第四十四話 年下ズ
「はぁ。地面って偉大ね」
そんなことを言いながら一歩一歩、神に感謝しながら歩く恋伊瑞。
「お前もう観覧車乗るなよな」
「うん、もう絶対あんなの乗らない。一緒にいたのがあんたで本当によかったわ」
「……え?」
「あ……、いやほら。杏奈と霞にはあんな姿見せられないってこと!」
「分かってるよ」
次第に年下ズが待っているベンチに辿り着くと、やっと一息つくことができる。
「じゃあ私お手洗い行ってくるわね」
「あ、泉も行きますー!」
俺とは違い、一息つく間もなくトイレへ直行する恋伊瑞。泉と話しながら足早に行ってしまった。
あんな状態だったんだから休んでいけば良いのにと思ってしまうが、女子には色々とあるのだろう。普通にトイレに行きたかっただけかも知れないけど。
また泉に「デリカシー!」とか言われてしまいそうだが、男子には難しいですよね。
「大和はいいのか?」
「平気です。お兄さんどうしましょう、俺はもう胸がいっぱいで」
「お兄さん言うな」
観覧車で何があったのだろうか。いや何もなさそうだな。だって恋伊瑞の弟だし。
絶対にあいつと同じで純情なタイプだろ。気持ちだけが先回りして後のことを考えないみたいな。
いや俺もだわ……。
「でも本当に驚きましたよ。相馬さんのお兄さんが、姉ちゃんがいつも話してる人だったなんて」
「……いつも話してる?」
「あ、はい」
恋伊瑞が俺の話を家でしてるってことか?
「……ちなみにどんな?」
俺が聞くと、大和はニヤッと笑う。
何がなんでも聞きたい訳ではないが、女子が家で自分のことを話してるなんて言われたら気になるのは仕方ないだろう。
「教えてもいいですけど、お兄さんも相馬さんが家で俺のことなんて話してるか教えてください!」
「分かった。その条件を飲もう」
俺たちは手を繋ぎ合う。これが男同士の友情だといわんばかりに。
「それでなんて?」
「そうっすね。別にカッコ良くないしコミュ障で陰キャだっていってましたね」
「……本当のこと過ぎて反論できねぇ」
やばい、すでに泣きそうになった。
「でも頼りになるって言ってましたよ。ひねくれてるけど、私のこと考えてくれてて助けてくれるって」
俺は言葉に詰まる。
……なんだよそれ、意味が分からない。
俺があいつを助けたことなんて一度もないのに、むしろ俺のほうがあいつに――
「それでお兄さん! 次は俺の番ですよ!」
俺が混乱していることなんて関係ないらしく、目を輝かせながら期待の眼差しを向けられる。
そんな眼で見るなって。男同士の約束にかけて、絶対に嘘は付かないから。
俺は大和の輝く眼を見据えて、軽く息を吸い込むと口を開く。
「話題に出たこともないな。俺、大和って名前知らなかったし」
「……………………そっす、か…………」
哀れなり。俺のせいだけど。
「てかなんで泉なんだ? 無理に答えなくてもいいけどさ」
「それは……」
ベンチに背を預けた大和は、空を見つめながら話し始めた。
「お兄さんだからいいますけど」
「むしろなんで兄になら言えるのか疑問なんだが」
「はは。なんかお兄さんは話しやすいんですよね。会ったばっかりなのに不思議です」
喜んで良いのか悪いのか、反応に困るな……。
顔が良いばかりに「可愛い」とか思っちゃったし。俺がショタ萌えじゃなくて本当に良かった。
「まぁ単純なやつですよ。ほら俺の苗字って恋伊瑞じゃないですか。恋伊瑞大和」
「そうだな」
「俺昔からこの苗字嫌いだったんです。恋伊瑞ってザ•女子みたいじゃないですか。それで揶揄われたりもしてて」
言わんとすることは理解出来た。
今でこそ難読名やキラキラネームが増えてきているが、そこにマイナスイメージを持ってしまう者も多くいる。
苗字や名前は自分では決めることが出来ないからな。
「それで嫌だなって思ってたんですけど、相馬さんに言われたんです」
『恋伊瑞って言うの? 珍しくていいじゃん! 泉好きだな、その苗字!』
「もうそこからです。単純ですよね俺」
「……そんなもんだろ。人を好きになる瞬間なんて」
一目惚れをしたり、気づいたら好きになっていたり、嫌いな部分を認めて貰ったからだったり。
好きの動機なんて単純で、そして何よりもかけがえのないものだから。
それを否定できる人間なんて、この世にはいないのだ。
「自分の妹ながら誇らしいな。ちなみに俺も好きだぞ、恋伊瑞って苗字」
「お兄さん! 俺、頑張ります!」
「それとこれとは話が別だ」
「そんなぁ!」
人の数だけ何かがあるのだ。
年下ズには年下ズの何が。
そしてきっと。
俺たちにも、俺たちなりの何かがあるのだろう。
そんなことを頭の隅で考えた。
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