B.H.D ~白夜高校探偵部活動日誌~
悪魔。
それは人々の「マイナスな部分」に寄生し、生きながらえる存在。
10年前に悪魔とつながりを持った人間が確認されてから、人々は悪魔に対する恐怖心と、警戒を強めた。
そう、悪魔という存在が、人々にとって「存在するもの」として認知されたようになったのである。
そして、今。
5年前に設立されたこの都立白夜高校にも、悪魔を畏怖するものは多かった。
しかし、彼らは違った。
4月8日、白夜高校入学式の日。
白夜高校では普通の高校と変わらず、入学式が行われていた。
今は、生徒会長である綾辻 瀬里那が、1年生に向かって歓迎の言葉を向けていた。
「みなさん、白夜高校へようこそ。今日からあなたたちも、わが校の仲間です。1年生はそれから…」
しかし、会場にいるある少年だけは、会長の話を聞いていなかった。
「あ、あ、あ…。どうしよう、明日の自己紹介…。今から緊張してきたっス…。」
「…してくださいね。生徒代表、綾辻 瀬里那」
瀬里那は歓迎の言葉を終え、ステージ下を見る。
瀬里那は、緊張であたふたしている少年の姿が目に付いた。
そして瀬里那と少年は、目が合ってしまった。
少年は軽く会釈を交わす。
瀬里那は壇上でクスっと微笑むと、気丈に壇上を後にした。
式典が終わり、教室へ向かう途中。
中庭では、2年生同士が諍いを起こしていた。
白夜高校は、やはり治安が悪いのだろうか。
少年は自分が諍いに巻き込まれないように、体を縮めながらその場を後にしようとする。
しかし、そんな穏便には行かなかった。
少年は見てしまったのだ。
片方の生徒の背中から黒い煙が出ていること。そして、その煙は周りの人たちには見えていないこと。
そして、その煙が見る見るうちに生徒の体を包み、異形の身に変えてしまったことを。
少し前、探偵部部室。
「快飛、今年も勧誘の時のパフォーマンス、期待してるぞ。お前のパフォーマンスにかかってるからな」
部長が座るであろう椅子に腰かけているのは、北錠 零時。背が高く整った顔つきは、知的な印象を思わせる。
「任せておけ。俺は世紀のエンターテイナー、パフォーマンスならばお手の物だ!」
応対をした少年は、かなりの長身で釣り目気味の顔。演技派というにふさわしい顔つきである。
「ちょっと零時。そんなにおだてちゃったら快飛がまたどんなのやらかすか分からないよ。去年もそう言って、爆薬使って部室棟半壊させてこっぴどく叱られたじゃない」
赤味がかった髪をヘアゴムで束ねている少女が横から口をはさむ。スタイルは抜群で、活発な印象だ。
「確かに…。去年の二の舞になるわけにはいかないな。快飛、危険な演出はほどほどほどほどにしとけよ」
零時は口が酸っぱくなるほど快飛に言う。
「仕方あるまい。第一候補に置いていた『ぶっつけ本番人体切断ショー』はお蔵入りにしておくか…。第二候補は2つあるが、『ブレザーの中からハヤブサ』と『口から猛毒サソリ』のどっちがいいだろうか?」
「「どっちもダメ!!」」
快飛はうなだれてとぼとぼと机に向かう。
「部長、これ、先週解放した悪魔のリストと、習性などのデータです。もちろん、いつも通り印刷して快飛先輩の分もあります」
今度は違う人物が、零時に話しかけた。ウェーブがかった髪を下ろしている。おとなしく、和やかな雰囲気だ。しかし、髪に隠れた顔はまとまっており、日本人形のようにかわいらしい。
「どれどれ…。うん、今週のやつは全部出来てるな。さすが四葉だな。でも、今週はやけに早かったが?」
「ハイ。今週は入学式に間に合わせようと思いまして。作夜くんにもお手伝いしてもらいました。」
「そうか。部員同士が助け合うことは素晴らしいことだな。あと、図書室の4月の新刊で悪魔に関する文献はあるか?」
