9 家族。
劇を見に行くだけ、では流石にコスパが悪いので。
気分を変える為、食堂に行ったのだけれど。
『純粋無垢な彼女に何を』
「あぁ、愚か者の事をココでは純粋無垢だと言うんですね、成程」
《いや違うから、うん、君は下がってくれるかな?》
食事を終え、帰る頃になってコレとか。
『ですが俺は、彼女の婚約者として』
《君が結婚前の女性に安易に手を出そうとしたせいで、ウチの国すらも品性が問われているんだよ、寧ろ君等は反省すべきなんだけど。ごめんよネネ》
「大変ですね」
『アナタ達は愛を』
「病気の方が良く知ってますからね、怖くないのが不思議で仕方が無い、検査無しで移して彼女に不妊になって欲しいんですか?」
『いや、だが』
《もう君は下がってくれるかな、自分の立場を理解している筈だよね》
「無理では?愛する者の為に立ち向かう自分は愚かでは無く勇敢だ、とか思ってそうですし」
《本当にごめんね、君の方が余程彼女を心配しているのに》
「いえ、病気を移されたく無いだけです、鼻が腐り落ちて死ぬとか本当に無理」
『彼女にそんな事を言ったのか』
「事実を言われて困られても、困るんですが」
『俺は』
《検査だって薬だって完璧じゃないんだ、それこそ幾ら身を清く保っても移る事だって有る。そう教えている筈なんだけど、ごめんよネネ、落胆させる事になって》
「別に、勝手に滅べば良いんじゃないですかね、私の責任では無いですから」
『何なんですか、この』
《ベールで分からないだろうけど、彼女は来訪者様だよ》
固まって、真っ青に。
凄いな、来訪者ってそれなりの立場なんだ。
『大変、失礼致し』
「立場によってコロコロと対応を変えられるの、本当に嫌なんですよね、恥ずかしい」
やられたやり返す、それは恩も仇も等分で。
《本当にごめん》
「もう帰りたいんですが」
《うん、だよね、帰ろう》
『あの』
「黙れ下衆、殺すぞ」
威圧って、魔法だったのか。
成程。
《お帰りー》
「ごめんねユノちゃん、この世界はダメかも知れません」
《えっ?何か有ったの?》
「カサノヴァ子爵」
《あ、うん、僕から説明するね》
偶々なんだろうけど、貞操観念も何もかもダメな人達に関わっちゃったらしくて。
《でも、下調べしたり根回ししてないって事じゃない?》
「確かに」
《けど、少しはしておくべきだったとは思う、劇は楽しんでくれてたんだし》
《あ、どうだった?》
「劇は良かった、けど主演がアレだとね。完璧を求めるつもりは無いけど、結局は人に関わるから、もう少ししっかりしてて欲しいと思っちゃうな」
《スキャンダルとかどうでも良かったけど、外国人とか子供に、それが常識だと勘違いされても困るもんね》
「ね、しかも偉い人に関わるから表面だけしっかりする、けど相手の立場が分からないからってアホな事もベラベラ喋っちゃう。とかもうね、全部、ダメ」
《あー、コレが大多数なら滅びちゃいそうだけど、大丈夫ですか?》
《僕なら偶々だと分かるけれど、そうだよね、確かにそう思う》
「思うんかい」
《突っ込んだ》
《ごめんね、もう少しマトモだと認識していたんだけれど》
「偉い人には良い顔をしますからね、仕方が無いとは思いますけど」
《どれだけの割合か、だよねぇ》
「ね」
《そこも、調べさせるよ》
《じゃあ調べる方法も、宜しくお願いしますねー》
《うん》
《で、次も同じ人の劇を見るのかぁ》
「劇は良いよ、劇場も料理も」
《けど、だよねぇ》
「比較対照には同じモノが1番だから」
《ですよねぇ》
で観に行ったけど、劇の内容は確かにちゃんとしてた。
けど。
『今日も素敵だったよ』
『ありがとう、でも』
『アレはきっと妬みだ、若く美しい君への妬み、ベールの中は見せられない顔をしているからだよ』
うん、コレは流石に許せないよね。
《君達》
