第二十五話 電車の行方
立派な山々が視界をどんどん横切っていく。
次第に電車は大きく長いトンネルに入り、若干の不気味さを孕んでいるまま、先にある小さな光へとただただ真っ直ぐ一直線に進む。
そして暗闇を抜けた先には――
「「海だー!」」
椎名さんと杏奈さんの声が重なる。
空よりも青いその水は遠くで地平線と混ざり合うことで境界線を無くし、その広大さを訴えかけているようだった。
「ほら相馬君も見なよ。海だよ」
「見てるよ。てか白波さんちょっとズレて……」
座っている俺の前に立ち、外を指さしてる様は可愛いのだが、その細い生足が目の前で艶かしく動くと気が気じゃない。
また揶揄われているのかと思い顔を上げて見るが、白波さんの目には本当に海しか映っていないらしい。めっちゃ瞳がキラキラしてる。
なので生足に見惚れて変な顔になる前に俺も外へ視線を向ける。
まだ朝早いこともあってかビーチにいるのはサーファーと、離れた防波堤で釣りをしている人達だけであった。
ここから海水浴目的の人で溢れかえると思うと、今から気が滅入りそうだ。
海の家で働けるのかな俺……。
「海ねー」
「海だなー」
顔も見合わせることもなく、恋伊瑞とそんなことを言い合った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「とりま借りてる別荘に荷物置きに行くから付いてきて」
久しぶりに地面を踏んだ感覚を覚えながら、先導する杏奈さんについて行く。
林の間にある白砂の混じった道を進んで行くと――先ほど電車から見えた煌めく大海原がすぐそこに波打っていた。
優しい風が吹くと全身に潮風が当たり夏を感じる。
「ほら霞。置いてかれちゃうわよ」
恋伊瑞に腕を引かれながら歩く白波さん。しかし歩いてはチラ、歩いてはチラ。
これは子供が欲しいものをついつい見ちゃう時のやつだ。海好きなんですね。
「これがウチらが泊まる別荘ね」
「お〜! 凄いオシャレ〜!」
海水浴場から少し離れた丘の上には、白を基調とした大きな家が建っていた。
デッキテラスとバルコニーからは海水浴場が一望出来るオーシャンビュー。しかもまるで新品のようなパラソルとベンチまである。
大きな窓は開放感溢れ、柔らかい芝生の庭は犬も飛び回れる程に広い。
「写真撮ってもいいかな~? ネットに上げたりしないから」
「おけおけ」
柔らかそうなブラウンの髪をふわりと揺らしながら、森川さんは今日一番のはしゃぎを見せていた。
そして体が揺れるたびに遅れて追従する大きな二つの巨峰。服の上からでもわかる。で、でかい……。
「そんじゃこっちきてー」
中にお邪魔するとこれまた凄かった。広いことはもちろんだが、天井が高い。お店とかでしか見たことない回るやつとか付いてるし。
他にはエアコンにテレビ、柔らかい絨毯に人をダメにしそうな巨大なソファといたせりつくりだ。
「部屋は二階に三部屋あるから。あとはここがトイレでこっちがシャワールーム。ご飯とかは自分たちで作ることになるから、買い出し行くなら早めにしなきゃね」
思わず杏奈先生と言いたくなるほどの説明だった。
「じゃあ部屋割りどするー?」
「男子は二人だし俺と湊で一つになるな」
「そうなんだけど、なんか嫌だなその言い方……」
斎藤はほっとくとしても、女子の部屋割りは決まっているようなものではないのだろうか。
椎名さん森川さんで一部屋。白波さん杏奈さん恋伊瑞で一部屋だと勝手に思っていたけど。
もしかしてあれか? 一応確認しとかなきゃ雰囲気悪くなるよね、空気読んどかなきゃだよね的なやつなのか?
すると、誰も想像だにしていなかっただろう人物が手を挙げた。
「私、恋伊瑞さんと同じ部屋がいいな」
軽い衝撃で折れてしまいそうな細腕を小さく掲げた椎名さんは、可愛く笑う。
俺は思わず恋伊瑞を見てしまうと、彼女と目が合った。その顔は明らかに動揺していたがそれも一瞬。
恋伊瑞は二パッ! と笑顔を咲かせ。
「いいわよ! 私もせっかく一緒に来たんだし仲良くなりたいって思ってたの!」
「よかった。断られなくて安心したよー」
一体何を考えているんだ……?
単純に仲良くなりたいだけならあんな顔で俺の方見ないよな。いやこれも考えすぎなのかもしれない。
「じゃあ私はりーちゃんに振られちゃったからそっちに入ってもいい~?」
「いいよーおいでおいで」
「じゃあウチら三人と、小和と椎名で決定な」
俺の事情を知っている失恋仲間と元カノが二人部屋!?
お互い俺の話なんてしないとは思うが、胃が痛くなってくるのはなぜたろう。
「事前に着替え貰ってるから着替えて集合な。あと濡れることとかあるから下に水着を着てくること。男子は下だけ海パンでいいって」
「「「「はーい」」」」
その言葉を合図に女子はそれぞれ部屋に入って行く。
この一つ屋根の下で同年の女子と過ごすのか。ごくり。
いや何もするつもりはないですよ? てか絶対出来ない。バレたら打ち首どころじゃすまないだろうしね。
「じゃあ俺たちも行くか」
「そうだな。それよりも湊、聞いたか?」
「もちろんだ。聞き逃すわけがない」
なにせ杏奈さんの言葉で、俺は胃の痛さが綺麗さっぱり消えたのだから。
――水着ですと?
お読み頂きありがとうございます。
星での評価やブックマークをして頂けると執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。