「えーっと…。あ、ありますね。『悪魔化社会で生きるには』と『悪魔の力で経済学』の2冊が新刊図書で入っています。」
「了解、今度借りに行く。あと、作夜には俺から評価しておく。アイツはまだアトリエの中にいる。邪魔しては悪いだろう」
零時がバインダを閉じ、新しいコーヒーを注ごうとした瞬間、全員のスマホがバイブレーションを起こす。
「むぅ…。今年度からサイレンからバイブレーションに悪魔の通知が変わったが、どうもまだ慣れないな」
「仕方ないだろう。去年からサイレンがうるさいと苦情が入りまくっていたのは事実だ。さてと、俺と快飛、李理亜は悪魔の解放。四葉は作夜を守っていてくれ」
「オッケー、1年生にいいとこ、見せてあげるんだから!」
「悪くないだろう。1年生も俺の虜にしてやる!」
「分かりました。皆さん、気を付けてくださいね。私は作夜くんの応援に徹します。」
探偵部の面々は持ち場へ向かった。
揉めていた片方の生徒は黒い煙に包まれ、恐ろしき悪魔に姿を変えた。
その姿は牛を模しており、漆黒の体に鋭い4本の角、目は獲物を狙うべく鋭く尖っている。
また、鼻息も荒々しく、近づくことは危険だと本能で察知する容貌だ。
そんな悪魔の前に、李理亜と快飛が現れた。
「ふむ、これは…。『粗暴』の悪魔だな?力に手を染めた醜き悪魔め、正義の怪盗であるこの俺、琉悟 快飛が相手をしてやろう。『奪い取れ、ステラ』」
「快飛ばっかり目立ってもあたしの能力の示しがつかないでしょ?能力的には目立たせるのはあたしの役目なんだから。『魅了して、ラビ』」
二人がそう言った途端、李理亜の隣には小さいハートをあしらった宇宙人のような悪魔、快飛の隣にはシルクハットをかぶり、赤いスーツに身を包んだ悪魔が現れた。
「まずは李理亜。お前の能力で奴をこちらから引き離せ」
「嘘ぉっ!絶対アイツ足速いじゃん…。すぐ追いつかれるよ!」
「それならば適度に曲がれ!ああいうのは直線なら足は速いが、減速という事柄は知らん。曲がれば普通にいなせるだろう」
「分かった…。その知識、信じるよ!ラビ、怖いと思うけど一緒に頑張ろう!」
ラビは体を光らせ、能力を使う。
その途端、粗暴の悪魔の視線が李理亜とラビに向かう。
粗暴の悪魔は地面を何回か蹴ったかと思うと、一目散に李理亜の元へ駆けてゆく。
「快飛!早くみんなを逃がして!めっっっちゃ怖い!」
「早く!体育館こそが君たちだけの観客席だ!」
快飛は一年生たちを体育館に避難させた。
「それでは…。スキを見計らって…。」
快飛は勢い余って壁に激突した粗暴の悪魔の背中に触れる。
「はっはっは、スキ晒しめ!貴様の力、俺が頂いた!早速お試しと行こうか!」
快飛は体を動かし、どこが変わったか確かめる。走ってみたところ、通常より軽やかな動きができたようだ。
「なるほど…。この力は走力増強か!それならば、昨日手に入れた『炎上』の悪魔の力で貴様の周りを火で囲ってやろう!もはや貴様に逃げ場などない!」
快飛は、粗暴の悪魔の周りを己の足でぐるぐると駆け巡る。
たちまち、粗暴の悪魔の周りが炎で囲まれてゆく。
粗暴の悪魔は逃げ場を無くしてしまい、慌てふためいている。
「零時!今がチャンスだよ!」
「分かった」
屋上に隠れていた零時が、上空から粗暴の悪魔に飛び掛かる。
「全く…。快飛の奴、あんなに悪魔の周りを火だるまにして…。俺のことを考えていないな…。まあ、すぐに終わらせればいいか。『こじ開けろ、リリス』」
零時がそう言うと、ピンクと黒の悪魔が現れた。その風貌はロボットのようで、この場において異質だ。
リリスが悪魔に手を触れた瞬間、粗暴の悪魔と生徒は分離し、粗暴の悪魔は灰になって消えていった。