《あのさぁ、知り合いを悪く言われるの嫌じゃないの?されて嫌な事はしたらダメだよ?》
『アナタは』
『あの、カサノヴァ子爵、彼は私を』
《他人を貶めて君の評価を上げても一時的な事、それに僕の客人を貶めたんだ》
『俺はただ彼女に』
《私達が立ち聞き出来ちゃえる様な場所で話してる時点で、ダメなんだよなぁ》
《すまない、もう彼らを処刑》
《ダメだよ、しっかり悪しき見本にしないと、勿体無いよ?》
《そう、だね、ありがとう》
《いえいえ》
一連の報告は、王へも届いているだろう。
情けない、全く。
『すまないネネ』
「あの、逆に私達を騙してる、と言う事は無いですよね?」
『どう言う、事だろうか』
「物凄い愚か者を見せ、どう対応するか、私達を試しているのでは」
『それなら、どんなに良かっただろうか』
初めて引き合わせた庶民が、こんなにも愚かだとは。
「まぁ、コチラでも教育は完璧とは言い難いので」
『だとしても、すまないネネ』
どの民も胸を張って紹介出来るのか、そう尋ねられたら無理だとは思う。
けれど、ココまでの。
「あの、ほら、貴族ならマシなのが居るかもですし。いっそ、貴族でマシなのも見せて下さいよ」
『それでクソだったら、君はココを滅ぼすか去ってしまうだろう』
「あ、滅ぼす考えは今の所はそこまで無いですよ、1から作り上げるのって大変ですし。ですけど、そこまで手を掛けてやろうって情も無いので、寧ろ他国に行って良い者だけ引き抜いて弱体化とか傀儡化させる程度ですかね」
『あぁ、俺達には試す資格も無かったな、すまない』
「いえいえ、最悪では無さそうなのでお気になさらず、と言うか私に滅ぼせますかね」
『魔族も稀有さを好む、それに、君に惹かれても当然だとも思う』
「あぁ、それで隔絶してるんでしたっけ」
『すまない』
「色々と有りますよね、魔法」
『あぁ、それこそ魅了の魔法に敢えて掛かりたがるモノも居るんだ』
「ココにも特殊な性癖持ちが居る」
『どうやら使い魔だった時を懐かしんだり、敢えて盲目的に仕えたがる生来の気質が関係するらしい』
「あぁ、主人の粗を見たくないんですかね」
『らしい、葛藤を抱えたくないそうだ』
「相当に荒んでらっしゃる」
『あぁ、だが魔獣や魔族、それこそ聖獣は長寿種よりも長く生きるモノも居る。だからこそ、敢えて自ら魅了の魔法に掛かるモノも居るらしい』
「何で、そこまで関わろうとするのでしょう」
『では、会ってみてはどうだろうか』
「ですね」
今なら、古い物語の王太子の気持ちが分かる。
出来るなら、囲い込んだままにしておきたかった。
時に人種は人と番わず、魔物と一生を共にする場合が有る。
魔物が人型となる為、人は魔法を得る為、そうして混血化が一気に進んだ時代が有ると聞く。
大昔には人種の純血を守ろうとした輩も居たらしいが、今はもう、それはあくまでも大義名分だったのだと分かる。
自分が好いてしまった相手に制約を科す為。
人種の純血を守ろう、そう主張したに過ぎないのだろう。
《おー、暗い、ダメでしたか》
『ユノ、いや、自分の暗部を自覚したんだ』
《ふふふ、恋してるからこそですねぇ、羨ましい限りです》
『君は、恋をした事は』
《恋かな、程度です、真に愛には辿り着けてはいないですね》
『恋でコレなら、愛は相当難しい、と言う事だな』
《ですね》
横恋慕でも、押し付けでも無く。
「ユノさん、レオンハルト殿下とか、どうですかね」
《いやー、やっぱり我が国には皇族が居ますし、そこから考えると少し幼いと申しますか。ぶっちゃけ、若いな、と》
「あぁ、ですよね」
《23でアレは、ちょっと、平和ボケしてるにしても相当甘やかされているなと》
「えっ、アレで23」
《あ、知らなかったんですか?》
「すみません、面倒が嫌で」
《じゃあ、末っ子なのも》
「ですね」
《あの、ネネさんの家って》
「あぁ、すみません、まだ言って無かったですね」
