第十九話 夏の始まり
窓を閉め切っているにも関わらず蝉の声がうるさい。
SNSを開くとこの夏は例を見ない猛暑だとか言われている。毎年同じことを言っている気がするのはスルーするとしても、エアコンを入れていても暑いのは事実だ。
ベッドから起き上がると、父親のおさがりで貰ったPCを立ち上げ、やりかけのゲームを起動する。
やるのはソロゲー。
マルチプレイのFPSとかMOBAとかはやってみたことあるが、致命的に味方と息が合わなくてやるのをやめた。オンラインゲームですらチームプレイできない俺って何なの?
だから俺は人間性を捧げることにしたのだ。ほら俺も会話するときディレイかかるしね。
途中だった同時出現二体ボスに挑むも、殺され殺され殺され……。気が付くとPCの電源を落としていた。
いや、こんなことではイライラしない。なぜなら俺は自由だから!
夏休みに入り一週間。
最初の二日ほどは椎名さんのことで頭を悩ませたりしていたのだが、今は考えるのをやめることにした。いくら考えても仕方ないしね。
もう俺を縛るものは何もない。何もしなくても許されるのだ。クラス行事とかで何もしないのとはわけが違う。手伝う気はあるのに仕事を振られないから辛いんだよあれ。
「おにーちゃん、暇なら洗濯やれってママが言ってるよ」
ノックもせずに我が物顔で部屋に侵入してきた泉は、そのままベッドに座り込む。
「いや俺忙しいから」
「下手な嘘付いてないで早くやってよー。泉の服溜まってるのに」
「それでよく俺に頼めたな」
なんでこんなにお嬢様になってしまったのかしら。
そのうちパンじゃなくてケーキが食べたいとか言って買いに行かされる未来が見える。いや買いに行くのかよ俺。
俺のベッドで漫画を読み始めてしまった妹に呆れながらも、一階へと降り洗濯機の前に行く。
「あいつ服持ちすぎだろ。かごの半分あいつのだぞ」
一応下着はわけているみたいだが、下着姿で部屋の中とか歩いてるし意味があるのかよくわからない。
取り合えず洗濯機にバンバン服を投げ込んでいく。
「ちょっとお兄ちゃん! パパのとは分けて洗ってよー」
「お前それ絶対父さんに言うなよ?」
俺が適当に入れた洗濯物から父さんの服だけを指の先で摘むように出していく泉。
この光景みたら父さん泣いて倒れるんだろうなぁ。意味わかんないくらい泉のこと可愛がってるし。
俺の誕生日はコンビニで買ったケーキを食べただけだったのに、泉の時は名店で予約までしてホールケーキ買ってるからねあの人。
「それにしてもお兄ちゃんの服少なくない? 夏休みなのに出かけないの?」
「……夏休みだから休んでるんだよ」
本来、夏休みとはそのためにあるのだ。
毎日頑張ってる体を癒し慰める。俺だってほら、毎日頑張って生きてるし。
生きてる者はみんな頑張っている。みんな偉くてみんな凄い。学校の教科書に載せて欲しい。
「あ、でも八月にどっか行くんだっけ?」
「バイトな。二泊三日の泊まり込み」
「お兄ちゃん。二泊三日分の服なんて持ってるの?」
泉のその言葉に、手に持っていた洋服を落としてしまう。
「あ! ちょっとそれ泉の!」
むくれて怒っている妹は一旦無視し、驚愕の事実に目を向ける。
俺、外行き用の服持ってない!
厳密に言うなら一着は持っている。椎名さんと付き合っている時にデートの妄想をしながら上下セットでネット購入したやつ。ちなみに恋伊瑞と映画に行った日に初めて着た。
しかし、必要なのは三着だ。さすがに女子もいる中でクソダサ普段着を披露するわけにはいかない。
「またネットで服買うか……」
「えー、止めたほうがいいよ。前に買ってたやつも正直微妙だったし。お店行って試着してきたほうが後悔しないよ?」
「買ったその日に言ってほしかった……」
その微妙な服でイマドキ女子高生とららぽ行ったんだけど。
しかし妹にそんな囁きは聞こえてないらしく、俺が落とした服を拾っている。
「まぁでも、お兄ちゃんが服とか選べるわけないか。泉が一緒に行って選んであげようか?」
「妹に洋服選んでもらうとか恥ずかしいわ」
「えー、じゃあ店員さんに聞くしかないよ? 大丈夫? 話せる?」
「俺って一応高校生だよ? ちゃんとイヤホンして店くらい入れるから」
「店員さんと話す気ゼロじゃん」
結局自分で洗濯物を選別し、洗濯機の電源を入れた泉。しかしまだ不安なのか、サイドに纏められた髪を揺らしながら唸る。
まったく。兄が心配だなんて我が妹ながら可愛いところもあるじゃないか。
そんな妹の不安を取り除いてあげるのも兄の務めだよな。
「そんな心配するなって」
「心配じゃなくて信用してないんだよお兄ちゃん」
やっぱ可愛くないわこいつ。
「お兄ちゃんに頼れる友達なんていないし、やっぱり泉が……」
なんか失礼極まりないこと言い出したし。正解だから否定できないけど。
あ、いや待て。
「……頼りになる奴なら一人いるな」
問題は頼りにはなるが、頼れるかはわからないことだ。
そんな事を考えていると、目の前からよろよろふらふらしながら泉が近づいて来た。いや怖い怖い。ゾンビ映画のワンシーンかよ。
そしてそのゾンビは俺の胸元で止まると。
「お兄ちゃん友達いたの!?」
「いない」
「即答って……。泉の驚きを返してよ。あんなに目キラキラさせてたのに」
妹に現実を教えるのも兄の務めだ。
お兄ちゃんは小学校から変わらず友達がいないんだよ。
「じゃあその頼りになる人とはどんな関係なの?」
「……余りもの仲間」
「なにそれ……」
ごめん恋伊瑞! でも妹に失恋仲間とか言えないじゃん!
「まぁでも頼りになるなら頼んだ方がいいんじゃない?」
ここまで言われるんだから、俺のセンスで選ぶのは止めといた方がいいのだろう。
恋伊瑞を誘うのは正直恥ずかしい思いもあるが、何かあったら連絡してもいいって言われてたし馬鹿にされるようなことはないはずだ。短い付き合いだが、そういうことをする奴じゃないのはわかる。
ただ俺とは違って予定びっしりありそうだし、無理そうだったら恥を捨てて泉に頼ろう。我ながら情けない。
『服買いに行くの手伝ってくれないか?』
OKのチャットが来たのは、それから一時間後だった。
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