第三十一話 晩御飯を食べます
「やば、もうこんな時間じゃん! 買い出し行かなきゃ!」
水着のまま別荘に帰ってきた俺たちは、海水と汗を流すためのシャワー待ちをしている。
杏奈さん森川さんは既にシャワーを浴びた後で、今は恋伊瑞が入っているという状況だ。
時刻は午後六時。
一時間弱、海で遊び呆けた俺たちは(俺は座っていただけ)、杏奈さんの言葉で思い出す。
二泊三日の食事は自分たちで用意するという話だった。
「じゃあ俺行こうか?」
「俺も行くよ湊。七人分の量だし、男が多いほうがいいだろ」
「斎藤がいいならいいけど」
少年漫画のように拳を俺に向けて突き出してくる。不思議と目には炎が燃えているように見えた。
かっこいいよ、かっこいいけど、そのお前も拳を出せよみたいな顔は止めて下さい。やりません。
「そんな男子だけなんて悪いよ! じゃんけんとかで決めよう!」
「いいねー。わたしもやるよ」
「私も~」
女性陣も皆やる気を出しているが、俺は斎藤と阿吽の呼吸で頷き合う。
「いや女子はいいよ。シャワーも浴びたいだろうしさ。それにむしろ、残って食器とか洗ってくれると助かるよ」
「お前すげーな」
思わず声に出して絶賛してしまった。斎藤さんイケメンすぎる……。
「じゃあお言葉に甘えて、わたし達は家のことやろっか」
「そうだね」
各々の方針がスムーズに決まった。
男子は帰ってからシャワーを浴びさせてもらうとしよう。
「そうだ。買い出しに行くのはいいけど晩飯は何にするんだ?」
買い物かごを持ってから考えるのは避けたい。
「やっぱりあれじゃない?」
「私もあれかなーって思ってた」
「やっぱ、あれだよな」
というわけで、晩御飯は『カレー』に決まりました。
簡単で美味しいという魅力に抗える者なんていないのだ。
「じゃあ行くか」
「おっけー」
荷物を持って玄関へ。
俺、斎藤、杏奈さんの順番で靴を履く。
「え! なんで杏奈さんが来るの!?」
「いやだって、ウチが案内した方が早くない?」
……おっしゃる通りです。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「美味しい! けど辛い! でも美味しい!」
ゴクゴクといい音を立てながら水を飲む恋伊瑞。
それは彼女だけでなく、全員が汗ばみながら目の前のカレーを食べていた。
買い出しから戻ってきた俺たちは、玄関に立ちはだかる女性陣に囲まれ、買い物袋をひったくられてしまった。
なんでも料理は残った私たちに任せろということらしい。
俺と斎藤はそのままシャワーへ。杏奈さんは椅子に拘束されていた。
そして出来上がったのが、この激辛ウマカレー。
疲れた体に活気が戻ってくる気さえする。
「相馬君どう? 美味しい?」
隣にいた白波さんも暑いのか、長い髪を耳に掛けながら聞いてきた。
「本当に美味しいよ。辛いのに思わず手が伸びる」
俺が感想を言うと。
「味付けは私よ」
「野菜を切ったのはわたしだね」
「えっと、辛さの調整は私がやったんだよ!」
「私は味見~」
……なんで個々で?
食べる手を止めたらいけないと直感で思い、スプーンを動かし続ける。
しかし、森川さん以外の女子は明らかに食べるペースが落ちているのがわかった。
えぇ、なんでぇ? なんか気まずいのなんでぇ?
この腹の痛さは辛さなのか、それ以外なのかわからないが、取り合えず俺は手を伸ばし。
「あの、おかわりしてもいいですか?」
お皿を持って、逃げるように去っていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
カレーを食べ終わった俺たちは、食器の片付けに入っていた。
自分の使った食器を綺麗に洗う。
「あ、私部屋にスマホ忘れちゃった。ちょっと取ってくるから私の食器置いておいて!」
早足で階段を登っていく椎名さん。
椎名さん以外はもう食器を片付けて終えており、皆んな食後の休憩とばかりにソファやら椅子やらでくつろいでいる。
あれ、森川さんだけいない。
何となくキョロキョロと周囲を見渡すと、森川さんは台所の更に隅の方で佇んでいた。
そして、目の前には椎名さんが置いていった食器。
彼女は抹茶を点てるように繊細な動きで目の前のスプーンを手に取る。
思わず目が奪われてしまうほどに艶めかしいのは何故だろうか。
そのスプーンをうっとりと見つめた彼女は――
はむっ、と口に入れた。
「……」
何やってんのあの人!? 待って理解が追いつかない。
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。
思わず身を屈めて隠れてしまったが、今すぐにでもこの場から離れれば良かったと後悔する。
まるでアイスを食べるようにペロペロハムハムし続ける彼女。
形容し難い恐怖を覚えながら、取り敢えずの行動を決断する。
よし逃げよう!
俺は何も見なかった。忘れよう忘れよう。
そうして幼児のように四つん這いで距離を取ろうとしたその時。
ドン。ガタン!
手が机にぶつかり音が響く。
「……ト、トイレでも行こうかなー」
「私も行くね〜」
ひぃぃぃぃい!
真後ろまで迫った森川さんは、まさに這い寄る混沌。発狂しなかっただけ運が良かった。
しかし、その笑顔の裏に見え隠れしているおぞましい殺気に背筋が凍る。
「いやもうホントに何も見てないですから! なのでよろしければ肩を握りつぶしている手を離して貰いたく存じます!」
「何言ってるのかよくわからないけど〜」
頬に人差し指を付けながら首を傾げる。
そして。
「取り敢えず、テラスに行こ〜う!」
「……はい」
それでも離されない肩に、俺は逃げられないことを悟った。
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