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第三十二話 夏夜の魔法はありますか?


 デッキテラスに出ると、むわっとした空気が身を包む。

 しかしそこに気持ち悪さはなく、ゆったりと流れる夏風と微かに聞こえる海のさざめきのおかげで、むしろ心地よく思えた。


「わ~! 奇麗だね~!」


 質の良い木造で作られた手すりに腕を置きながら、森川さんはそう言った。

 

 夏の夜に満点の星々、その中で圧倒的な存在感を放つ明るすぎない満月。

 それらが子守歌のような波音を奏でる海に反射し、昼間では見ることのできない幻想的な景色が広がっている。


 そんな景色の中で、お互いに無言だった。


 美しい光景に見惚れていたとか、感銘を受けていたとかそうわけではなく、ただただ気まずくて口を開けないだけの無言。


 森川さんの奇行を目撃してしまった俺は、このロマンチックな場所に連行されたのだ。

 今の俺はこの景色を楽しむ余裕なんてなく、一秒でも早く逃げ去りたい。


「相馬くんってさ」

「なんでしょうか!」


 名前を呼ばれ、ついとっさに勢いよく返事をしてしまった。

 彼女はくるっと振り返り、俺の顔をじっと見つめると。


「相馬くんって、りーちゃんのこと好きだよね?」

「……え?」


 予想外の質問だった。


「……友達としてね」

「あ、そういうのいいから。私の中で確定してるしね~」

「いや、ちょっと待ってよ森川さん」

「それに相馬くん友達いないし~」

「ちょっと待ってよ森川さん……]


 くそぉ! なんで急に傷つかなきゃいけないんだ!

 それにナチュラルに椎名さんとお前は友達なんかじゃないと言われた。

 フワフワしているイメージだった森川さんはどこへやら。


「だからさ~、ここは交換条件といこうよ~」

「交換条件?」


 鼻歌を奏でるように「そう」と言った彼女は、ふくよかな胸元の前で手を鳴らす。


「相馬くんは見ちゃったものを内緒にする。私は相馬くんがりーちゃんに好意があるのを内緒にする。どう?」


 どう? と聞かれても、飲むしかないだろう。

 元々言いふらす気はなかったし、不利になるような条件ではないしな。


「わかった。その条件でいいよ。誰にも言わないって約束する」

「よかった~! もし断られたら相馬くんに乱暴されたって叫ぶところだったから~」


 気づかない内に崖へ吊るされていたらしい。

 しかもこの雰囲気、本当にしれっとやりそうで怖いんだよなぁ。

 森川さんのイメージがこの僅か数分で百八十度変わった。悪い意味で。


「でも仲間が出来て私も心強いな~」

「え、心強いって?」

「ん? だって私たちはりーちゃん大好き同盟でしょ?」

「うん?」


 全然話が見えない。

 しかし、俺の頭上に浮かんでいるハテナなんてお構いなしに話を続け出す。


「りーちゃんってさ、お姫様に憧れてるんだよ。付き合うのは結婚する人、好きな人には困難とか試練とかを乗り越えてでも迎えに来てほしいみたいな。そんなおとぎ話の王子様とお姫様にね~」

「……は?」


 今、とても大事な話を聞いていしまった気がする。

 どういうことだ? 付き合った人と結婚? でも俺は振られてるし、森川さんの椎名さんに対する勝手なイメージってことか?

 急なことに頭が追い付かない。


「森川さん、ちょっと今の話――」

「だからさ~!」


 俺の言葉なんて待っていないとばかりに遮られた。

 まるでバレエを彷彿とさせる動きでターンを決めると、その笑顔も月に照らされる。

 吟遊詩人のように語る彼女の眼は、夜空に輝く星々にも負けないほどに煌めいていた。

 

「そんな清廉で潔白で純粋で清純で、白よりも真っ白なりーちゃんが汚らわしい(ごみ)なんかの手に渡るのなんかあり得ないよね~!? りーちゃんに告白してる男子とか、もう本当に! ぐちゃぐちゃにしてやりたくなっちゃうよね~!? そうだよね~!」


 圧が、圧が凄い。


 スプーンを舐めているのを目撃した時は、そっちの()がある人なのかと思っていたが、俺はここでやっと察することが出来た。


 ――この人、ガチの人だ。


 それはもう愛情を超えて、狂愛であった。

 汚らわしい(ごみ)とか言っちゃってるし。

 

「……あの俺も一応、男、なんです、けど」


 俺の言葉に、可愛らしく「ん~」と悩むしぐさをしているが、もう可愛く思えない。


「相馬くんはなんか違うんだよね~。他の男と違って、りーちゃんを見る目がなんていうか……」

「……?」


 よく分からないが許されているらしい。

 良いことなのか悪いことなのか分からないが、命の危険がないだけ喜んでおこう。


「だから同盟仲間の相馬くんも、臭い男なんかより、綺麗な女の子同士で永遠に一緒のほうがいいと思ってるわけだし、これからは応援期待してるよ~!」


 つまり、私と椎名さんをくっつけるの協力しろよなってこと?

 しかも椎名さんのこと好きなら考えは一緒だと勝手に解釈しているし、盲目信者とはここまで話が通じないものなのか。


 ダメだ。ここはしっかりと否定して、人には人それぞれの思いがあることを教えてあげなければ!


「いやそれは椎名さんの意見もあるんじゃ……なんでもないですごめんなさい!」


 怖い! 怖いよ!

 俺の恐怖ランキング堂々の一位に『笑顔の森川さん』が入ってきたよ!


 ちなみに二位と三位は『寝起きの母さん』『怒った杏奈さん』です。


「これからもよろしくね、相馬くん~」

「……はい」


 手を振りながら室内へ戻っていく森川さん。

 俺はその背中を見送ると、夜空を見上げて流れ星もないのに願い続ける。


 どうか、夏の魔法で忘れさせて下さい。

お読み頂きありがとうございます。


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