第四十六話 夏の終わり
八月三十一日から九月一日にかけての時間ほど嫌な日もないだろう。
平和だった日常から地獄に突き落とされるような、いや、非日常から日常へと引き戻される日とも言えるのかもしれないが、そんなボーダーラインが存在する日が酷く嫌いであった。
普通の土日明けですら吐きそうになるのに、一番長い長期連休明けとか俺の人生終わるの?
そんなわけで今日から学校が始まる。
やりかけのゲームも読みかけの本も好きな時間に出来なくなり、好きな時間に寝て起きることも出来なくなるが、昨日さんざん悲しんだので後ろ髪を引かれるのはもう終ろう。
短いようで短い夏休みはもう終わったのだから!
……あぁ嫌だなぁ。一生休んでたいよ。
頭皮が剝げるのではないかという勢いで後ろ髪を引かれながらも家を出た。
久しぶりに乗った自転車から見える景色は何も変わらず、次第にチラホラと同じ制服を着た生徒が多くなる。
積もる話でもあるのだろうか、下駄箱まで行くころには嫌でも耳に声が入ってくるようになった。
「太ったわ」とか「焼けた?」とか意味の無い会話に見えるそれも、彼ら彼女らにしてみれば大切な時間なのだろう。会話の内容ではなく会話することに意味があるのだから。
互いの存在を感知しあい、自分はここにいると心を満たすのだ。
それはつまり会話をしない俺という存在は感知されることは無く、存在しているかどうかあやふやな存在なのだろう。
自分で自分を見つめておかなければ消えてしまうのかもしれない俺を、俺だけは見つめておいてあげようじゃないか。学校に来れて偉いぞ俺!
「おはよう湊! どうしたんだ、教室の前で立ち止まって?」
「斎藤! やっぱり斎藤しか勝たないよな!」
「え、本当にどうしたんだ……?」
挨拶を交わすだけでこんなに幸せになれるかと陽キャ共は幸せの価値を知らなすぎる。
「相馬君おはよう!」
教室に入り鞄を置くと、後ろから椎名さんが現れた。
「おはよう椎名さん」
「私もいるよ~。おはよ~」
「あ、おはようございます……」
「相馬君、なんで鈴ちゃんに敬語なの?」
「そうだよ~! 普通でいよ~、ね?」
怖い! 森川さん怖いです! 余計な事するなよ? って顔に書いてあります!
だから光のないその目で見てくるのは止めて下さい……。
「みんな揃ってるねー。旅行メンバー集合だ」
そんな中にギャル三人衆が近寄り、白波さんの言う通り旅行メンバーが集まった。
「あんた寝ぐせ付いてるわよ」
「マジかよ。え、目立つ?」
「普通? まぁそもそもあんたが目立たないからバレないわよ」
「教えてくれる優しさがあるなら、最後まで優しくしてほしかった……」
しかし何故か恋伊瑞はしたり顔で椎名さんを見ると。
「私くらいしか気づかないだろうし平気よ」
その言葉を受けた椎名さんは、無言でほほ笑む。
え、怖い。なにこれ、全然意味わかんないけどなんか怖い!
「わたしはむしろ、ちょっと可愛いと思うけどね。この寝ぐせ」
恋伊瑞と椎名さんの睨み合いを気にも止めない白波さんに、俺の寝ぐせを撫でられる。
「わっ!? 白波さん!?」
「うん? どしたの?」
「いやその、頭……」
「相馬君、髪の毛細いんだねー。うらやまー」
いやあなたの髪の毛の方が細くて綺麗です。
それよりも頭をいじいじするの止めて下さい! 陰キャに変な夢見させないで下さい!
そんな思いが届いたのか、白波さんの腕は恋伊瑞によって引っぺがされる。
「な、なにやってんのよ霞!?」
「あー邪魔されちゃった」
「じゃ、邪魔ってあんた……。相馬もなにデレてんの!」
「デ、デレてないから!」
ちょっとドキドキして、もっと撫でててほしかったと思ってるだけだから!
「相馬君……?」
殺気……?
椎名さん、そんな目出来るんですね……。
「あはは! 二学期も面白くなりそうだな!」
斎藤がこの状況のどこで判断しているのか疑問だが、面白いかは置いておいて、一学期とは違った生活にはなるのだろう。
人生は戻ることが出来ないくせに、日々変化していくのだから。
時代が、環境が、空気が、そして人が。
だからきっと、俺も変わっていくのだろう。
それが良いのか悪いのかは分からない。なのでその答えを出すのは未来の俺に託しておく。
行きたくないと嘆いていた学校に、少しだけ希望を持てた今の自分が成長しているのだと信じて。
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