんを推薦して――
「じゃあ恋伊瑞さんは?」
挙手もせずに誰かが言う。
「えっ……?」
突然に名前を呼ばれた恋伊瑞は、口をポカンと開けまだ理解出来ていないようだ。
「いいかも! 椎名さんと恋伊瑞さんなら絶対客集まるし!」
待て待て待て!
確かに恋伊瑞なら椎名さんと並んでも見劣りしだろうけど、この二人はダメだ!
「……」
「……」
彼女らはお互いに見つめ合ったと思ったら、苦虫を嚙み締めたような顔でそっぽを向く。
「ふ、ふふ。相馬君ナイスだね」
「白波さん笑いごとじゃないから」
そりが合わないこの二人がキスシーンとか地獄すぎるだろ……。
それを無視したとしても、そもそも恋伊瑞は目立つことが得意じゃない。
「わ、私……演技とか出来ないし……」
「いいじゃん大丈夫だって!」
若干馴れ馴れしい男子が恋伊瑞をヨイショする。
それに便乗してその他も乗っかり、さっきの椎名さん同様、断りずらい雰囲気が出来上がってしまった。
「いや……でも……」
一瞬、恋伊瑞と目が合った気がした。
もしかしたら白波さんを見ただけなのかもしれないが。
そして彼女はグッと息を飲み込むと。
「や、やります……」
微塵もやりたくないくせにそう宣言した。
本当に嫌いだ。
さっきは椎名さんだから上手くいっただけで、恋伊瑞はそうじゃない。
それなのに勝手に祭り上げ、有無を言わさない空気を作り出す。それを良い行いだと思い込んでいるこの空気感が昔から嫌いでたまらない。
「はい、相馬君」
黒板の前で挙手をした俺に、まるで分っていたかのようなトーンで指名する白波さん。
「恋伊瑞は当日別の予定があるので王子役は出来ないと思います」
「そ、相馬……」
そんな辛そうな顔するくらい嫌なら最初から拒否しろよな。出来ない気持ちも分かるけどさ。
しかし俺の話が初耳だったらしい杏奈さんと白波さんは、俺の意見よりもむしろそっちに驚いていた。
「そうなの小和?」
「あ、その。うん……。だから、ごめんなさい!」
席を立ちながらお辞儀をした恋伊瑞に追い打ちをかけられる奴なんていなかった。
「でもどうするのー? 恋伊瑞さん以上の適任なんてさー」
強面の女子が俺に意見を出してくるが残念だったな。杏奈さんの方が怖いから俺には効かない。
なので自信を持って口を開く。
「森川さんを推薦します」
椎名さんと仲がいい上に、裏の顔さえ見せなければ美少女な彼女。
しかも今回はキスシーンとかいう場面があるので森川さん以外を推薦したら俺が殺される……。
「森川さんには賛成なんだけど……一個だけよくないところがねぇ」
「それねー」
完璧だと思った提案だったが、何故か女子からの賛成が薄い。
疑問に思っていると、一人の発言で納得がいった。
「王子様役はちょっと……」
……あー、なるほどなるほど。
森川さんが男性役をやるとなると発生する問題。確かに潰せる大きさじゃないですもんね……。
恋伊瑞なら、とか考えるのを辞めた俺を褒めてほしい。
「大丈夫だよ! Bホルダーと腰にタオル詰めれば段差はなくせるから!」
「あ、そーなの。じゃあ平気かー」
解決策が出たが、その間喋っていたのは女子のみである。
思春期男子は入りずらいよね!
「じゃあ森川さん、どう?」
「うん、いいよ~」
森川さんが了承したことでメインの配役が決定した。
それから残りも配役も決まっていき、裏方もメンバーが固まる。
来週から練習が始まるけど、森川さん本当にキスとかしないよね……?
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