今まで暴れていた粗暴の悪魔が生きていた証は、残り香一つ残らなかった。
「事件解決だな。戻るぞ、快飛。李理亜」
「あ、待ってよ零時!一年生のみんなも探偵部、よろしくね♪」
「幕引きだ!アンコールは受け付けないぞ!縁が有ったらまた会おうじゃないか!一年生の諸君!なーはっはっは!」
探偵部の面々は、校舎のほうへ戻っていった。
大半の人々は、今の光景をあっけにとられながら見ていた。
しかしその中に、目を輝かせて見ていた者がひとり。
「か、かっこいい…。まるで本物のヒーローみたいだ…。」
そして帰っていく探偵部を見つめる。
「探偵部…。入部してぇなあ、オレもあんなヒーローに…。」
「ただいまー」
少年は波乱の入学式を終え、家に着いた。
「やべっ、もうこんな時間だ!テレビテレビ…。」
時計の針は6時半を指していた。
少年はテレビをつけ、「波動戦士フェイザー」が始まるのを待つ。
そののち、オープニングテーマが流れた。
「キターー!始まったぞ、フェイザー第23話!今回は2クール目のクライマックス…。どんな戦いが見られるんだろうな!」
少年はワクワクしながらテレビの前にくぎ付けである。
さわやかな水色のスーツに、スマートな印象のアーマー。
確かに、その見た目はかなりかっこいい。
「お兄ちゃん、もう高校生なんでしょ?まだそんなもの見てるの?」
少年の妹が、あきれたように少年を見る。
「当たり前だろ。フェイザーはオレのバイブル。オレの理想のヒーロー像がフェイザーには詰まってるんだよ!ってか、今に越した話でもないだろ?」
少年は熱くなって語り始める。
「玩具も買ってるし、オモ写も撮るし、中古ショップも巡るし…。特撮はオレにとってのバイブルなんだよ!お前もそれをいい加減わかってくれ…。」
「はいはい。打ち込める趣味があって、いいね」
妹は冷静に少年をあしらう。
「あ!そういえば、今日学校ですごい人たちに会ったんだよ」
「すごい人?」
妹が部屋を出ようとするが、動きを止めた。
「オレ、見ちゃったんだよ。学校に怪物が現れてさ。そこに颯爽と『探偵部』って名乗る人たちが現れて…。トリッキーな戦法で、たちまち怪物を撃退しちゃったんだよ!あの人たちは怪物たちのこと『悪魔』って言ってたけど…。」
「はぁ、また番組の見過ぎなのね」
妹は現実だと認めずに、そそくさと部屋に戻っていった。
翌日。
少年は一晩立って、昨日の出来事に少し懐疑感を抱くようになった。
「昨日の探偵部…。夢だったのかもな…。」
そんなことを考えつつ、少年は掲示板を見上げる。
掲示板の隅に、こんな張り紙を見つけた。『探偵部 南校舎三階奥で活動中』
「昨日の真相を確かめるためにも…。行ってみるしかなさそう!」
そして、1年1組の1時間目のHR。
この時間の内容は、新しいクラスでの自己紹介であった。
少年の出席番号は16番。ちょうど真ん中あたりである。
そして少年の番になった。
「それじゃあ次は16番の新庄くん。よろしくお願いします」
少年は黒板の前に立つ。
「オレ、新庄 勇っていいます。趣味は特撮です!中でも『波動戦士フェイザー』が好きです!これから、よろしくお願いしまーーーっす!」
勇は熱く、力強く、自己紹介した。
しかし、勇の熱意に比べ、周りの反応は白々としており、薄めだった。
勇は自己紹介が成功したと思いこみ、意気揚々と自分の席へ戻った。
その後、教室の中で勇に話しかける者は一人も現れなかった。。
放課後。
勇は1年1組がある北校舎から、南校舎へ向かう。
南校舎には1階に三年生の教室。
2階と3階には特別教室と空き教室がある。
ちなみに北校舎には、1,2年生の教室と職員室、大講堂などが備えられている。
北校舎の3階には使われていない空き教室ばかりがあるため、人気がなく、少し不気味だ。
