第五十話 聞こえる鼓動
早くも今日から文化祭実行委員会議が始まるらしい。
ボッチたるのもHR中に寝てはいけないのは常識だ。
HRで伝えられた連絡事項を聞き逃そうものなら、その事実を知らないまま学園生活を送ることとなってしまう。
特別授業の移動場所、提出物の期限、普段とは違う持ち物などなど……。
後から教えてくれる友達がいない者にとって、情報を入手する時間は一番と言っていいほどに大事なのである。
これが情報社会。アンテナを張っていない奴から置いて行かれるのだ!
そんな訳で、文実会議会場である視聴覚室に向かおうとすると。
「あ、相馬君。もう向かう? ちょっと待ってて直ぐ準備するから」
もう一人の実行委員である白波さんは、言いながら鞄を持って戻ってくる。
「おっけー。じゃあ行こ?」
「あ、うん」
とっさの出来事に放心してしまった。
まるで一緒に行くのが当たり前のような物言いは、なかなかどうして嫌じゃない。てか普通に嬉しいです!
そんな感情を抱きつつ、放課後の廊下を並んで歩きながら視聴覚室へと向かう。
「恋伊瑞たちはもう帰ったの?」
沈黙が嫌でなんとなく口にした質問だったが、何故か彼女から細い視線を向けられた。
「帰ったよー。これから放課後は文実あるし。なんで?」
「いやなんとなく……」
えぇ、なんか返事がそっけなくて怖い。
一緒に行こうと誘ってくれた白波さんは何処へやら、目の前に氷の壁を張られた感覚がする。
今の一瞬で何をしたんだ俺は……。
「ふふ。嘘だよ嘘。そんな怖がらないでって」
「心臓に悪すぎるってそれ……ビビったぁ」
俺が安堵していると、何が面白いのか白波さんはにやにやと笑い出す。
「へぇー、ビビったんだ。わたしに嫌われたと思って?」
「……だ、男子はそういうもんだから!」
「素直じゃないなぁ」
誰にでも好かれたいなんて傲慢な考えは持っていないけど、それでも知り合いの女子に嫌われたくないくらい男子なら普通だよね!
自分にそう言い聞かせるも、恥ずかしさから顔が赤くなっているのが分かる。
そしてそんな俺の表情は、更に彼女の悪戯心を煽ったらしい。
「安心しなって。わたしが相馬君を嫌うことは多分ないからね。そもそも嫌われるよなこと出来ないだろうし?」
そんな度胸無いでしょ? とでも言いたげな口ぶりは、いい意味なのか悪い意味なのか。
深く考えると迷宮入りしてしまいそうなので、褒め言葉として受け取っておくことにした。人生自分には甘くなきゃね。
視聴覚室に近づくと、同じ境遇なのであろう生徒たちが増えてきている。
周りを見ても、俺みたいなアルマジロ系男子は見当たらなかった。
いかにも青春命みたいな見た目の奴らばかり。
「それにしても相馬君が実行委員って似合わないねー」
「本当に俺もそう思うよ……。白波さんが立候補してくれなかったら地獄だった」
斎藤や恋伊瑞、白波さんのように手を差し伸べてくれた存在は今までの人生で出会ったことが無かった。
あのまま誰も立候補者がいなかったら、きっとクジ引きになっていただろう。
そんな場面は想像しただけで吐きそうになる。
「ありがとう白波さん。助かったよ」
「……勘違してそうだから言っとくけどね」
「え?」
隣を歩いていた彼女は、突然前に出ると。
「わたしが立候補したのは君を助けたかったからじゃなくて、相馬君と実行委員をやりたかったからだよ」
いきなりぶつけられた言葉に整理が付かないまま、それでも彼女は話を続ける。
「覚える? この前サイゼで小和が言ったこと」
「え、っと」
「別に覚えてなくてもいいよ。ただ、一つだけ」
気だるげな表情でも、悪戯をする表情でもなく、ただ真剣に真っすぐと。
「文化祭期間に相馬君と一番長く一緒にいるのはわたしだからね」
――うるさいほどに、俺の心臓は鼓動していた。
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