第十三話 体育祭④
『それでは、見事一位になった相馬選手にインタビューをしたいと思います』
その場に倒れ込んでいた俺を、係の人が無理やり立ち上がらせる。時間ないから早くしてという心情が伝わってきますね……。
「ほらシャキッとしなさいよ。情けないわねー」
一緒にゴールした恋伊瑞は、俺を引きながら全力ダッシュをしたにも関わらず疲れを感じていないようだ。
そんな体力お化けに呆れられながらも、なんとか目的の台座へ辿り着いた。
震える足で無駄に豪華な台座に上がると、校庭全体が見渡せる。
座ってる人、立っている人、ふざけ合っている人と様々な様子が見え、逆にその殆ども俺を見ていた。
マイクを通して全校生徒に声が届く場所。
ここに立つために、斎藤に頼んでズルをした。
このインタビューを受けるために、何がなんでも一位になりたかった。
俺はゆっくりと息を吐きながら、出来る限り心臓の音を小さくする。
『相馬選手、見事な逆転一位おめでとうございます! どんなお気持ちですか?』
「最後で良いお題が来てくれたから勝てたと思います」
よし第一関門突破。
句読点が一切ない早口になってしまった気がするが、まぁ大丈夫だろう。
『ちなみに、どんなお題だったんですか?』
「これです」
右手に握られた紙を司会に手渡す。
『「一途な人」ですか!』
「はい。このお題を見たときに恋伊瑞さんしか思い浮かびませんでした」
これで俺の目的は達成だ。
もちろんこれで恋伊瑞の誤解が綺麗さっぱり解けたとは思っていない。
不特定多の誤解を解くなんて不可能なのだ。だからそれはおまけ程度。
俺が伝えたい相手はただ一人。後ろで第二位の旗を持っている奴に伝わればそれでいい。
噂は嘘だったのかもしれないと、少しでも思ってくれさえすれば。
『どんなところが一途だと思ったんですか?』
「えっ?」
『えっ?』
予想だにしない質問が来て素で聞き返してしまった。
え、待って。今までのインタビューは一,二個質問して終わりだったのに、そんなこと聞いてくるのかよ!
「え、えっと……」
『?』
やばいやばい! 何か答えないと嘘だと思われてしまう。
何か、何か……!
俺が恋伊瑞を一途な奴だと思った理由は……。
「こ、恋伊瑞は……。最近、彼氏に振られたんです」
脳で何を言うか考える前に、勝手に口が動き出す。
「それが人生初彼氏だったらしくて、俺はそのことをたまたま知っちゃって……。その時の恋伊瑞、めっちゃ泣いてて……。その彼氏のことを好きだったのが凄い伝わってきて」
俺は今何を言ってる?
もっと具体的なことを言わないと嘘だと思われる!
思い出せ。恋伊瑞がビッチじゃないと伝えるためには。
『そ、そうだったんですね! えっと、じゃあこれで……』
「は、はい! だって恋伊瑞は」
俺の口は止まることなく。
「だって恋伊瑞はまだ処女なので!」
――世界が停止した。
まるで開演前の映画館のように静まり変える。
笑いあい、協力し、競い合う。そんな体育祭で無音になることなんてあるのだろうか。
そして停止した世界は、俺の頭部への衝撃で動き出した。
「ばばば、ばっかじゃないの!?!?」
俺の頭にぐーぱんをかましてきた恋伊瑞は、顔を真っ赤にしながら大声で怒鳴った。ただでさえ大きいその声は、マイクに乗ることで更に響き渡る。
「何言ってんの!? 最悪! ほんと意味わかんない! 変態、死ね!」
殴られた衝撃で倒れた俺は、朦朧とする意識の中で罵倒を聞く。
こいつ、人ひとりが倒れる力で殴るとかどんだけだよ……。
ただ、俺の耳はそんな罵倒だけでなく他の音も拾うことができた。
「え、マジで? 恋伊瑞さんってビッチだって聞いたけど」
「いやでも、あの反応的に本当っぽくね?」
「しかも本当なら今フリーなんでしょ?」
そんな声が至る所で聞こえてくる。
佐久間の顔を見れないのが残念だが、まぁいいか。
少しでも信じてくれたのならそれでいい。
『えー、それではインタビューを終わります。ではこのクズ野……こほん。一年B組の相馬湊さんに大きな拍手をー』
クラスとフルネームを言うのは明らかな悪意がありますよね司会さん。
恋伊瑞は端っこのほうで蹲って顔を隠しているし、司会は女子ということもあってゴミを見る目で睨んでくる。
あぁ俺、白波さんと杏奈さんに殺されるんだろうなぁ。
薄れゆく意識の中でそう思ったのだった。
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