勇は声一つ聞こえない廊下を、恐る恐る進んでいく。
真ん中ぐらいに来たときであろうか。
突然工事現場で聞こえるような金属音が辺りを包む。
勇はすぐさまばっと飛び上がり、息を荒げた。
心臓が思わず止まってしまうぐらいの衝撃だった。
「何なんだよ…。ここにはいったい、何があるっていうんだよ…?」
しかし、勇にとっては昨日の出来事がうやむやになるのは嫌だったため、歩みを進める。
轟音が鳴り響く中、勇はとうとう探偵部の部室の扉の前にたどり着いた。
ドアには「白夜高校探偵部」と書かれ、角のような意匠が施されたドアプレートが取り付けられていた。
勇は探偵部のドアを2,3回ノックし、引き戸の引き手に手をかける。
ドアは空いているようだった。
「失礼しまーす…。探偵部の人、誰かいますか…?」
勇は恐る恐るドアを開け、部屋の中を見回す。
部屋には5人分の机と椅子が置かれている。
壁沿いには大きな本棚や、隣につながる大きなドア、机に目を向けてみれば電気ポットやお菓子など、部室というよりかは一つの住居空間のようであった。
今部屋の中にいたのは、四葉だけだった。
「あれ、新入部員の方ですか?申し訳ないんですけれど、部長さんのクラスはまだHRが終わってないんですよ。とりあえず、来客用のソファーに腰かけてお待ちください。あとは…。コーヒーでも飲みますか?私でよければ、淹れますよ」
「…ごめんなさい。オレ、コーヒー飲めないっす」
「あら、そうですか。なら、紅茶でもいいですか?」
勇はまだ動揺していた。
人気のない北校舎の三階奥に、こんな空間が広がっていたなんて。
廊下の武骨な情景と探偵部の暖かな空間の温度差に、風邪をひいてしまいそうになる。
勇は紅茶ができるまでの間、部室を見回していた。
部室の中に気になるものは数えきれないほどあるが、何より目に留まるのは出口とは別の大きなドアだ。
勇はその扉の奥を見てみたいという好奇心に駆られ、ドアノブに手を伸ばした。
「あっ、そっちは行ってはだめです!そっちの部屋には作夜くん…えっと、探偵部の部員がいるんですけど…。なるべく邪魔しないであげてください。作夜くん、今日は授業にも出ないでアトリエに籠りっきりなんですよ。」
四葉は扉を開けようとする勇を嗜める。
勇は言われるがまま、ソファーに戻って、お湯が沸くのを待つ。
しばらくすると、電気ポットのカチッという音が、お湯の沸騰を伝えた。
すると同時に、零時達三年生組が部室に入ってきた。
「やぁ四葉、今日もこの俺の武勇伝を物語に…。って、なぬーー!?初日にして、入部希望者だとーーっ!?」
「へぇ、初日に1年生か。珍しいな、確か去年は初めから入部が決まってた四葉はともかく、作夜は入部届の締め切り日にようやく入部させたんだったな」
「この子が希望者の子?ふうん、なかなかかわいいかも。もしや、私の運命の王子様だったりして…☆」
三者三様、3年生は違ったリアクションを取る。
「だ、だいぶ…。三年生の先輩方、個性が強いんスね…。」
「でしょ?探偵部は個性が持ち味。他の部活に負けてなんかいられないんだよ!」
李理亜はまるで自分一人の手柄と言わんばかりに、自慢げに言う。
「一つ聞きたいことがある。そもそも何で君は我が探偵部に入ろうと思ったんだ?探偵部の立場で言うのもなんだが…。他の部活には目にもくれず一目散にここに向かうのは特別な理由があると思うのだ。聞かせてはくれないか?」
快飛は勇に向け、問いを投げかける。
「そのことなんです!昨日煙が出て、悪魔みたいなやつが出てきたと思ったら探偵部の方々が消滅させていって…。あれ、特撮かなんかの撮影なのか、現実なのか、それとも夢なのか…。オレ、特撮大好きなんですよ。だから、それがとっても気になって…。教えてください、昨日のあれ、一体どういう仕組み何ですか?あれ、前々からニュースで言っていた悪魔でしょう!?」
