89 中央。
はい、紫禁城です。
《どうかしら》
「美味しいです、凄く」
ココへ来て、好き嫌いがハッキリする様になった。
以前はどうでも良かった事でも、凄く好きだと感じる様になった。
《そう、良かったわ、ふふふ》
「点心、大好きです」
色々と食べられるのが先ず良い。
そして辛い物好きは辛く出来るし、酸味が欲しければお酢、苦手なモノが簡単に弾けるのに遠慮無く皆で食べられる。
好き、最高です。
《以前は、どうだったのかしら?》
「そうでも無かったです、家族と食事に出掛ける選択肢の1つ、それだけでした」
《そう、とても満たされていたのね》
「はい」
本当に、その通りだった。
率先して友人を作らなかったのも、恋人に大して何かを求めなかったのも、家族で全てが満たされていたから。
確かに劣等感は感じていたけれど、それは自身の問題、本当に家族は何も悪くない。
ただ開き直れば良かっただけ、こんな子です、そう開き直って助けを求めれば良かっただけ。
家族は待ってくれていた。
なのにチンケな自尊心が拗らせた。
《ふふふ、分かっていても難しい事は、沢山有るわ》
「はい」
この優雅な方は、ノーク君の伯母、そして王帝。
王帝への選定以降なら、体の変化は認められる。
彼の元は、女性だった。
女性が頂点に立つ事の不利さは、出産、及び産後の肥立ちによるもの。
ましてや産み育てる前に死なれては、国へ及ぶ影響は甚大なものとなる。
元の世界での紫禁城での揉め事は、本当に帝の子かどうか、邪魔をする為に他人の子を殺す事が問題だった。
ならばと、ココでは女の血筋を優先しようとしたが、死なれては困る。
そこで来訪者は考えた、なら試練を与え、他人事を自分事にしてしまえば良い。
自身に言い寄って来た男達に、条件を提示した。
女となり、腹に子を宿せるか。
その身を女とし、一生を過ごせるか、と。
幸いにも逃げ出す者は居なかった。
そして初代は認め、孕ませた。
そうして向こうとは逆に、安定した治世が築かれた。
けれど、現王帝は経産婦。
悪魔との契約により、死の淵を蘇った方。
コレから先は、裏の決まり。
血筋を正しく残すには、誰の種かより、誰から産まれたか。
より明らかで明白。
3人を産み正しく育てられた者が、王帝となる。
因みに言うと、悪魔との契約は違法では無い。
悪しき事に決して与しない、それこそがココの悪魔。
しかも王帝から申し出たのでは無く、悪魔からの交渉。
悪魔が救うべきだとした人種。
《ふふふ、何か疑問が有る筈よね》
「何故、性を変えたのでしょう」
《ふふふ、喜びを、分かち合いたかったの》
まさかの個人的な事。
《ネネ》
紫禁城に来てから、再びネネは勤勉さを発揮し。
ココ数日は講習ばかりで、我慢させられる事は勿論、衣装を仕立てる時間も無かった筈。
なのに。
「王帝より、賜りました」
旗袍と言う民族衣装。
けれどネネが着ているモノは、背中が大胆に空き、深いスリットが臀部の直下から入っている。
《着ている方が、逆にいやらしいんだけど》
「私もそう思いますぅ」
恥ずかしそうに顔を押さえて、可愛い。
《もう慣れたんじゃなかった?》
「似てるけどコレは別です」
《そうだね、下着の形もハッキリ見えるし、艶も有って触りたくなる生地だしね》
「いつかアナタにも着せてやりますからね」
《うん、楽しみにしてるよ》
不意に、ネネがココの民族衣装を着て部屋で待っていた。
全く、予想すらしておらず。
とうとう、歯止めが効かなくなり。
『すまない』
「いえ、どうやら、弾く生地らしくて」
『そうか、良かった』
どうやら絹は絹でも密度が高く、衣装は確かに無事だった。
「そんなに良かったんですか、成程」
『あぁ、つい。触り心地も何もかもが、堪らなく良かった』
「成程、幾つかお願いしてみます、レオンハルト様がとても気に入ったのでと」
『それは』
「冗談です、そんな頼み方が出来る度胸は無いです、と言うか今まで本当に良く我慢して下さいました。以降は少し趣向を変えましょう」
『どう』
「教えて下さい、無知ですので、はい」
良いんだろうか。
いや、周囲は良いと言うけれど。
本当に良いんだろうか。
『どうしました?どの事ですか?』
「ノーク君、どうしても、ふしだらに感じてしまうんですが」
『では、どう気持ちを確かめ合うんですか?』
「それは、もっと、こう」
