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第一七話 勝ち負けのない戦い


 期末試験の全日程が終了し、今日はその結果が返却される日だ。

 手応え的には可もなく不可もなく。勉強不足を感じる部分もあったが、山が当たった箇所もそれなりにあったので顔を青くするような結果にはならないと思う。

 とはいえやっぱり緊張はあるわけで、このソワソワ感に慣れることはなさそうだ。


 ちなみにこの学校、学年順位が張り出されるようなことはない。一人一人に順位が書いてある紙を渡されるのみである。

 故に、自分以外の順位はわからない。他の人の順位を知りたかったら教えてもらうしかないのだが、もちろん俺に教えてくれる人なんていない。

 皆んなが嬉しみや悲しみを共有し慰め合っている時に、俺は一人でただそこにある事実と向き合うことになる。

 

「俺彼女できたから夏休みデート三昧だわ!」


 テスト結果なんてどうでもいいのか、名前も知らない派手な見た目の男子がそんなことを大声で言っていた。

 絶対負けたくねぇ……。

 点数が高ければ勝ちというわけではないが、敵視してしまうのは許してほしい。

 まぁ相手の順位知らないから勝ち負けもわからないんですけどね。


「相馬早く取りに来い」

「あ、はい」


 川野先生に名前を呼ばれると、順位の書かれた紙を受け取る。

 結果は九十六位。三百人いる中でのこの順位なので、なかなか上出来ではないだろうか。


 そこでお昼を告げるチャイムが鳴り、皆解放されたとばかりに動き出す。


「どうだった?」


 前の席に座る斎藤が振り返りながら聞いてくる。

 俺の順位なんて誰も知りたがらないと思っていたのだが、斎藤。お前ってやつは……!

 飛び跳ね小躍りしたい内心を飲み込みながら、夢にまで見た順位共有の時がきた。


「九十六位だったよ」

「お、いいね。俺は六十八位だった」

「まじか。めっちゃ高いじゃん」

「いやー、数学が足引っ張ったな。次は同じようなミスしないようにしなきゃなー」


 なにこれめっちゃ楽しい。

 おいおいマジかよ。友達いる奴らはテスト後にいつもこんな楽しい雑談してたのか。

 今なら教室の後ろで騒いでる連中の気持ちもわかる気がする。二言目には必ず「ウケる」「わかる」「それな」を言っちゃうよな。うんうん。やっぱわからねーわ。


「二人ともちょっといい?」


 急に横から甘い匂いがした。

 蜜を求める蜂のように視線が惹き寄せられると、そこにいたのはバイト兼旅行メンバーの女子三人衆だ。

 前屈みになりながらそう聞いてきた白波さんは「どうなの?」と続ける。

 いまさらだけど、デカいな。なにがとは言わないけど。


「平気平気。どした?」


 俺が邪な事を考えている傍ら、斎藤は笑顔で返事をしていた。これがヒエラルキー上位に位置できる器の違いってやつですか?

 でもチラ見しちゃうってこれは。


「お昼一緒にどう? 教室でだけど」


 明らかに俺を見て言ってる。

 最近教室でお昼を食べなくなった俺からすれば、はっきり言って気は乗らない。

 なんか落ち着かないんだよな。お昼はあのベンチじゃなきゃ満足できない体になってる。

 あとは単純に教室で女子とお昼食べるの恥ずかしい。チキンハート舐めんな。

 だからここはきっぱりと断ろう。


「噂とかされたら恥ずかしいし……」

「相馬君はおっけーね。斎藤君は?」


 了承したと思われたらしい。日本語って難しいネ。


「俺は他のクラスの奴と食べる約束あるから無理だな。次回でもいい?」

「りょー。じゃあ男子は相馬君だけだね」


 斎藤が席を立ち「今度なー」と言いながら去っていく。あぁ斎藤行かないでぇ……。

 