勇は目を輝かせながら答えた。
それを聞いた探偵部の面々は、ばつの悪そうな顔をした。
「うーん、えっとね?それは…。後でおいおい、話そうかな?」
李理亜はたどたどしい態度で、話を切り上げようとした。
勇にも、この会話が気まずくなることが分かった。
「いいですよ、教えてくれないなら。オレがその悪魔ってやつ、見つけてやりますからーーっ!」
「お、おい、1年生!?」
勇は一目散に探偵部の部室を飛び出していった。
「なんでしらばっくれるのかなぁ…。隠すほどのものでもないと思うんだけどな…。あーーっ、モヤモヤする。とりあえず…。学校回ってみて手がかり掴むしかないかもしれない。探偵部何かに頼らなくても、オレがみんなを守れるように。フェイザーみたいに!!」
勇は、様々な教室を巡り、昨日の痕跡を集めようとした。
しかし、どの教室を回っても痕跡は集めることはできず、徒労に終わった。
「はー、疲れた。結局、何も手がかり、集まんなかったな…。結局、あのヒーローなんて、本当はいなかったのかな…。」
勇は中庭の植木の近くに座り込み、疲れ果てた足を休めた。
その植木は、ちょうど勇のクラスである1年1組の近くにあった。
放課後の教室から、こんな二人の生徒の会話が勇の耳に入った。
「今日の自己紹介だけどさ、あんま面白くなかったよな」
「な!音楽聞くとかのテンプレばっか。でも、一人だけ幼稚な奴はいたよな」
「あー、いたわ。勇…ってやつだったっけ?なーにが『フェイザー好きです』だよ。こっちはとっくに卒業してるっつうの」
「しかもあのトーン、ガチだったよな」
「それな!ヒーローとかをガチで信じてるんだったら、笑えるわ」
生徒は勇を嘲笑して、ゲラゲラ笑っていた。
彼らにとっては、軽い気持ちだったのだろう。
しかしこの言葉は、勇の心に確かにあった「理想」に、キズをつけた。
勇の心の中の「理想」は、ヒビが入りまくってボロボロになってしまった。
ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり。
やがて、勇の心の中の「理想」は、割れて粉々になった。
その中からは、また異形が生まれた。
「あの1年生の方、不思議な方でしたね」
「そうだな。でも、なんであいつは悪魔の存在をあそこまで知ってたいたのだろう?」
「あ、そういえばさ、あの子、確か昨日の悪魔の出現の瞬間が見えたって言ってなかった!?」
「そういや言ってたな。…ということは、あの少年悪魔に取り憑かれている!悪魔が出現するときの煙は、悪魔が取り憑いている者にしか見えないはずだ」
「嘘!だってあの子、そんな素振り見せてなかったじゃない!」
「いや、可能だ。取り憑かれている本人の心が強ければ、悪魔は姿を現すことはできない。つまりこの学校は今、いつ悪魔が現れて生徒に危害を及ぼすか分からない」
「これはまずいぞ。いつくるかわからないのでは、対策のしようがないではないか!どうするんだ、零時」
「一旦落ち着け、快飛。今、策を考え…」
突然、全員のケータイが振動した。部室全体に緊張が走る。
「!!」
「来たな。メンバーは昨日と同じ。四葉は作夜の防衛、それ以外で悪魔を叩く。もし悪魔があの1年生なら、拘束ぐらいにしておいてくれ。俺はあいつに『選択』をさせる」
「まさかお前…。あいつを本当に仲間に迎えるつもりなのか?」
「そのつもりだ。あの真実へ向かおうとするまっすぐな心、俺らにはあれが必要だと思ったからな。俺の眼に狂いはなかっただろ?」
「今回ばかりもお前の判断に委ねる。リリスも歓迎しているだろうしな」
