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第二十七話 海の家②


 海の家が開店してから数時間。

 サーファーしか居なかった砂浜にはだんだんと人が増え始め、十時を過ぎる頃には同じ海岸だとは思えないほどの人が溢れかえっていた。

 青い波に攫われる人の波。風流だなぁ。絶対違うけど。


「いらっしゃいませ! お席へどうぞ!」


 椎名さんの美声が響く。


「ご注文は以上でよろしいですか~?」

「おぉ!」


 森川さんの揺れる巨峰に男性が歓声を上げる。


「焼きそばとビールお持ちしましたー」


 暑いのかオシャレなのか、Tシャツを結びへそ出しスタイルとなった白波さんが踊り子のように運ぶ。


「ありがとうございました!」


 退店するお客様を百点スマイルで送り出す斎藤。

 みんなが汗水たらしてせっせと働いている。労働って素晴らしい。


 ――そんなことを店の前に設置されたパラソルの下で思った。


「おにーちゃん、ラムネ頂戴!」

「はいよ、百円丁度ね。ビー玉入ったやつはこっちだよ」

「ありがとー!」

「またどうぞー」


 幼女を見送った後に、隣に置いてある扇風機を浴びる。

 ふぅ……。


 いや待ってほしい。

 確かに俺は今、外でクーラーボックスに入った飲み物を売るという簡単な仕事しかしていないけど、これは奥さんの戦略なのだ。


 ナンパ対策其の一、女子はいかにもなお客様には極力近寄らない。出来るだけ男子が対応すること。

 ナンパ対策其の二、いつでも動ける男子を配置し、危ないことがあったら直ぐに助けられるようにすること。


 つまり、俺はいつでも動けるヘルプマンというわけだ。

 まぁ其の二に該当しなくても、混雑してきて普通に四人じゃ手が回らなくなったら、もちろん俺も接客に移ることになっている。

 サボってないからね。やる気はあるんだからね。


 まだ俺の動く事態が起こっていないことからも、ナンパ対策が有効に働いていると思ったが案外そうでもない。

 女子は対策の通り無害そうなお客を担当していることから、椎名さんと白波さんは今は平気そうなので良い。

 問題は森川さんだ。

 高校生離れしたスタイルに合わせて、薄いTシャツに生足が眩しいショーパン姿。

 お酒の入った男性からはそれはもうはた目から見ても気持ち悪い視線を向けられていた。

 いくらナンパ対策を実行してるとはいえ、ここは店の中。近くを通らなければいけない時だってあるのだ。


 そこで問題が起こる。ありていに言えばセクハラだ。


 近くを横切る森川さんの麗しいお尻を触ろうと手を伸ばす中年男性。

 俺は飛び跳ねるように立ち上がり、一秒でも早くその場に辿り着くべく走ろうとしたその瞬間――


「はれっ?」


 中年男性が素っ頓狂(すっとんきょん)な声を上げた。

 森川さんは男性の手がお尻に届く寸前で、するりと回避。そのまま何も無かったかのように歩いて行った。


「えぇ……」


 これには俺も驚愕。

 森川さんっておっとりしているように見えて結構(したた)か……?


「こんなところにいた。相馬、休憩だって」

「早いな」

「お昼時には混むだろうから先に休んでって」

「なるほどな。わかった」


 クーラーボックスの前に『お待ちください』と書かれたホワイトボードを置く。

 そして呼びに来た恋伊瑞と一緒に休憩室へ。


「ってなんで恋伊瑞も? 厨房は大丈夫なのか?」

「私も休憩なのよ」

「ならそう言えよ……。ちょっとビビった」

「あはは! 何よそれ!」


 休憩室に入ると、エアコンが効いていて涼しい。


「そうだこれ、賄いだって。ちょっと早めのお昼ご飯ね」


 出されたのは梱包された焼きそばだった。丁寧に割りばしまで付いている。

 賄いか。これはありがたい。ありがたいんだけど……。

 俺はタオルで汗を拭いながら。


「正直暑さで腹減ってないんだよな……」

「駄目よ食べなきゃ。この後が大変なんだから体力付けときなさい。それに……」

「?」


 なんかモゴモゴし出した。


「それにそれ、私が作ったやつだし。本人の前で食べないのはどうなの?」

「……頂きます」


 いや食べるよ。食べるからそんな露骨に目を逸らさないでくれ頼むから。

 考えてみれば人生で初めての女子の手料理だ。もちろん妹と母さんは抜いて。


 割りばしを割り、タッパーを開ける。

 するとソースの豊潤な香りが鼻をくすぐり、たいして減っていなかった腹が音を上げた。


「なによお腹空いてるんじゃない」

「今減りだしたんだよ。改めて、頂きます」

「はい、召し上がれ」


 細麺を啜ると、口いっぱいにソースの濃い味が広がった。野菜は大きめに切られており、歯ごたえの良い触感が食べているという欲求を満たしてくれる。

 考える間もなく二口目、三口目。


「いやマジで美味い。冗談抜きで今まで食べた焼きそばで一番だ」

「でしょ? 私料理出来るんだってば」

「これは謝らなきゃだな。本当に美味いよ、なんか体に染みるっていうか」

「それはねー、わざと味を濃い目にしたのよ。あんた外で汗かきまくってると思ったからね」


 すると、今度はタッパーに入ったたこ焼きを取り出した恋伊瑞。


「私も休憩だからね、早めのお昼」

「それはいいけど、たこ焼きって。それで足りるのか?」

「平気よ。お客さんには内緒だけど、ちょくちょくつまみ食いしてるし」

「笑って言うことかよ……」


 焼きそばを食べ終わった俺は手を合わせて。


「ご馳走様。食べてよかった」

「お粗末様でした。……たこ焼きもちょっと食べる?」

「食べる」


 そう言うと恋伊瑞は二パッと笑って、たこ焼きの入ったタッパーを何個か出してきた。

 今更だけどそれどこから出てきてるの?


「こっちがタコで、こっちがチーズ、こっちはネギマヨでこっちがワサビ」

「さすがに多くないか……最後なんて言った?」

「何でもないわ」


 二人でたこ焼きを突きながら、最後にワサビで悶えた。

 なんでお前もワサビ入り食べちゃうんだよ……。

 

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