81 更なる来訪者。
テンプレ通り、気が付くと王の間にいた。
ただ、覚えているのは、眠る前の事。
僕は眠ったまま、死んでしまったんだろうか。
『ようこそ、来訪者様。私はバートリー・エリザベート、お名前を宜しいかしら』
王の横に居た、王妃らしい人には悪いけれど、名を言う事が本当に正解か分からない。
明らかに、ココは異世界なんだから。
「暫く、仮の名で構いませんか」
自分の口から、知らない筈の英語が飛び出してきた。
良く考えれば、そもそも英語も聞き取れていた。
ダメだ、落ち着かないと。
『ふふふ、構いませんわ。では、ジョン、スミス・ジョンは如何かしら』
コレを承諾して大丈夫か分からない。
けれど、呼び名が無い事はあまりに不便だ。
「はい、宜しくお願いします」
『では世話をさせる者を、あぁ、どちらが宜しいかしら』
王妃の両手には、侍女と侍従。
勿論、ココは同性を選ぶべきだろう。
ハニトラの心配は勿論の事、暴行をでっち上げられても。
いや、それは同性とて可能と言えば可能。
けど、少なくとも無理やりに妊娠させられる事は無い。
「彼をお願いします」
『では、宜しくお願いね』
『はい』
この数日で良く分かった、ココは本当に異世界だ。
先ず魔法が有る。
そしてしっかりとした法が有り、独自の歴史も有る。
なら、価値観はどうだろうか。
歴史により価値観は変わる、良く似ているからと言っても、価値観まで同じ筈が無い。
少し離れたアジア圏ですら、あんなにも価値観が違うのだから。
「あの、質問を良いでしょうか」
『はい、私が答えられる事でしたら、何なりと』
「もし、暴れ馬が街道で出たとします、その先は二手に分かれており」
『片方には5人、片方には1人、ですかね』
「はい」
『其々の情報は全く無い状態でしょうか』
「先ずは、はい」
『当然1人の方へ誘導しますね』
「では、もし、5人が悪党なら」
『当然、5人です』
「では」
『スミス様は、全員が悪人だった場合、どうなさいますか』
僕は思わず、生唾を飲み込んでしまった。
中世に見えても、法整備の観点からかなり成熟した世界。
もし答えを間違えば、僕は処分されるかも知れない。
僕は初めての来訪者では無い筈、なのだから。
「一緒に、人数を見せ合いましょう」
『はい』
そうして互いに出した答えは、5。
少なくとも、王宮の侍従の常識には合わせられた。
「では、もし、産まれた子供に何かしらの生き辛さが有ると分かった場合」
『母体が健康なら、魔獣に捧げ生まれ変わりを願いますが。もし母体が居なくとも、やはり魔獣に捧げ、母体がどうしても育てたいと我儘を言うなら。その生き辛さを、全て、身に引き受けさせますね』
「身に、引き受けさせる」
『はい、神殿にて願い請えば、稀に叶うそうで。ですが叶わぬ場合も、同じく魔獣に捧げるのみですね』
生き辛さの補佐は出来ても、結局、最後まで生きるのは子自身。
一見未成熟で残酷な結論に見えても、果ては子の為、世の為の死生観。
少なくとも、今はその時期では無いだけなのだろう。
小氷期が始まり十数年が過ぎている、少なくとも今は14世紀。
向こうの同じ時期より、遥かに子を大切にしている。
良く言われる某国よりも遥かに、少なくとも、子供を使い捨ての労働力にはしていないのだから。
「参りました」
僕は降伏宣言をした。
僕が居た時代よりも確かに物理面は遅れているが、それは些末な事。
成熟度はココの方が遥かに上。
きっと、僕に出来る事は無い。
勉強も程々に仕事に就き、程々を求めた筈が、稼ぎは寧ろ下の方。
魔力の容量は有るらしいけれど、素養があまりにも無い。
単に動くガスタンク、僕自身が扱いに困っているのに、国となれば更に困っているだろう。
僕は魔法を習得する気は無い、本当に、程々に生きられれば良いだけ。
こんなにも成熟した世界では、寧ろ僕は劣った存在。
『何故、降伏宣言をなさったのかしら』
「ココの方にしてみれば、未熟な世界で育った未熟な者、どう処断なさるかお教え下さい」
もし僕が間違った力を得たなら、どれだけの者が困るだろう。
そんな計算も出来無い僕に、力を持つ権利すら無い。
ひっそりと世を乱さず生きたいだけ、少なくともココは日暮れには仕事を終える時代、稼ぐ為だけに働き続ける必要の無い世界。
『お好きになさって構いませんよ、ふふふ』
こうして、一生見極め、見定められ続けるんだろうか。
いや、それでも良い。
ココで生きる方が、きっと遥かに楽なんだから。
『何か案がお有りでしたら』
「いや、きっと既に有るだろうし、どうせ僕の案は未熟だろうから」
僕は知る限りを話した。
出来る事と言えば、史実に私見を交える程度だったから。
運動も勉強もさして得意でも無い、料理が好きなワケでも絵が得意なワケでも無い、それは音楽に関してもそう。