「私も…。あの子、仲間にしたいし。そして、さっきしらばっくれたこと、謝りたいもん」
「私ももちろん、部長さんの意見に賛成です。絶対に彼を仲間にしてきてくださいね」
「勿論だ。探偵部、2回目の仕事。本腰入れるぞ」
「理想」の悪魔は、1年1組で話していた生徒へ歩みを進めていた。
「理想」の悪魔は勇とは別の自我を持ち、活動を始めていた。
生徒たちは窓の鍵を閉めて道を阻もうとしたが、「理想」の悪魔は窓を容易く割り、教室内に侵入してきた。
「やっぱり…。勇くん、今絶対助けるから!」
「まずい…。悪魔と本人が分離している。もうフェーズ2に突入しているのか!」
「理想」の悪魔は、腰が抜けて動けなくなった生徒のほうへ向かう。
その姿は、勇が理想としていた「波動戦士フェイザー」の形をゆがめたような姿だった。
そして「理想」の悪魔は、生徒たちに向かって拳を振りかざした。
「ぴぴーっ!ぴぴーっ!ハイちゅうもーく!」
李理亜が笛と明かりで、「理想」の悪魔を引き付ける。
生徒への危害をそらすことには成功したが、攻撃に向かわれた李理亜の防御が間に合わなかった。
しかし、その攻撃を一閃の炎が阻害した。
「やれやれ、女にも手をあげるヒーローとは考え物だな。琉悟 快飛、この俺が相手をしてやろう」
「探偵部部長、北錠 零時。この学園の秩序のため、お前を解放する」
「理想」の悪魔は二人の名乗りを聞かず、本能のまま暴れている。
この暴れっぷりを見た零時は、何か考えついたようだった。
「李理亜。快飛の手に触れてくれ」
快飛は李理亜の手に触れた。
「えっ、私は戦わないの?囮ぐらいなら、できるよ?」
「お前にアイツは危なすぎる!お前は生徒の安全を守れ。お前は生徒たちからの評価も高いし、学校全体に顔が知れている。これが今お前にしかできないことだ」
「まあ、仕事に私情は挟めないよね。了解!」
李理亜は中庭にいるほかの生徒を、ラビの力で引き付け、校舎内に避難させた。
「零時、お前の考えた作戦というのは…。俺が代わりに囮になって、そのスキに奴の背後を取る。そうだろ?」
「よくわかったな。話が速くて助かる」
「いいだろう!その『理想』の悪魔とやらを、我が魅力の虜にさせてやる!」
快飛は李理亜から手に入れたラビの力を使い、「理想」の悪魔の視線を向かせる。
そこから、悪魔と快飛との鬼ごっこが始まった。快飛は類まれなる身体能力で、北と南の校舎を壁伝いに飛び回る。勿論、悪魔も自棄になって後を追う。
その攻防はまるで、アクション映画の一コマをそのまま切り取ったようだった。
しばらく空中戦が繰り広げられたのち、快飛は悪魔を受け止め、身動きを取れなくした。
その背後を零時が取ったように思えたが…。
「何だと!?」
「!?」
悪魔はまるで背中に目があるかのように零時の腕を的確にとらえ、二人まとめて反撃したのだ。
二人の体は地面にたたきつけられた。
「こいつ…。今までの奴より強い…!」
「この悪魔は理想と現実のギャップに負けることで生まれる。余程ショックだったんだろうな。自分が描いていた理想と、容赦なく襲い掛かる現実との差が離れていたことが。…少し、説得してみる。フェーズ進行の時間稼ぎにはなるかもしれない」
零時は、禍々しいオーラを放ったままその場でうずくまっている勇に呼びかける。
「1年生…。いや、勇!…辛かったんだろ。悔しいんだろ。自分の理想が、周りには受け入れられなかったこと。どんなに必死でもがいて、あがいてもその理想にはほど遠いこと。俺には、憧れを抱いたこともないし、それに向かって一心不乱に努力したこともない。でも、これだけは言える!俺たちはお前の『好き』を否定しない!自分の理想を!原点を!好きを!思い出せぇぇぇ!!!」
…オレの、原点…?
