第二十二話 服を買いに③
「……助かったよ。ありがとな恋伊瑞」
「どういたしまして。なんであんた疲れてるの?」
あれから更に一時間ほど着せ替え人形をさせられた末に、やっと恋伊瑞の許しが出た服を二セット購入することが出来た。しかも合計二万という金額。まさかお釣りが出るとは思わなかったので、本当に感謝しかない。
これで安心して海の家に向かうことができる。
「なんか甘いもの食べたくない?」
これは質問に見せかけて既に決定事項になっているやつだ。
ここまで付き合って貰っておいて「もう帰るか」とはいくらコミュニケーションのステータス最低値の俺でも言えないし、そもそも断る理由もないので特に迷うことなく。
「そうだな。どっか入るか」
「私いいところ調べてきたのよ! なんかパフェが美味しいんだって」
「じゃあそこで決まりだな」
パフェなんてどこでも美味しい気はするが、まぁなんかあるのだろう。インスタ映えとかな。
正直なところ原宿にあるカフェなんてチェーン店しか知らないのでどこでも良かった。あとはこの暑さから逃れられれば最高だ。
「意外と近いわねー。ほら行くわよ」
スマホで地図を開いた恋伊瑞に斜め掛けのバックを引っ張られる。彼女には俺の身に着けているもの全てがリードに見えているのかもしれない。
そのまま右へ左へ大道理を歩いて行く。いつの間にかリードは手放されたが、姿を見失わないようにテコテコ歩く。
恋伊瑞は地図アプリを見るのに一生懸命なので、特に役割がなく付いて行くだけの俺はというと、その姿を眺めるくらいしか出来なかった。
こいつ細いなーとか、首元に汗かいてるなーとか。あれ俺変態っぽい……。
「あ、ここだ。着いたわよ!」
「おー」
木目の外装に清潔感漂う白のドア。光を取り込むためか大きな窓もあり、その中心に黒板でメニューが手書きされている。
さすが原宿、オサレカフェだ。
恋伊瑞も「キャー」とか「ワー」とか言って写真を撮っている。まだ入店は出来なさそうだ。
「じゃあ入りましょう」
満足したのかドアを開ける。
カランコロンと気持ちのいい音が静かに響き、席へ案内された。
「空いててよかったな。並ぶかと思ってた」
「ね。てか、わー見てこれ! 超迷うー!」
そう言いながら、一人でメニューをペラペラとめくる恋伊瑞。どうやら俺の返事が欲しいわけではないようだ。
恋伊瑞が選んでいる間は手持ち無沙汰になったので店内を見回す。お客は若いカップルがやはり多いが、店の雰囲気も相まって店内は落ち着いている。
「私は決めたわ。相馬はどうするの?」
そう言ってメニューをくるっと回す恋伊瑞。
パフェがおすすめらしいので取り合えずパフェを探す。えーとパフェパフェ。
そこにはファミレスとは違い、二十種類くらいの豪華なパフェの名前が並んでいた。パフェだけでこんな種類あるのかよ、そりゃあ目玉商品になるわけだ。しかも値段が意外とリーズナブル。
「じゃあ抹茶パフェにするわ」
「おっけー。飲み物は? セットでついてるでしょ?」
「あー、じゃあカフェオレで」
「はいはい」
恋伊瑞は俺の品を聞きながらスマホを細い指で操作している。
はて、なんで注文する前に聞いてくるのか。と思ったが、どうやらここはQRコードで注文できるらしい。
最近増えてきたよなこういうところ。知らない人と話すのが苦手な俺からしてみればありがたいことこの上ない。普通のチェーン店ならまだしも、呼び鈴がないお店とかは本当に勘弁してほしい。あれ喜ぶ人いないだろマジで。
「そういえばあんた、洋服は買ったけど水着はあるの?」
「去年買ったやつがあるからそれでいいかなーって。ダメかな……?」
「まぁ男子はそれでいいかもね。私は新しいの買ったけど」
「女子は流行とか流行りとかトレンドとか大変そうだよな」
「それ全部同じ意味じゃない……」
そこでテーブルに注文したものが運ばれてくる。
俺の前には抹茶パフェにカフェオレ、恋伊瑞の前にはイチゴパフェとストレートティーだ。
「えー! 超かわいい~!」
なにが可愛いのかはわからないが、確かにこれは凄い。
盛り付けが豪華で芸術品のようだ。心なしかキラキラして見える。
例にもれず写真をパシャパシャしているが、先に食べてもいいのだろうか……。
「あ、ちょっと待ってよ」
「あ、はい」
カフェオレを飲もうとしたら止められた。よかったー、パフェとかに手付けてたら激怒されてたかもしれない。
「相馬」
「ん?」
パシャリ。
顔を上げた瞬間にそんな音が聞こえた。
内カメにしたスマホを腕いっぱいに伸ばして撮影をした恋伊瑞はニヤリと笑う。
「あはは! あんた間抜けな顔してるわよ!」
「い、いきなり撮ったらそうなるだろ!」
見せびらかしてきた写真には、バッチリキメ顔を作った美少女と口を半開きにした間抜けが映っている。
恋伊瑞はその写真をもう一度見ると、やはりまた笑った。
なんだこれ、なんかこそばゆい!
「安心してよ、インスタとかに上げないから」
「マジで頼むぞ。恥を晒したくない……」
「まぁ鍵アカだから学校の人くらいしか見ないけどね」
「いやそれがキツイんだって」
「わかってるわよ」
恋伊瑞も俺といるところとか見られたくないだろうしな。
写真には満足したのか、お互いに手を合わせた後にパフェを口に運ぶ。
びっくりするぐらい美味い。えぇなんで生クリームこんなに舌触り良いの?
パフェなんてどこでも同じとか言ってた自分を殴りたい。
「ねぇ、あんたさ。平気なの?」
「なにが?」
「椎名さんのことよ。……なんかあったの?」
ストレートティーを一口飲みながら、様子を窺うように聞いてきた。
「なにもない」
「なにもないのに相馬がいる旅行に来る?」
「それは俺が聞きたいよ。理由もわからず振られて、なのに普通に接してきて、この旅行だ。俺が一番混乱してる」
「そう、よね。ごめん」
「あぁいや、平気だよ。まぁ混乱はしてるけど考えても仕方ないし、当日なるようになるだけかなって思ってるのが本音」
「辛くないの?」
それはいつの日か俺が聞いた言葉だった。
彼女の顔は不安げで、俺を心配してくれているのが伝わる。
だから俺は、あの日、恋伊瑞がしてくれたように。精一杯の不器用な笑顔で答える。
「辛いよ。でも、泣くのは終わりだもんな」
あっけにとられたような顔をした後、恋伊瑞は。
「生意気!」
まるでこれが笑顔の正解だとばかりに笑った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「そういえば二泊三日、杏奈の親戚が持ってる別荘に宿泊することになってるから宿代とかは気にしないでいわよ」
「え? ……高校生だけで?」
「うん、私たちだけ」
波乱が待ち受ける夏休みは、まだ始まったばかりであった。
お読み頂きありがとうございます。
星での評価やブックマークをして頂けると執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。




