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第十五話 変わらぬ日常


 無駄にうるさいスマホのアラームを聴きながらゆっくりと瞼を開く。

 重い体を気怠げに起こしながら、やっとの思いで鳴り続けていたアラームを止めると、グッと固まっていた身体を伸ばした。

 そして、カーテンの隙間から覗く眩しい太陽の光を見つめながら切実に呟く。


「学校行きたくねー……」


 平日に毎日思っていること、それこそ小学生から思い続けてきたことだが、今日は特別その気持ちが強い。

 いやマジで行きたくない。行きなくなさすぎて、土日の間ずっとズル休みをする口実を探してしまったほどだ。

 頭をよぎるのは、もちろん体育祭インタビューのこと。

 あー死にたいよぉぉ! 恥ずかしいよぉぉ! 学校行くの怖いよぉぉぉ!

 布団を被りその中で顔をベッドに打ち付ける。

 そんな風にベッドの上でドタバタ悶えていると。


「なにやってるのお兄ちゃん……」


 母さんに言われて俺を起こしに来たのであろう妹の(いずみ)が、滅茶苦茶引き攣った目で見つめていた。

 正直、泉からのそんな視線にはもう慣れてしまっているのだが、少しでも見栄を張りたいのは兄心だろう。

 亀のように布団から顔を出した俺は、二歳年下の妹に向かって口を開く。


「高校生になると色々あるんだよ。中学生の泉にはわかんないだろうけど」

「意味不明なこと言ってないで早く下来なよ。ママそろそろ怒るよ?」

「すぐ行きます」


 妹には見栄を張りたい俺だが、母さんには大きな口なんて叩けません。

 

 一応、最後の足掻きで母さんにそれとなく休みたいアピールをしてみたが「時間ないから早く行け」と突っ放された。冷たいよ母さん。


 見送りなんて誰もいない玄関を閉め、重い腰を持ち上げるように自転車に乗る。

 そして、いつもと変わらない通学路を出来るだけ時間をかけて滑走していく。


 あぁ、マジで世界滅びないかな。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 なんてことを考えて早三日。

 結論から言うと、何も無かった。

 先生に怒られはしたが、恋伊瑞が許すと言ってくれたらしく、謹慎みたいなことにならずに済んだのだ。

 今度お礼しなきゃな、などと思いつつ自分の席に着く。

 そんな俺を見てる生徒は誰もいなかった。

 そう。何を隠そうこの俺は、教室内の立ち位置も全く変わっていないのである。

 距離を置かれることもなければ、人気になるわけでもない。まさに無。

 体育祭前と何も変わっていない。

 これはあれだ。本人だけが気にしすぎて、周りはそんなに気にしていないやつだ。まさに自意識過剰の典型。

 しいて言うならば、隣の席の鈴城さんがいつもより遠かったくらいだろうか。

 

 ……いや別に俺に対する変化を望んでいたわけではないのだが、実際にこうなるとそれはそれで腑に落ちないのは何故だろうか。

 あんなに恥ずかしくて死にたいと悶えた土日を返して欲しい。


 まぁしかし俺のことはともかくとして、そもそもクラス内で体育祭の話題自体が少ないとうのもある。

 最初こそ体育祭の写真や動画を見せ合い、SNSでの反応を語り合うなどしていたのだが、世の中が有為転変(ういてんぺん)なように、教室内もブームが変わる。

 今のトレンドは来月に迫った夏休みなようで、仲間内で何処に行くか話し合っているグループが多い。


「よーし、授業始まるから席つけー」


 教師のその言葉で、あっちへこっちへバラバラに移動していた生徒達は自分の席へと戻ってゆく。

 まぁ登校時点からトイレ以外で席を立っていない俺にとっては無駄な言葉なんだけどね。悲しい。


「最初にプリント配るぞー。テスト対策に使ってくれ」


 その瞬間、あんなに夏休みで幸せいっぱいみたいな教室の雰囲気が一瞬にして張り詰めた。

 好きなことの前には必ず嫌なことが待っているように、夏休み前にも大きな壁が立ちはだかっているのだ。

 学生の夏休み前、もう一つの大きなイベント。


 期末試験が再来週まで迫っている。


 これにはいつも意味のない会話を楽しそうにしている連中も「やっべーよ。マジヤバいから」とか言い合う始末。


 その意味不明なヤバいよヤバいよを聞いていると、スマホが震えた。


『放課後にサイゼで勉強会やるから(よくわからないスタンプ)』


 ……これは、誘われているやつなのだろうか?

 いやここで、駅前のサイゼ? とか聞き返して「いや誘ってないんだけど」とか言われたらさすがに立ち直れないよ……。

 まぁ俺にわざわざ声をかけてる時点でその可能性は無いと思うが、ここで食い気味に了承出来ていたらボッチをやってはいない。

 などと考えていると、追撃が来た。


『杏奈と霞もいるからね(ちょっと可愛いスタンプ)』


 これから行われるのは勉強会ではなく裁判だったらしい。

 ただまぁこれで俺が誘われているのは確定したと言っていいのだろう。

 そして次なる問題。

 どうしよう。滅茶苦茶行きたくなくなった。

 

「恋伊瑞さんと仲良いなー。付き合ってんの?」


 うーんと唸っていると、斎藤に話しかけられる。


「ごめん。画面見えちゃってな」

「いやそれはいいけど。ただ変な勘違いだけは許せないぞ」

「まぁ付き合ってたらあんなことしないか」


 何も言い返せません。

 そんな風にからかってくる斎藤を見て、俺はふと閃いた。

 現状、裁判所に来ることが確定しているのはギャル三人と俺。つまり三対一の構図になる。

 これが三対二、ないしは三対一対一になれば少しは判決が緩くなるのではないだろうか。


「斎藤も勉強会来るか?」


 人を誘うことに慣れてないながらも、意外と自然に言葉が出たことに安心する。

 

「あーそうだなぁ。じゃ行こうかな。湊といるの楽しそうだし」

「お、おう……」


 え、なにこいつ。俺のこと好きなの?

 ボッチにそんなこと簡単に言うなよ! 勘違いしちゃうんだからね!

 そんな気持ち悪い勘違いをする自分自身に吐き気を催しつつ、恋伊瑞にチャットを飛ばす。


『斎藤も誘ったけどよかったか?』

『(猫が◯を作ってるスタンプ)』


 おーけーらしい。

 どうでもいいけど、スタンプやら絵文字やらを使った方がいいんだろうか?

 普段チャットする相手なんて家族くらいしかいないので気にしたことなんて無かった。

 なので、無料で貰えた変なキャラクターが「thank you」と言っているスタンプを送ってみた。これで俺もイマドキの高校生に……!


『あんた、スタンプも変なのね……』


 もってなんだよ……。

お読み頂きありがとうございます。


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