何だっけ…。あ、そうだ。
オレが小さいころ、転んで泣いてた時だ。
小さいオレの手を差し伸べてくれたのは、フェイザーのベルトを巻いた、かっこいい人だった。
それからだったっけ。フェイザーに、憧れたのは…。あんな助けを呼ぶ人のところに颯爽と駆けつけて、たちまち笑顔にさせるヒーローになりたいと思ったのは…。
勇から、たちまち負のオーラが消えた。
その顔は、晴れ晴れとしており、とても爽やかだ。
「先輩、ありがとうございます。オレ、思い出しました。オレの中の、ヒーローの原点。そして、どんなに届きそうになくても、変わり続けて、地道に近づいていくしか方法はないんだって!」
勇は、何かを決心したかのように立ち上がる。
「オレ、変わり続けます。オレが納得できるヒーローに近づくまで!」
勇の体が、閃光に包まれる。
その光をくらって、「理想」の悪魔は悶え、白と黒の光に分裂する。
勇は白い光へ手を伸ばした。
「何てことだ…。まさか、善意から新しい悪魔を生み出すなんて!」
「本当に…。何が起こってるの?」
探偵部の3人は唖然としている。
「…変身!」
勇の体は幾何学模様が刻まれた輪と閃光に包まれた。
やがて、一つの英雄が姿を現した。
赤い目、金色の体、白いスカーフ。
ヒロイックな見た目は、悪魔とは考えられない。
「オレは新庄 勇…。またの名を、イデアライザー!」
イデアライザーは光のようなスピードで悪魔を翻弄する。
そして、すれ違いざまにパンチ、キックの応酬を叩き込む。
悪魔は数えきれないほどの攻撃を受けて、立つのがやっとだ。
「ありがとう。キミのおかげで、オレももっと強くなれた」
イデアライザーは宙高く飛び立ち、
「イデアドライブ!」
雷撃をまとったキックを悪魔に浴びせたのだった。
「零時先輩!」
勇は零時に呼びかける。
「いいのか?イデアライザーも消えてしまうかもしれないぞ」
「大丈夫だと思います。消えるのは、悪の側面だけなので。なんとなくですが、胸の奥で感じるんです。」
「わかった。『こじ開けろ、リリス』」
リリスの腕が、動けなくなった悪の側面に触れる。
悪の側面は、光の灰になって消えていった。
「お前は悪魔を従えてしまったな」
零時が変身を解いた勇に話しかける。
「勇くん、さっきしらばっくれちゃって、ごめんね。悪魔が関わってない一般人に悪魔のこと話すの、禁止されてるんだ」
李理亜も誠意を込め、勇に謝罪した。
「悪魔を従えた以上、これで腹を割って話ができるな。改めて、俺たちは白夜高校探偵部。主に悪魔に関する要件を取り扱っている部活だ。よろしくな、勇」
「は、ハイ!よろしくお願いします!」
勇と零時は、固い握手を交わした。