《こう、嫌な思い出とか有るなら》
「いや、まぁ、良く有る中流家庭なんですよ」
父は麻酔科医、母はヴァイオリニスト。
長男は同じく医者となり、次男は官僚。
長女は薬剤師を経て研究系へ、次女はモデル兼写真家。
そして妹は画家を目指し、既に幾つか賞を取っている。
私だけが、平凡で凡庸。
家族は何も言わないけれど、周囲から比べられない週は無かった。
圧倒的な周りからの圧力に、私は負けた。
《あの、私にしてみたら凄いしっかりしてると思うんですけど》
「麻酔科医って年収幾らだと思いますか?」
《んー、2000万?》
「惜しい、約3000万です。その分だけ激務、母も母で海外公演が有れば出向く、それでも仲が良いんですよ。頭が良いって事は、如何に効率的に生きられるか、私だけ非常に非効率的なんです」
《自己評価が低い様に思えますけど、ご家族の事を知ると、正しい気もします》
「ありがとうございます、自己評価が低い、高めろとクソ担任に言われてキレた事が有るんですけど。どう、上げるんですかね、と言うか簡易に上げられる自己評価で得られる事って直ぐに崩れそうだなと。すみません、自分語りをしました」
《いや私も自己評価上げろ論っておかしいと思うんですよ、少なくともその人にとって正しいかも知れないんですから、他者が評価に介入するって烏滸がましいと思うんですよね。でも流石にあまりにも低過ぎなら介入すべきですけど、上げろ、じゃなくて正しく見れる様に視点を変えられる補佐をするべきじゃないかなと》
「ですよね、昨今の自己啓発系って、まるで自惚れろと言ってるみたいでドチャクソキモい」
《分かるー、金儲けの為に馬鹿を量産するにしてもキモ過ぎですよね、その果ては身内にまで毒が回るかも知れないのに》
「アレなんでしょうね、ウチの子に限っては」
《それも親馬鹿の分類だと思いますけど、やっぱり違う呼び方がしたいですよね、正しい親馬鹿に失礼だし》
「それこそ毒親、では」
《あー、ナイス分類です、確かに》
「すみません、凄い久し振りに自分の事を話したもので」
《あ、じゃあココでは誰も知らないんですかね?》
「はい、弱みや付け入る隙を見せるのが嫌で」
《あー、ごめんなさい、私が言ったから》
「いえ、いつ言うかを考えてたので」
《殿下の事を断る為、ですかね?》
「はい」
《ぶっちゃけ、ネネさんなら余裕で支えられそうですけどね》
「支えるより、支えられたい」
《確かに、果ては産むんですしね》
「と言うか、私の代わりに、少子高齢化社会をお願いします」
《いやネネさん、子供嫌いですか?》
「法を犯さず健やかに生きてくれたら、そう甘やかしそうで、自信が無いのと。子供にまで兄弟姉妹と比べられたら、流石に無関心になりそうなので」
《あー、うん、そこはお相手を吟味しないとですね》
「でも、性欲には勝てないのが男、浮気されて別れたんです。意を決して体を許したのに、詰め寄ったら連絡を拒否されて」
《おぉ、ご愁傷様です》
「だけ、なら良かったんですけど」
《もしかして、復縁を迫られた系?》
「はい、家族の事を知って、もう平謝りで」
《あー、幻滅》
「ですね、似た環境だったので大丈夫かと思ってたんですけど、ダメでした」
《あぁ、医師と音楽家的な?》
「はい、相手の親が歯科医で、お母様が家でピアノを教えてる方で」
《どうしたら、そう、知り合えるの?》
「こう、預貯金が一定額を超えると、銀行さんから色々と紹介が有るんだそうです。それこそ有名な時計を買わないか、とか。なので、こう」
《お金持ち同士の繋がり》
「的な、はい」
《なのにソレ》
「でしたね、しかも私より学歴も就職先も上なのに、ですね」
《後ろ盾が確かに多いですけど、それも含めて考えた方が良さそうですよね》
「あぁ、ですよね」
《是非、皇太子妃に》
「絶対嫌ですね」
《ですよねぇ》