 そして空いた斎藤の席に杏奈さんがドカッと座り、俺の机を挟んで左右に恋伊瑞と白波さんが腰を下ろす。

 夢にまでみた『可愛い女子三人とお昼ご飯』だが、実際こうなってみると嬉しみより恐怖が勝つ。

 あぁ刺さる。クラスメイトの視線が刺さるよ……。


「で? あんたどうだったの?」


 その問は、恋伊瑞の弁当に入っている長ネギさながらのぶつ切りである。


「テストの結果か? 九十六位だった。……おい、なんだそのしたり顔は」

「いや別に? ただ私より下だなと思って!」


 紅茶を一口優雅に飲むと、それはもう美味しそうに長ネギのベーコン巻きを食べる。

 確かに高校に入学してから色々あって勉強に費やす時間が少なかったが、まさか恋伊瑞に負けるなんて……。

 根が真面目なのはわかっていたが、勉強もしっかりやってるんだな。


「……ちなみに何位だったんだ?」

「九十五位」

「一個しか違わねーじゃん! よくそれでドヤ顔作れたな!」

「勝ちは勝ちでしょ! 勉強教えてあげましょうかー?」

「お、お前……。くそ! 何も言い返せない!」


 ウザすぎる。

 絶対次は負けねぇ。


「じゃあこの中で最下位は俺か」

「違うわよ?」

「え?」


 呟いた言葉を否定され、机を挟んだ女子三人を見渡す。

 うんうん、なるほど。


「さすがに杏奈さんには勝ってるか」

「こいつ殴っていい?」


 金髪を揺らしながら凄む様はヤンキーそのものだ。絶対言えないけど。


「いや違うわよ。杏奈こう見えて成績めっちゃいいからね。ほら、見せてあげてよ」

「まぁいいけど。ほら」


 そう言って細い指から渡された紙を見る。


「三位!?」

「ね、言ったでしょ! 杏奈頭いいんだから!」

「なんで小和が誇らしげなん? いいけどさ」


 クールに流してはいるが、口元がゆるゆるですよ杏奈さん。

 だがそうなると考えてもいなかった答えにたどり着いてしまう。

 気まずくて何も言えずにいると、その空気に耐えかねたのか、残された一人が透明感のある長髪で顔を隠してしまった。


「た、たまたまだから」


 その呟きからは、いつもの余裕な姿勢は感じられない。


「毎回下から数えた方が早いけどね」

「今回は二百九十位だっけ?」

「なんで言っちゃうのかな杏奈! だから話に入りたくなくてずっと黙ってたんだよ!?」


 飲んでいた野菜ジュースを机に叩きつけた後、おそるおそる俺を伺うかのように振り返る。

 不安と恥じらいが混じったような表情をする白波さん。

 そんな彼女に俺は、思ったことをそのまま、包み隠さずに伝えてしまう。


「白波さんって馬鹿なんだ……」

「うぐっ……。わたしは傷ついたよ相馬君」

「あ、いやごめん。驚いてつい」

「なお酷いよ……」

「お前は間違ってないよ。何回勉強見てあげても成長がなかったからなぁ」

「祝日全部使って教えたこと全部無駄になったときは辛かったわよね……」

「杏奈と小和まで……」


 遠い目で過去を噛みしめる二人。どれだけ壮絶な苦労をしたのだろうか。

 でもあれだな。いつもどこかミステリアスな雰囲気が出ていて近寄りがたいと思っていたけど、なんだか一気に人間味を感じた気がする。

 それにいつも面白がられてばかりだったので、こちらも対抗できるカードを手に入れられたのは大きい。

 そんなことを考えているのを見透かされたのか。


「二人とも意地悪言うから、次からは相馬君に勉強教えてもらおっと」

「はぇ?」


 唐突な発言に情けない声を出してしまった。

 そして驚いたのは俺だけではないようで、紅茶を詰まらせた恋伊瑞もゴホゴホと咳をしている。


「ちょ、ちょっと霞!? なんでこんな低順位に頼るのよ!」

「それだとお前も低順位になるからな!?」


 こいつどこまで俺を下に見ているのだろうか。いやまぁ下なんだけども。


「ふふ。約束ね、相馬君」

「え、あ、はい」

「何二ヤついてんのよ! キモっ!」

「ニ、ニヤついてねぇよ!」


 そんな言い争いの原因は口を押えてプルプルしていた。おい恋伊瑞、ああいうのをニヤついてるっていうんだぞ。

 そんな彼女を見て俺は思うのだ。

 きっと白波さんに勝てる日はこないんだろうな。

お読み頂きありがとうございます。


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