第二十六話 海の家①
先に着替え終わった俺は大部屋でソワソワしながら待機している。
南の島みたいなロゴが入っているTシャツが俺たちのバイト先での服装らしい。
Tシャツを合わせるなんて文化祭のクラスTシャツを思い出す。全員の名前が書いてあるのに何故か俺だけ苗字だったのは忘れられない思い出だ。
「俺バイトなんて初めてだよ。湊は?」
「俺もやったことないな。高校一年だし、大体の奴がそうなんじゃないか?」
そう考えると初バイトが海の家って難易度高いよな。俺が敬遠してるだけで意外と普通の接客業と変わらないのかもしれないが、そもそも普通の接客業をこなせる自信があるかというところである。
「やっぱり杏奈くびれすごいね」
「鍛えてるからな。それよりもこれ……」
「……これは凶器ね」
「なんで私を見てるの〜?」
……いや別に聞き耳立ててる訳じゃないですよ?
いやもう本当に紳士たる俺がそんなことする訳ないですしそんなことする奴は死んだ方がいいと思うし聴きたくて聞いてる訳じゃないし聞こえちゃっただけだし何が凶器なのか詳しく教えて欲しいだけだし!
あと女子全員、同じ部屋で着替えてるのはなんで?
「お待たせー」
首を折り曲げる勢いで振り向きたい欲求を鋼の精神で抑え込み、さも意識してない風にゆっくりと振り向く。
そこには丁度階段を下る女子たちがいた。
同じTシャツに身を包み、下はショートパンツというなんとも夏らしい格好だった。
「あ、相馬君。えへへ、ちょっと恥ずかしいな……!」
か、かわっ……!
何故か俺の方へ来て、Tシャツの裾を押さえながら頬を染める椎名さん。
綺麗で繊細な長い黒髪が、白Tシャツと合わせることでよく映えている。
正直変なTシャツだなと思ってたけど女子たちが着るとこうも似合うのか。やっぱり顔か? 顔なのか?
そこで俺は衝撃なものを見てしまった。
「おいてかないでよ〜」
遅れて部屋を飛び出した森川さん。
そのまま階段を降りると、揺れる、揺れる、揺れる。
薄いTシャツ越しにわかるその圧倒的なプロポーションは、まさに凶器であった。
Tシャツの下は水着だもんな。やっぱりブラって偉大だったんだ……。
「私もそこそこある方だと思ってたけど自信なくすなー」
俺の隣で胸を寄せてるのはわざとですよね白波さん。
ガン見するわけにはいかないのでチラ見……と思ったけど白波さんが俺の顔を見つめていたので逆方向へ。
すると髪を束ねてポニーテールにした恋伊瑞が悲しそうな顔をしている。
恋伊瑞、お前は別に無いわけじゃないからな。周りが強いだけだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
浜から少し離れた石垣の上に木造で作られた海の家。
ここが俺たちが二日間働くバイト先だ。
「おじさーん、おばさーん。来たよー」
「今行くー」
杏奈さんが奥に向かってそう叫ぶと、中からエプロンを付けた女性が出てくる。
金髪に褐色肌。杏奈さんが歳を重ねたらこんな感じになりそうだ。
「良く来たね杏奈ちゃん。みんなもよろしく頼むよ! あんたー! 早く来なさいっての!」
声が大きく雰囲気もいい。海の家で働いているのも納得の人柄だ。
そんなことを考えていると、奥から木造の床をミシミシと鳴らせながら歩いてくる人影が見えた。
その影はどんどん大きくなり。
「紹介するね! ここの店長で私の旦那」
「三人共いつもありがとう。他のみんなも今日からよろしく」
身長二メートルは在りそうな身長に、ボディービルダーのような筋肉。おそらく一番大きいサイズであろうTシャツは、せっかくの南の島ロゴが哀れなことになっていた。
これには思わず「デカ過ぎんだろ……」と言ってしまいたくなるが、失礼に当たるので心の中だけにしよう。
「この二日間だけでも手伝ってもらえて本当に助かるよー!」
「こちらこそお世話になります!」
俺を含めそれぞれが挨拶をし、さっそく仕事の説明を受けることになった。
「じゃあ杏奈ちゃんと恋伊瑞さんは厨房ね。慣れてるとは思うけどおさらいで主人に説明受けといで」
どうやらここの料理長は店長さんらしい。あの巨体で料理するのか……。
そんなことよりも。
「恋伊瑞、料理なんて出来るのか?」
「失礼ねあんた。普通に出来るわよ」
「お前あれだぞ? メニューに書いてある焼きそばとか作るんだぞ?」
「お好み焼きだってたこ焼きだって作れるわよ!」
いやだってラーメンもマックでも注文すらしどろもどろになってたお嬢様がB級グルメって……。
だが奥さんも恋伊瑞に任せているので本当に大丈夫なのだろう。
そのまま料理組は厨房へ入って行った。
「じゃあ残りのメンバーは私と一緒に接客だね! なに難しいことはないからドーンとしてればいいよ!」
仕事は想像通りのものが大半だった。注文に品出し、残った食器の片づけ、お会計とこれらを臨機応変に対応していく。
なるほど、これは大変そうだ。しかし俺は罪滅ぼしでここに来ている。やる気は十分にあるし、何よりもあんなに良い別荘を貸してくれたのだ。少しでも役に立ちたい。
「それから一番重要な仕事があるよ。特に男子」
「「え?」」
やる気をメラメラ燃えさせていた俺に、不気味な顔で前かがみになった奥さん。
その表情からもただ事ではないことは想像だに難くなく、俺と斎藤はゴクリと喉を鳴らした。
そして溜めに溜めた沈黙。そしてついに口が動き出す。
「それは、ナンパ対応です」
「……あー」
合点がいった。
ここは海の家。つまり陽キャやパリピの巣窟だ。
そしてここにはキッチンの二人を除いても、美少女が三人。
海とナンパは切っても切り外せないのだろう。
「やっぱり多いもんなんですかね?」
「実際そんな多くはないんだけどね。まぁお酒も売ってるし、やるやつはやるね」
俺の質問に、ナンパを想像したのかげんなりしている。
「それに全員可愛いからねー。今まで以上に徹底していくよ」
天使な椎名さん、神スタイルの森川さん、白ギャル白波さん。うん、ほっとかれるわけがない。
そして可愛いと言われたことに全員が若干照れている。
「なので作戦を伝えるね。まぁ完全に防げるわけじゃないと思うけど、最悪の時は旦那召喚するから!」
ナンパする奴が可哀そうな気がしてきた。
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