『言葉は簡単に覆せますよね、中には思い込みだけの場合も有りますし、少なくとも思いが無ければ直ぐに分かりますよね?』
「ふぇぃ」
『あ、すみません、ですけど他の手段が有りますか?』
「出掛けるだけなら、確かに、接待も同義ですけど」
『それでも構いませんけど、外で見せびらかすのは、ふしだらでは?』
「まぁ、そうした行為は」
『そうした行為では無くても、あまりに仲睦まじい様を見せるのは、悪戯に妬みや嫉みを呼び起こす事になるのでは』
「はぃ」
『代替案をお出し下さい、僕も知りたいですから』
「ぅう、ソチラはどうですか」
確かに、一瞬だけ赤くなりました。
カイル氏、とうとう手を出したのか。
『はい、順調ですよ』
「どっちの衣装でですか」
『それは、内緒です』
あ、コレ確実に手を出したな。
カイル氏には、後で八つ当たりさせて貰おう。
「ほう」
『もう、何を考え付いたんですか』
「いや、弟の大事な事ですし?カイル氏からも意見を聞きたいですし」
『ぅう、意地悪ですね』
「はい、なので行ってきます」
『もー、手加減して下さいね』
「へーい」
年少組は、一服の清涼剤。
そうだ、侍女ズの年少組も巻き込もう。
《どう、とは》
「ぶっちゃけどうですか、話してくれないと話せません」
『もしかして、私も、ですか』
「はい、恥ずかしいなら後で内々にでも構いませんが、はいそうです」
《俺は、別に》
「はい嘘、内々が良いですか」
『ダメです、ノーク君が良いと言っても、私は反対です』
「だそうで」
『別に、私は反対したり、それこそ嫌悪だってしてませんよ?』
《だが、かなり年が下なんだが》
『たった7つじゃないですか』
《37と30ならまだしも、25と17では》
「いや、中身の問題なのでは」
『そうですよ』
《だが俺には、幼いノークの印象が》
「それが覆ったワケですが」
《それが問題なんです》
「分かりますよ、年下の身内だった」
『しかも同性、ですけど成熟度は、それこそ私も見習いたい程なのに』
《アイツより、俺の問題なんです》
「では、話し合いをしましょう、私でもいざなったら難しい問題ですから」
ノーク君を知り、カイル氏を知っているからこそ、嫌悪感は湧かない。
けれど、もし赤の他人で、年上男と年下女だったら。
正直、反対する。
嫌悪しか無い。
それは何故か。
『話し合い、だそうですが』
「何故ですかね、酷く気色が悪いんですよ。何も悪い事では無さそうに思えるのに、男女で男が年上だと、とても嫌悪感が湧く」
『それは他人を使い、疑似近親相姦を行っている様に見える、からでは』
「んー」
『年が上で有れば有る程、本来は相応の者に嫁がせるべきです、年の差を甘くみてはいけないと古来から伝わっているんですから』
「ですが、我が国の物語では、その相手が」
『地位の有る者なら、時に致し方無いと思いますが。要は我欲を優先し、説得や拒絶に甘さが見える、又は年下の者が愚かに思えているのでは』
「あぁ、かも知れませんが」
『互いに相応で有る、そう他者も認める者なら、嫌悪は湧かないのでは』
「まぁ、確かに」
『ではその逆です、手軽に身内に手を出している、手放す為に全力を尽くしているとは思えない』
「はい」
『カイルは確かに全力を尽くす前に、僕を受け入れるかを考える事になりましたが。それは僕の策です、カイルに落ち度は無い』
「そこには同意します、気付いたら全力で逃げ出すでしょうし、諦めさせる為に何をするか分かったもんじゃ有りませんから」
『ありがとうございます』
「では、私の問題は解消されました、カイル氏はどうですか」
《簡単に、覆りそうな事です》
「私、簡単に覆った様に見えますか」
《いえ》
「期間は短くとも、物凄く葛藤したと思います、真面目で誠実なカイル氏なら尚の事」
《ですが俺は》
「何処かで、振り上げた拳を下げる機会が無くても、下げる事が難しい場合も有る」
《だとしても俺は、身内に》
「では幼少期の記憶を無くしましょう、疑似近親相姦では無い証にもなる」
『ですね、僕は賛成します』
《俺は、記憶の欠如が不安です》
「姿だけです、それこそ顔だけでも良いし、一時的に丸ごとでも有りかと」
《ならいっそ、丸ごとで》
「ではその方向で」
『はい』
ノーク君は傷付いたと思う。
でも、コレで叶えばどちらにも憂いが無くなる。
後は、どう記憶の繋ぎ目を目立たなくさせるかだ。