本当に平凡で、普通の男。
『分かりました、気分転換をなさって下さい、宜しいですね』
「はい」
何かと思えば、女性を紹介された。
侍女とも仲良く過ごす貴族の女性相手に、お茶をさせられている。
あぁ、確実に結婚しよう、そんな気は無かったけれど。
きっと無理だ、少なくとも貴族相手だなんて、きっと僕には無理だ。
《何かご不便は有りますか?》
「いえ、すみません、有りません」
とうとう、城を出る事になった。
何処かで僕は諦めたのだと思う、自分に何か出来るかも知れない、そう心の片隅で思ってしまっていたらしい。
だからこそ、僕は自信を無くした。
ココに、僕に出来る事は無い、そう納得してしまった。
このまま、僕は地方で農民として過ごす。
既に魔力容量を抑える術も施して貰った、お陰で色素が抜け、外見的な馴染みは幾ばくか良くなった。
『本当に、行ってしまわれるんですね』
「はい、僕は無能ですし、そのウチ浮かぶかも知れませんから」
城に居ても、もう苦痛でしか無かった。
使用人でさえ、背筋が伸び姿勢が良く、価値観がしっかりしている。
人生に波風の無かった僕に、追い付ける筈も無い。
『どうか、お元気で』
「はい、ありがとうございました」
医者だったら、少しはマシな道を。
いや、きっと残ろうとすら思わないだろう。
僕の様な者には、寧ろ贅沢な異世界かも知れない。
少なくとも宗教戦争も無く、そも戦争の無い世界。
良い異世界では有るのだから。
《はい、確かに。いつもありがとうございます、お疲れ様でした》
「いえ、ありがとうございました、失礼します」
村では共同で農地を管理し、収入は平等に分配される。
それは織物にしても、何にしても、全て等分に配られる。
《あの、今度、お食事にでも》
「すみません、まだまだ勉強不足で、学ぶ事が有るので」
《お手伝いしますよ》
「いえ、お返しが出来ませんし、1人の方が落ち着くので。ありがとうございます、失礼します」
アレから半年が過ぎた。
けれど僕には、出来る事が少ない。
道具の調整も出来無い、織り物も料理も掃除も、収穫するだけでも経験の差は出てしまう。
もし、もっと年を取って居たら、ココですら僕はお荷物になっていただろう。
誰とも、深く関わりたく無い。
こんなにも出来無いのかと、失望されたくないからだ。
向こうは、確かに楽だった。
言われた通りにこなせば良い、分からなければネットにすらマニュアルが有り、道具でも何でも揃っている。
けれど、ココには時間が有る。
ふと、自分に向き合ってしまう時間が出来てしまう。
気を紛らわせる娯楽は殆ど無く、人と関わるか、眠るか。
働く事に逃げていた、娯楽に逃げていたんだと分かる。
もし向き合えば、自分の空っぽさに気付く事になる。
無知で幼稚で愚かで、何も出来無い自分、何のやる気も無い自分。
ただ流されていただけ。
出来る事を出来る範囲で行い、無理せず生き、さも大変だと偽るだけ。
こんな自分でも、誰かに受け入れて欲しい。
そんな思いすら無い。
きっとプライドが邪魔をしているのだと思う、不安ばかりで子を持つプレッシャーに耐えられず、ただ逃げているだけ。
そんな自分を知られたくない。
ちっぽけで無意味なプライド、そう分かっているのに、抜け出せない。
いや、抜け出す気が無い。
頑張らなければならない、そうした事から逃げ出し続け。
今でも、そう頑張れる気力も興味も、何も無い。
有るのはただ、知られたくない、頑張りたく無いだけのちっぽけな自分だけ。
あぁ、どうせ向こうでは孤独死だろう。
けど今は、直ぐに見付けて貰える、寝込むと皆が世話に来てくれる様な場所。
精々、その為の恩返しを、先に行おう。
僕には、そんな事しか出来無いのだから。
「折角、ココへ来たのに、本当に何も無かったんですか」
『えぇ、けれど危険な情報は、出さなかったわ』
様子伺いにと、スズランの姫が来てくれたのだけれど、少し遅かったわね。
「こう、したい事とか、好きな事が有る筈で」
『言っても認められない、そうした事を恐れての事でしょう』
「出すだけタダなのに、勿体無い」
『栄誉、名誉、名声。仕事とそうした事が密接に関係してしまっている者にとって、提案は断頭台に立つ程の事、だそうよ』
「あぁ、分かる様な、分からない様な」
『ソレも有るわ、あぁ、ソレは追々でとなっているの。アレもダメ、コレもダメ、そうして自信を失う者が居るらしいわ』
「寧ろ安心、とはならない、成程」
『信頼度も低いままだもの、きっといつか、何か案を出してくれるかも知れないわ』
「あぁ、いつか、出ると良いですね」
いいえ、きっと出ないでしょう。
似ているけれど、似ていない存在。
永遠に、彼からは何も出ない。
けれど生きる自由は有る。
少なくとも、彼は良き者として、生きようとしているのだから。




