第二十八話 海の家③
「お待たせしました! フランクフルトとオムそばです!」
「二番テーブル、たこ焼き二、コーラ二入りましたー!」
「お次でお待ちのお客様どうぞ~」
お昼時になると、そこは戦場に変わった。
一気に人が波のように押し寄せ、常に数席は空いていたテーブルが満席を超えて長蛇の列を作っている。
「あぁっとごめんなさい! 斎藤君、五番テーブルってもう出したんだっけ!?」
「さっき出したよ! ただ七番テーブルが遅れちゃってる――っと、レジ行きます!」
一息つく間もなく押し寄せる仕事。猫の手も借りたいとはこのことだろう。
「たこ焼きお持ち帰り三入りましたー!」
店前でドリンク売りをしていた俺も接客に入り、注文用紙を渡しながら厨房に向かって叫ぶ。
奥さんを含めた六人で客を捌いていくが、それでも列は減るどころか増えていく始末。
そして注文が殺到するということは厨房も忙しくなるということであり。
「小和、野菜のザク切り頼む!」
「了解! 店長、たこ焼き出来ました! 次は野菜野菜」
大変そうだなぁ。
店長さんはこれを見越して簡単で量が作れる料理をメニューに並べてはいるのだが、それでも圧倒的な人の量に負けている。
こうなるとナンパ対策なんて言ってられなくなっており、女子も男性グループの接客をしているのだが、意外と心配するようなことにはなっていない。
忙しすぎて見るからに相手してもらえないもんね。
まぁ、それでも女性陣を下卑た目で見るくらいはしているけど。
「さすがに列やばいね。相馬君、先に持ち帰りの注文取ってきちゃって!」
「わかりました!」
奥さんに指示をされ外に出る。
「あっつ……」
外に出ると真上まで登った太陽におもわず声が漏れ出てしまう。そしてそれと同時に冷や汗も流れた。
待機スペースは日陰になっているが、列は待機スペースを大きくはみ出るほどに伸びているのだ。大体が日傘を差しているとはいえ、このまま今のペースで客を捌いていたら熱中症患者が出てもおかしくはない。
「先にお持ち帰りのお客様のご注文を受けさせていただきます!」
俺はダッシュで注文を取りに行くのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「つ、つかれたぁ……」
午後三時。
全てのオーダーが途絶え全員が息をついたのは、そんな時間になってからだった。
テーブル席が空席になり、客がいなくなった店内に腰を下ろす。
「お疲れー。これ、店長さんからだってー」
「おー、ありがとう」
エネルギードリンクを持ってきてくれた白波さんは、そのまま俺の横に座った。
「みんなは?」
「厨房で残った料理食べながら話し込んでるよ。休んだらおいでって杏奈が言ってた」
「杏奈さん優しいなぁ」
俺はドリンクを流し込む。
効くぅぅ……。乾いた喉に炭酸が喉を駆け抜け、こめかみを刺激する感覚が気持ちいい。
仕事の後にビールを美味そうに飲む大人の気持ちが分かった気がする。
俺も大人になったらクタクタに働いた後、遅くまでやってる居酒屋に行って話す相手もいないなか一人でチビチビと飲んでるのかな。タコワサとか食べながら。
……リアルすぎて自虐ツッコミすら出来なかったぞ。大人になりたくないなぁ……。
「それにしても忙しかったな。毎年こんななの?」
「ううん、今年は特に混んでたね。みんながいてくれて良かったよ」
「斎藤とかあり得ないくらいの食器運んでたしな」
「相馬君も外で転んでたしね」
「あれ見られてたのかよ……」
幸いに怪我をすることはなかったが、並んでるお客さんにめっちゃ笑われた。子供に「大丈夫?」と心配された時は泣きそうになったよ。
「でも明日からは莉緒ちゃんと鈴音ちゃん目当てのお客さんも来るかもね。今日より混みそー」
「それはあるかもね。白波さん目当ても来るだろうし」
「えー? ないない」
「そんなことないと思うけど」
疲労しきった頭で、特に深く考えずにそう言った。
実際男性客の半数は三人のこと見てたし。彼女連れの男が白波さんのこと凝視して、彼女に叩かれてたしね。ちなみに俺も三人のことチラ見してた。……バレてないよな?
「本当にないよ。去年も浜でナンパされた時、話しかけられたの小和と杏奈だけだったからねー」
それは多分、三人でいる時に話しかけやすそうなのが恋伊瑞と杏奈さんなだけだと思う。
白波さんは見た目がダウナーだから、崩すなら周りからと思われるだけだろう。
実際は反対なんだけどな。恋伊瑞はそういう目的の男子に警戒心強すぎてヤバいし、杏奈さんは普通にヤバい。
しかしそんなことを直接伝えたら、後々二人の耳に入ってしまい俺が吊るしあげられる可能性もあるので言えないけど。
だからシンプルに。
「俺がナンパするなら白波さんのことほっとかないけどね」
「…………相馬君、わたしのこと口説いてるの?」
「え!? いやっ違うよ!?」
確かにそう聞こえてもおかしくはない……か?
えー俺、滅茶苦茶キモい奴じゃん。
そんな風に自分を蔑んでいると。
「暑いねー」
急に話が変わり、Tシャツの襟をパタパタしだした。
近くでそんなことしないでほしいです、谷間が見えています……。
「スポットクーラーがあるから俺はそうでもないな。じゃあ、俺も何か摘まませてもらってくるよ」
俺は席を立つと厨房へ向かう。
危ねぇ、このままあそこにいたら胸元ガン見マンになるところだった。
「……暑いけどなー」
頬を朱色に染めた白波さんの呟きは、その場を離れた俺には聞こえることはなかった。
お読み頂きありがとうございます。
星での評価やブックマークをして頂けると執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。




