生き残り
背中に大きなリュックサック背負い片手に山刀を持った男が下水道の中を歩いている。
1年半程前までは汚水が流れていた下水道は汚水を流す者がいなくなり雨水の通り道としての役割しか果たしていない為に、汚水の名残りが放つ悪臭を嗅がなければ地下道とかわりが無い。
合流点に差し掛かると立ち止まり耳を澄ませて目を凝らし周囲の気配を探る。
と、男の目が合流点の先でネズミを捕らえ貪り食っている奴を捉えた。
男は足音を殺し静かにネズミの巣穴に手を突っ込み仔ネズミを引っ張り出しては貪る奴の背後に行き、その者の頭に振り上げた山刀を叩き付ける。
ネズミを貪り食っていた奴が動かなくなるまで何度も山刀を頭に叩き付けた。
頭を叩き割られた奴が動かなくなると、男は山刀を動かなくなった奴が纏っている襤褸い布で拭き取る。
その男に感謝するように親ネズミが「ヂュ!」と鳴いた。
それに頷きを返し、男は周りを警戒するように耳を済まし周囲を見渡す。
耳に入って来る音がネズミが巣穴に出入りするカサカサという音だけだと分かり、男は進むべき方向に向けてまた歩を進めた。
そしてまた合流点に差し掛かると耳を済まし周囲を凝視して周囲の気配を探る。
下水道が川に合流した。
川も1年半程前はドブ川だったが、汚水を流す者がいなくなった事で澄んだ水が流れている。
男は周囲を警戒しながら川沿いの道から川に下りる階段を上がり、道の反対側に建つ倉庫の鍵を開け中に入った。
沢山の物品が入った箱が所狭しと置かれている倉庫の中に入ってからも警戒を解かず、周りを見渡し侵入者がいない事を確認してからやっと警戒を解き扉に鍵を掛ける。
倉庫の中は電灯は灯っていないが天窓から陽光が差し込みそれなりに明るい。
カーテンで仕切られている天窓の下に行きカーテンを開き仕切られてる中に入る。
カーテンで仕切られている一角には机とベッドが置かれていて、机の上には60センチの水槽が置かれていた。
男はその水槽に近づき中にいるトカゲに「ただいま」と声を掛ける。
それから背負っていたリュックサックを下ろし中から奴等の目を盗んで集めて来た物資を出す。
集めて来た物資の中からペットショップから持って来たジャーキーの袋とミネラルウォーターのペットボトル取り出し、袋の中のジャーキーを細かくして餌皿に乗せミネラルウォーターを水皿に入れてやる。
ジャーキーを食べ始めたトカゲの背中を指先で優しく撫でながら話し掛けた。
「ご馳走だろ、今日はお前の誕生日だからな、と言ってもお前の生まれた日なんて分らないから、お前と俺が出会った日なんだよ。
今日でお前と出会ってから丁度1年経ったんだ」
トカゲは話し掛ける男の事を無視してジャーキーを食べ続ける。
「お前は良いなそんなに食欲があって、俺なんて食欲も性欲も何の欲も湧かないんだ。
あの伝染病の後遺症なのかな?」
1年半程前、全世界に未知の伝染病が蔓延して哺乳類や鳥類だけで無く、爬虫類、両生類、昆虫など、陸上生物の大半を絶滅の瀬戸際に追い込んだ。
そして今、地球上で動いている物は3つに分類される。
1つは、伝染病に対する抗体を身体の中に作ることが出来たのか、それぞれの種の1万分の1くらいの確率で生き残る事が出来た人間を含む生物。
2つ目は、理由は分からないが人間だけが千分の1くらいの確率で一度死んだにもかかわらず起き上がり動き出したゾンビ、何で俺は死んだのにお前らは生きているんだとでも言うように、生き残った人間だけで無く全ての生き残った生物を襲い喰らう。
ただ救いは、噛まれてもゾンビになる事は無く、頭を破壊すれば今度こそ永遠の眠りにつかせる事ができる事。
3つ目は、死んでから起き上がり動き出したゾンビの極僅かな者だが、自分が死んだ事に気が付いておらず生きていた時と同じように考え行動する者たち。
生きてジャーキーを頰張るトカゲの背中を愛おしげに優しく撫でた死んでいる事に気が付いていない男は、天窓から射し込む陽光で本を読み始めるのだった。