第三十四話 解決策はないらしい
「恋伊瑞。おい恋伊瑞ってば。何があったんだよ」
今日も海の家へバイトをしにやってきた俺たち。
昨日に引き続き、午前中はパラソルの下でドリンク販売を行い、お昼前に休憩を貰うことができた。
そして同じ休憩エリアに問題の人物が来たので話しかけているのだが、こいつ驚くほどに無視を決め込んでいる。
何も言わずに焼きそばをすする恋伊瑞は、見てわかるほどに機嫌が悪い。
「はぁ」
息を漏らしながら、俺も目の前に放り投げられたお好み焼きを食べる。
美味しい。美味しいのだが、舌の喜びを感情に出せるほどの空気感は、残念なことにこの部屋にはなかった。
「分かった。教えたくないんだったら無理にとは言わない。もしこの先、言ってもいいってなったらその時教えてくれ」
食べ終わったタッパーをゴミ箱に捨て、持ち場に戻ろうと席を立つと。
「……別に」
その呟きで足が止まる。
拗ねた子供のような彼女に笑いつつ、座っていた椅子にもう一度腰を下ろした。
「別に心配されるようなことじゃないわよ。椎名さんが意味分かんないこと言うから、それに反論して。そこから喧嘩になっただけ!」
「思ったより普通だな」
「そりゃそうでしょ。あぁもう今思い出してもムカつくわ!」
持っている割りばしが嫌な音を奏でる。
おい、怒りで割りばし折れるぞ。
「椎名さんが怒らせるようなこと言うなんて想像つかないけどな」
「は? なにあんた。あっちの味方なわけ?」
その眼光には思わず背筋が伸びる。
「いや違うって。想像出来ないだけで、言われたのは事実なんだろうし。どっちの肩持ってるとかはないよ」
まぁ恋伊瑞も結構な言い返しをしたんだろうけど。
などと考えていると、悟られたのかギロリと睨まれる。
危ない危ない、直ぐに話を変えないと!
「それはそうと、お前がそんなになる程って何言われたんだよ」
「それは……!」
開かれた口は、箱に鍵を掛けられたように閉じられた。
「あんたには教えない」
「何でだよ。いや無理には聞かないけどさ」
「いいから! あんたにだけは言いたくないのよ! はいこの話はおしまい!」
机を叩きながら立ち上がった恋伊瑞は、そのままドアノブへ手をかける。
そうやら休憩時間も終わりらしい。
そんな彼女に俺は。
「恋伊瑞」
「なによ」
「相談相手がほしくなったら遠慮しなくていいからな。ほら俺たちは仲間なんだから」
その言葉に一瞬動きが止まると。
「ん」
短く小さい。返事なのかも分からない一単語を残して厨房へと向かっていった。
「お疲れ様って、どうしたの?」
「白波さんか」
「なんでがっかりしてるの? 傷つくなー」
恋伊瑞と入れ違いになって入ってきた彼女は、全く傷ついていないような雰囲気でそんなことを言ってきた。
「いや違うよ。安心しただけ」
「それなら許してあげる。さっき焼きそば貰ったんだー、ちょっと食べる?」
「いや俺もお好み焼き食べちゃったから」
「そか。で? 小和はどうだった?」
話してたの知っていたのか。
「特に収穫はなかったよ。怒ってるのだけは分かったけど」
「前も言ったと思うけど、小和が怒りをぶつけるのって珍しいんだからね」
確かに前もそんなこと言われた気がする。
「私が知る限り、相馬君だけだったんだよ。今日で椎名さんも入って来たけどね」
「俺はともかく、椎名さんにそうなる理由は何なんだろうな。思いつかないけど」
しかし白波さんは意外と普通に。
「んー、わたしは何となく検討付くけどなぁ。理由は分かんないけどね」
「……どういうこと?」
検討は付くのに理由は分かんないって何?
なぞなぞでももう少しヒントがあるぞ。
「だってほら、小和が怒る原因って一つしかないし。きっとそれ関係なんだろうなーって。でも何でかは分かんないなーって感じ」
「ごめん全然分かんない」
「君は分かんなくてもいいんじゃない? わたしも教える気ないしー?」
ずいぶんとまぁ楽しそうに笑いますね……。
そこで時計を見ると、俺も休憩が終わる時間になる。
森川さん事件に、恋伊瑞と椎名さんの不仲。これ以上何も起こらないでくれと、心から願いながら部屋を出たのだった。
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