第五十二話 隠す気持ち
この寂れたベンチでお昼を食べるのも久しぶりな気がする。
最近は昼休みに文化祭実行委員会議が行われることもあり、なかなか一人でゆったりとお昼を食べれる時間が無いのだ。
なんで昼食を食べながら仕事をしなきゃいけないんですか! 休憩時間なのに休憩してないじゃないですか!
学校は社会に出るための場所と言われているが、つまり社会に出たらこれが普通になるのだろうか。
過去にはトラウマ、未来には絶望、消去法で現在が一番マシに思えるのだから人生とは難しいものだ。
「おはよ」
「おはよって時間じゃないけどな。おはよ」
「一言多いのよあんたは」
俺の秘密の場所を知っている数少ない人物の一人、恋伊瑞が現れた。
可愛らしい布包みに入ったお弁当を片手に持ちながら、俺の横へと腰を下ろす。
「ここの自販機ホント終わってるわよね。置いてある意味ないじゃない」
「紅茶はないしな。でもほら、追加された水ゼリーっていうやつ意外と美味いかもしれないぞ」
「名前からマズそうなんだけど。てか飲んだことないのに勧めないでよ」
彼女はここへ来るまでに買っておいたのだろう紅茶で喉を潤わせながら、小さなお弁当を開いている。
前から思っていたけど小食すぎるだろこいつ。女子とはいえ高校生がそんなカロリーで生きていけるのだろうか。
そんなお弁当を小さな口でパクパクと食べている彼女を見ていると、やはり思い出してしまう。
「……ここにいていいのか?」
「は? なにそれどゆこと?」
昨日、佐久間と中庭で会ってただろ。
なんて言えるわけがなかった。
聞き返されても返事が出来ず、まるで世界が停止したかのような静寂が訪れる。
「私に言えないことなの?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「じゃあ言って」
心の中に土足で侵入してくる彼女は、いったい何を考えているのだろうか。
人の気持ちを気持ち悪いくらいに考えて、その度に辛い思いをしてきた俺には理解できない。
そんなことを今考えてしまう自分自身にも苛ついて。そしてきっと、恋伊瑞にもこの気持ちを抱いてしまっている。
「佐久間と中庭にいただろ、昨日」
言ってしまった。
何様だと思われても仕方ない物言いは、恋伊瑞を詰めるようなニュアンスを含んでしまったかもしれない。
しかし俺の黒い感情とは全く違い、彼女の反応は意外なものだった。
「あ! そうそう聞いてよ相馬! そのことあんたに言おうと思ってたんだから」
「は?」
「佐久間君、文化祭でバンドやるんだって。それでボーカルやってくれないかって言われたのよ」
「は、え? ボーカル?」
予想外すぎてあっけらかんとしてしまう。
つまり昨日に佐久間と会ったのは、その話をされていたからてことか。
「ね、どう思う?」
そう聞いてくる恋伊瑞は、嬉しそうだった。
「どう思うって……」
そんなの、良い顔は出来ないに決まっている。
恋伊瑞を最低な理由で振ったあいつにプラスの感情なんて湧くわけないし、それがなくても嫌いな存在だ。
しかも自分から振ったくせに。恋伊瑞の気持ちなんて考えもせずに拒絶したくせに、バンドを手伝ってほしい?
佐久間には佐久間の理由があるんだろうが、それでも自分勝手にもほどがあると思ってしまう。
しかし、恋伊瑞はまだ佐久間のことが好きだと言っていた。
俺が何を思おうが、何を考えようが、恋伊瑞には関係のないことなのだ。むしろ迷惑ですらある。
酷いことを言われたのに、それでも捨てきれない思いがあるのならな、失恋仲間として応援するべきなのだろう。
だから。
「もし出るなら応援するよ」
「ほんと? 聞きたいの?」
「恋伊瑞は歌上手いしな」
そう言うと、ニマニマとしながら可愛い笑顔が向けられた。
「ふーん、聞きたいんだ。じゃあ出ようかなー」
「出るなら申請書が必要だからな。まぁ佐久間がやるのかそこは」
クラスの準備にバンド練習と、これから恋伊瑞は忙しくなるだろう。
文化祭でバンド。
いかにも青春で、老後まで残る大切な思い出になるはずだ。
「楽しみにしててね相馬! 相馬も文実とか似合ってないけど頑張ってね」
「一言多いのはどっちだよ……」
もう直ぐ昼休みも終わる。
先に教室へ戻る恋伊瑞は、もう脳内で練習しているのか鼻歌交じりに歩く。
そんな後ろ姿に向かって。
「頑張れよ、恋伊瑞」
「うん! 相馬もね!」
嘘偽りない、言いたくもなかった言葉を吐き捨てた。
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